複雑・ファジー小説

Re: 【Ultima Fabura—最後の物語—】 圧倒的感謝! ( No.287 )
日時: 2011/07/16 10:48
名前: Aerith ◆E6jWURZ/tw (ID: Ma3wYmlW)

>>286 Before shot   >>288 After Chapter prologue


     SHOT 2 罪の十字架





 脚が震える。自分の受けてきていたことと自分が犯した罪が一斉に、鮮明に蘇り、ヴィルの精神を揺さぶり襲った。
 それは、たかが半人前の一魔導士の耐え切れるものではなかった。今はそれに星の敵だという負荷がかかっているのだから。人を殺して喰らう魔物と同じように、自分もしてきたかもしれないのだから・・・。
 パンッ
「しっかりしろっ!」
 頬に受けた赤くはれるほどの強い痛みも今は果てしなく鈍く感じた。その鈍痛の中で、ヴィルは自分の頬を貼った人物をゆっくりと見上げた。その視線は焦点が定まっていなく、ゆらゆらと揺れていたという。
「『行こうぜ、皆。俺らが此処に来たのは他でも無ェ、この世界救う為だろ?』そう、言ったの自分でしょ?」
 不自然なほどぼんやりと惚けた顔で無表情になっているヴィルの肩を揺さぶり、ミュレアは呼びかける。泣きそうな顔で、涙を堪えながら。光を失くした、連れ合いの瞳に訴えかけるように。
 しかしヴィルは無言のままだ。
「ねぇ、わたし達はいつも一緒だよ。貴方の抱える闇も一緒に背負うから」
 抱きしめてミュレアが言う。視線を揺らがせたまま、ヴィルは腕を動かす。華奢な彼女の背中を包み込もうと手を伸ばす。この小さく細い双肩と背中には自分と同じ十字架がある。それなのに彼女は、自分のものだけでなく他人のものも背負うといってくれているのだ。
 どうして、そこまで。
「う・・ぅ」
 違う。背負わなきゃいけないのは自分だ。救う役目も、他人の分まで背負う義務は自分にある。こんなか弱いものに任せていいはずが無いではないか。何故早く気づかなかったのか。こんなにも簡単なことを。
 過去も未来も関係無い。
 自分達は今を生きる人間だ。今を支えあっていけばいいのだ。
「おれ・・・、俺ッ・・・!」
「ヴィル。頑張ろう? ね。私達が星救うんだから」
「うん・・・。そうだよ。ごめんな・・・!」


 祐希は辺りを見回す。これの他に、これといった仕掛けは無さそうであった。しかし祐希は壁にこの黒曜石と同じような文字を発見し、駆け寄る。やはり同じようで、祐希はヴィルたちを呼んだ。

『我此処に至り
 消えぬ光の名の下に
 星を救う戦いへ身を投じるもの

           雷獅子』

「雷獅子っ・・・!?」
「じゃあこの文字は7億年前の・・・!?」
「皆」
 動揺を秘す事の叶わない目の前の仲間達に、俯いたままヴィルは呼びかけた。静かな口調で放った言葉だったのだが、皆は一斉に彼のほうを見た。気配で感じ取り、顔を上げる。
 信頼しきった瞳。そうだ、自分はこの瞳に救われている。それぞれが個々に違う心情を持ち、違う面持ちをしている。似通っていても少しずつ違う思考を持っている。しかしヴィルは感じる。瞳の奥に背負うものも、潜む考えも違う。それでも宿る光が同じだ。
 何かを守りたい——大切なものの為の、誓いの光。
「俺・・・。決めた」
 握りこぶしを胸の前において、ヴィルは目を閉じる。
 自分の生命の鼓動が感じられる。そうだ、自分は生きている。そう実感できる。
 成長してどれだけ強くとも、一人で生まれてこられた生命など無い。一人で生きてこられた生命も無い。生きる為の知恵を教わり、巣立ち出来るその日まで安全に守ってもらえる——それが生命だ。
 どんなに苛立つ育て親であっても、怨嗟の感情を持っていても、殺したとしても。生きていく為の力を持つまで育て、守ってくれたのだ。親も等しく、勝手に自分を生んでそのまま自分を捨てたとしても。生んでくれなければ自分は今この場に存在しなかったのだ。
 なれば育て親を殺してしまった罪を、この星を救うことで償おう。
「この星を守る」
「わたしも!」
 前に進み出て、手を差し出したミュレアは微笑んだ。
「わたしも、守るよ」
「僕も」
「わいもや」
「俺だって」
「私もです」
「あたしも」
 一斉に皆が頷く。泣きそうになるのを堪え、ヴィルは差し出されたミュレアの細く華奢な手を握った。
 ありがとう・・・、皆。

 雷獅子は水不死鳥とともにゆく。
 どんなに険しく、どんなに辛くとも。
 時に支え、支えられながら。
 仲間とともに、どんな道でも。

そして。

 終焉への物語は急降下を始めていた。





—————俺はこの時、まだ気付いていなかった。ミュレアを飲み込もうとしていた闇に—————




 新たに義務を感じた一向は海底の大神殿を後にした。結局のところ、コスモスの残した先刻の予言は見つかっても肝心の本人が居なかったのだ。予想はしていたことだったが、救いが無かったことは少しだけ一行の心に影を落とした。
「皆、そんな暗ぇ顔すんなよな! 判ってた事なんだし」
「解ってるよ、ヴィル!」
 それでも。
 やはり不安は増す。閉塞感は感じてもこれから行く当ても無い。世界は広いのだ、居るかどうかもわからない存在を世界中探してなど居たらすぐに最終夜は来てしまう。それでも彼女が居なければ世界は救えない。
「あの・・・。あれ、なんでしょう・・・?」
 海底神殿を出て少したった時、フィニクスが不意に動きを止めて一点を見据えつつ言った。ヴィルも同じ方向を見遣る。何か大きなものが向こうからやってくるようだった。
「なんか・・・。デケェもん」
「もしかして魔物だったりして」
「えぇ、やめてよ〜」
 おどけた調子で言ったカテーナの言葉に怯えてテフィルは身震いする。そりゃあこんな時に襲われたらろくに戦闘が出来ない難しい状態だからだろう。

——しかし。

「ありゃ・・・海猪ピープグルだな・・・」
「へー。可愛い名前」
「ちょっと、カテーナ・・・」
「獰猛種だぞ」
 黒い影は見る見るうちに近づいてくる。その間にも聖護が解説し、カテーナが余裕たっぷりに笑み、レフィーナがテフィルにしがみ付くとフェルドが構えて言った。
 海猪は突っ込んでくるとまずリトゥスを狙った。
「たかが猪のくせに。——生意気ね」
 海中を切るようにして黒羽が猪に向かい海猪の目に突き刺さる。唸り声を上げ、海猪の目から出た赤い糸の様な液体が海中に散布した。ヴィルが突っ込み、剣で切りつけると海猪は悶える。
「海中戦、得意中の得意だからね?」
 舌を出し、ミュレアが海猪の足を海流で捕らえた。悶え苦しみ逃げることも叶わず、海猪は叫び声を上げた。


その時、事は起こった。





                                     ——第四章 〝時の白魔導士〟 完