複雑・ファジー小説

Re: 黒の魔法使い*22話更新 ( No.48 )
日時: 2011/03/30 16:11
名前: 七星 (ID: sicBJpKD)

Episode 23 [強くなりたいということ]


…まただ。
二度目の天井。見たことがあるそれ。
「…お前本当ここが好きだな。」
起き上がってドアから出ると矢畑がいて、シキトはひく、と顔を強張らせた。

ここは例にもよって、協会。シキトは藤雅によって運ばれたのだ。
鎖が貫通したはずの腕は包帯が巻かれており、いつのまにかほとんど痛みが引いていた。少し動かしにくいだけで、ほぼ完治していた。
…すげぇ、魔法すげぇ。悠の言っていたことが今更になってわかった。
「ったく、教団にまた襲われるし…、いったいどういうことだお前は。まさか黒いローブだと、気付かれたわけでもあるまいし…。」
「…不運がうつったんすよ。」
「…誰からだよ。」
頭の中で不運な親友を思い浮かべる。
「そういえば、藤雅…、先輩は?」
「あぁ?さっきのんびりお茶して帰ったぞ。あいつ玉露飲んで行きやがった。今度シメる。」
「物騒っすね…。」
ぎろり、と矢畑が睨みつけてくる。慌ててシキトは笑みを浮かべた。
「だいたい腕貫かれてんのによく向かっていけたな。」
「あぁ、マジ痛かったです。死ぬかと思いました。血が異常に出るし。あぁ、ここまでか…って。」
「相手が油断してたからよかったものの、下手すりゃ死んでたぞ。」
「あぁ、はい…、なんとかまぁ、セーフ、ということで…。」
「…馬鹿か…。」
呆れたように呟く矢畑。シキトが運ばれてきたとき、ぎょっとしたものだ。血まみれで、ぐったりしていて…。
だが、普通より治るのが早かった…。気のせいだろうか。ふと思う。
「まぁもう治っただろ。帰れ。」
不機嫌そうに矢畑は言う。はい、とシキトは言いかけた。けれど、はた、と思う。
このままでいいのだろうか?
戦って、倒されて、守られて。弱い、ままで。
いいのだろうか?
あのときの、セピアに染まる記憶をこじ開けそうになる。
嫌だ。そんなの。
このままじゃあ、よくない。
「おい、どうしたんだ?顔真っ青だぞ?傷が治ってねぇのか?」
「…矢畑さん。俺、」
「あ?」
「…強くなりたい。」
「はぁ?」
シキトはまるで何かを睨みつけるかのように、呟く。
覚悟を決めたように。何かを決意したように。
肩を貫かれたときのあのときの感触、いまだに残っている。
痛くて、苦しくて。本当、意味がわからなかった。ついこの間まで、普通の、平凡な、男子高校生だったのに、いつの間にか、魔法使いになって、しかも黒色だとかそんな特別なものになって。
そして大切なものが、どっと増えた。
「俺、強くなりたいよ。」
「…。」
「矢畑さん、俺、ちゃんと魔法を使えるようになりたい。戦えるようになりたい。」
そう早口で言うと、矢畑は少し考え込むように、無言になった。
長い沈黙が、落ちる。
「…それは、自分のため、か?」
矢畑から出た声は、低く、重く、純粋な疑問で。
「多分、そう言えたら楽なんだと思う。けどさ、俺って結局、みんな言うけど、馬鹿みたいに人が良いらしいんだ。大事なもの増えたら、それら全部守りたいって思う。欲張りなんだよ、俺は。」
敬語を忘れて、淡々と喋っていた。
「なんつーヒロイズム?守りたいとかさ、いまどきそんな熱い台詞を、俺は本気で実行したいと思ってんだよ。今ここにあるものを俺は知ったし、ここに存在してるものも俺は知った。」
それは心からの本心であって、綺麗事だ、と蔑まれても、それでも言える。
「それら全部守りたいって思うのは、おかしいかな。」
戦うというのは痛いこと。でも、教団はそれを行っている。
誰かを傷つけて、傷つけて、傷つけて。
それらから、少しでも、守りたい。
「…天性のお人よしだな、お前は。」
くつ、と矢畑は笑う。
「まーさか、お前『まで』強くなりたいとか言い出すから、どうかと思ったぜ。」
「…まで?」
「…わかるだろ。お前以外にやられた奴。」
あー、と間抜けな声をあげるシキト。
あの、いやにプライド高く、猫被っていて、ツンデレな奴。
「あいつ魔力は教団の幹部ほどじゃないが、わりとある。火炎蜂だけなら幹部クラスだ。」
うんうん、と意味不明の頷きをする矢畑。
「明日また来い。」
にやり、と口元を歪めた。サングラスの瞳が細まる。
「…うっす。」
不安はあったが、迷いなんてなかった。
何一つも。

「…やっぱり、あいつにそっくりだな…。」
シキトが帰ったあと、矢畑は一人呟く。取り出したタバコに火をつけ、くわえる。
ただ昔の、『あのとき』のことに感傷を抱きながら、タバコの煙を吐き出した。