複雑・ファジー小説
- Re: 黒の魔法使い*22話更新 ( No.49 )
- 日時: 2011/03/29 17:09
- 名前: 七星 (ID: sicBJpKD)
Episode 24 [印]
「ぬああああぁっ!!!!!!!」
ばこーん、と間抜けな音と共に、地面が大きく抉られる。シキトは叫び声をあげながら間一髪で避けた。
「きゃはははっ!シキトきゅんすごぉい!がんばれぇっ。」
そこに高い女の声。髪の毛がふわふわで睫がくりっとしていて、紫色のローブを羽織る、喋り方がなんかおかしい女の人。
さて、どうしてこうなったか、と言うと、だ。
学校帰りに協会に来て、矢畑に案内され、部屋に入ったと思ったらなぜかそこは草原で、しかもそこには一人の女性が。
「イルルク・マーベン・アーモルドだおっ!菫(すみれ)の魔法使いなのですっ!」
可愛らしい容姿である。可愛らしい声である。けれどシキトの頭はパンクしそうなくらい、こう思っていた。
この人、ダメな人だ。
「…年は25歳。」
隣でぽつり、と矢畑さんが呟いた。うわぁ、と声をあげそうになる。
目の前の女性は依然ニコニコしていて、初めましてー!っと元気よく声をかけてくる。
「まぁなんだ、お前まともに魔法も出来ないからな、とりあえず、避けまくれ。」
「…はぁ?」
「こいつは、まぁ…アレだけど、強いから。魔力も教団に負けない。頑張れ。」
「ちょっと、避けろってあの…、」
「さーさーシキトきゅんっ!こっちこっち!」
「え、あ…え、きゅん?って…。」
…まぁ、そういうわけで、今の状態があるのだが。
とにかく打ち出してくる何かしらの力が込められた弾をひたすら避け続けた。なんか前、同じようなことやっていた気がする…、主にあの猫被りツンデレ女顔男によって…。愚痴を零したくなる。
「はいはいシキトきゅん?こーんなよわーい魔法に負けてたら、教団なんかに勝てないおー?頑張れ頑張れ。そーれっ!」
そんな掛け声と共にまた弾が打ち出されてくる。右から一発左から二発。最終的に上から五発。
シキトは飛んだり跳ねたり仰け反ったりしてなんとか避ける。スピードはまぁまぁあるが、ギリギリ避けられるくらいだ。
「シキトきゅん避けるのうまいのねー。ほら、次次っ!」
「のわあああっ!」
半ばやけくそで叫びながら走るシキト。
落ちた弾の魔力の波紋を感じながら、半分涙目で走り続けた。
「シキトどーしたんだろな…。」
緋月はとたとたと、夕暮れの帰り道を歩いていた。シキトは今日一日、思いつめたような顔をしていて、話しかけても空返事ばかりで、心ここにあらず、といった状態だった。
…きっとまた、何かに巻き込まれてるんだろうな
まさに正解な答えを頭に浮かべつつ、のんびりと歩いていく。ふと、昨日から起こり始めた頭痛がまた顔を出す。
「いた…、」
半ば無意識に声を出す。手を頭にぴたりとつけた。
頭痛は起きるたびに酷くなってきている。最初は頭の違和感としか思えてなかったのが、今となってはつい立ち止まってしまう程だ。昨日の今日でこうなのだから、明日はどうなるのだろう、と恐ろしくなる。まさか変な病気じゃあ、と身震いした。
痛みは増していっていくが、それと同時に、頭の中で、薄暗くもやもやしたものが広がっていくのがわかった。
それはまるで怒りのように、苛つきのように、感情をぐちゃぐちゃにしてこようとする。けれど、緋月にとって向けるものは何もないので、はて、と首を傾げるだけだ。でもまた、そのたびに頭が痛くなる。
「…つまらない。」
あれ?と、知らない声がすぐ近くで聞こえた気がした。周りをきょろきょろと見渡してみるけれど、人影なんかどこにもない。気のせいかなぁ、と探すのをやめた。
「…せっかく、セラに『印(いん)』をつけさせたのに、なぁ。」
電柱のてっぺんで、赤い瞳の少年が面白くない、とでも言いたげな顔で呟く。視線の先には、緋月が頭を押さえながらのったり歩いている。
その緋月の、長めの髪に隠れた首筋には、複雑な紋様が浮かんでいた。
「なんでかなぁ、普段不満ある相手に、感情をぶつけさすっていう物なのに、あいつ、誰に対しても不満もっていない…。むしろ自分にしかない…。頭痛がするってのは、そういうことなんだけど…、」
眉を顰め、睨むように緋月を見た。
「…あれだけ、あの魔法使いくんと一緒にいるくせに、何一つ不満も何もないなんて…、異常じゃないのかな?」
そう言って、はた、と思いつく。
使える。残酷な笑みを浮かべ、思う。
あの黒い鎌を使うあの少年…。面白そうだ、そう思っていた。だからセラをここに寄越したし、あの少年の親友、だという男にも印をつけた。
もうすぐ、全てが始まっていく。
赤い瞳が、真路玖市を映し、ゆらりと細まった。