複雑・ファジー小説

Re: 【Ultima Fabura—終焉へ向かう物語—】第五章開始 ( No.302 )
日時: 2011/07/24 17:15
名前: Aerith ◆E6jWURZ/tw (ID: Ma3wYmlW)
参照: 私はとある雨の獅子に恋をしました。今、彼を模写してます

第十二話 新たなる力


>>288 prologue  >>307 After shot


     SHOT 1 シサンタルバハムート





 剣を構えていたヴィルの視界に写っていたミュレアに突如、異変が走ったのを彼は悟った。首筋を押さえ、まるで——痛みを堪えているかのように顔をしかめる。目をひそめ、彼女のほうに寄ろうとした時ヴィルは自分達にも異変が起きたことに気付いた。
「(なッ・・・!?)」
 急激に自分を覆う空気が減少していく。慌てて口を覆うが、そんなものでは意味が無い。苦しみにもがきながらも片目だけを漸く開眼し、ヴィルは周囲の状況を瞬時に把握する。
 海水から自分を守ってくれていた泡は、術者への異変により急速に縮小しつつあった。それはヴィルだけでなく、彼の仲間達全てに当てはまることだった。
 最初に異常が発生したミュレアに目をやると、こちらも事態は尋常ではなかった。
 押さえていた首筋から暗い紫の閃光が走り、輪のようにミュレアを覆った。その間もミュレアは苦しみ続けている。魔法で破壊しようとするが光は分裂し、矢の様に尖るとミュレアを貫く。彼女は脱力したようにぐったりと動かなくなってしまった。
 状態をよく呑み込めていない様子だったがカテーナがそれを補おうと集中した時だった。
 危ない、と言ったが時既に遅し。カテーナの背後から迫っていた海猪が彼女に体当たりし、吹き飛ばした。
 愈々空気が無くなる、意識が薄れる中で静かにヴィルは歯噛みする。水中では自分の雷属性の魔法攻撃では他の仲間達も巻き込んでしまうのだ。それでは手も足も出ず、遠距離攻撃は不可能だった。


 口元を押さえ、偶然一番近くにいた気絶しているリトゥスに気休めの空気を送り、蘇生活動を行いながらフェルドは水面のある方向に視線だけをやった。
 自分の呼吸を確保せねば魔術を駆使することは出来ない。それも持続的に十数人の呼吸を保つことなど3分が限界に近い。それを実行して全力で水面に向かったとしてもミュレアの水流の補助無しではたどり着ける可能性はほぼゼロ%に等しかった。
「(万事休す、か・・・)」
 視界の端でヴィルがミュレアの服を掴み引き寄せているのが見えた。それは段々と薄れ、二人の姿に重なって幼き日の自分と・・・。もう十何年か会えていない兄の姿が見えた。自分のそもそもの旅の目的。
 会えないまま死ぬのか・・・?
 閉じかけていた瞳を開き、自分の口から出た泡が上ってゆくのを見送りながらフェルドは沸々と自分の中で熱い感情がこみ上げてくるのを感じた。腹立たしく、怒りの感情に近いものだった。
「(こんな、ところでッ・・・!)」
 死ねるか!!!
 海猪を睨みつけ、フェルドはその秘めた熱き思いのまま、感情を爆発させた。自身の限度を超えた魔力の爆発に右肩甲骨に刻まれた魔方陣が銀色に輝き、炎に焼かれたように熱くなる。痛みを堪えるようにフェルドはそこを押さえた。
 刹那、視界が眩むほどの光が視界を塞いだ。思わず目を瞑るが、光の勢いは瞼を透して眩しいほどのものだった。それが少しずつ収まるのを感じフェルドは再度瞳を開いたがそこにあったものに自分の目を疑った。
 艶やかな銀の鱗。細く逞しい肢体。黒き膜を持つ両翼。切り込んだように細く、鋭い金の瞳。
「シサンタルバハムート・・・!!!!!?」
 伝説上にしか存在し得ないと言われていた神の使いであった。魔法数字でも最強の『十六』を背負う、かつて純粋なるバハムート一族にしか従わせることの出来なかったとされる屈強な召喚獣。
 その召喚獣が、何故此処へ・・・!

『我、汝を救いし銀空の覇者なり。我が主となりし者よ、掟に従いその証を示せ』

 銀の光纏いし竜はそう耳を通じてではなく頭と心に直接語りかけてきた。刹那、強い衝撃とともに水の渦が発生し竜を中心として広がった。海猪が勢いに揉まれ外へと吹き飛ばされる。
 強く重力を感じ、フェルドは身体のバランスを崩して地面に突っ伏した。はっとして起き上がる。地面はぬかるみの状態でフェルドは地面に強く打った右頬を泥で汚していた。
 なんとも不思議な光景だった。海が陥没したかのように自分達の居るところだけは水が無く、しかしさほど遠くない位置に海がある。しかも水面ははるか上で、まるでそこだけ海底から水が干上がってしまったようだった。周囲の海はフェルドたちの居る円の周りに空いた、暗い穴に吸い込まれるように落ちていっている。それなのに海の水は少しも減っていないようだった。
 視線を滑らせ、再び正面に戻す。そこにはやはりバハムートが居た。
 救ってくれたのかと安堵する間も無く、フェルドは横から殺気を感じて腕で自分の身体を庇った。銀の巨大な爪が彼を襲ったのだった。それは間違いなく、目の前のバハムートのもの。間一髪だったが少しでも遅れていたら真っ二つだっただろう事に今更ながら背筋が冷たくなった。
「何を・・・ッ!?」
 脳内に先刻の言葉が蘇る。主となりし者よ、掟に従いその証を示せ———。
 力を掲示しろということなのか。戦闘体勢に入り、視線だけで周りを見る。仲間達が起きる気配は無い。しかしこの事柄に対しては今自分が置かれている立場を考えれば彼にとって予想済みだった。
 真に主の力量を見定める為。例えそうだったとしても召喚獣は手を抜かないだろうし、瀕死の状態に陥ったとて主には相応しくなかったと判断されそのまま始末されるだろう。
「一つ聞く。俺がもし死んだら仲間達も巻き添えか?」
『我は汝のみに手を下すことを許されている。・・・が、我が去ろうものならばこの場は再び水で満ちよう』
 結局は手を下さないだけで全員溺死か。どちらにしろ自分は勝たねばならないと言うことだ。





   自らと仲間達の生死を決定する戦いが今、始まる———。