複雑・ファジー小説

Re: Ultima Fabura—〝最後〟の物語—参照200突破! ( No.62 )
日時: 2011/05/08 00:35
名前: Aerith ◆E6jWURZ/tw (ID: hQNiL0LO)
参照: もっと小説を書く時間がほしい。

>>61 Before shot >>63 After Capter prologue

   SHOT 3 氷の護符






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団長、リズ、fioreのみんなへ。

今まで迷惑かけて、ごめんなさい。
もうこれ以上、みんなに迷惑はかけられない。
記憶は戻ったし、声も戻ったし力も戻った。
でも、だからこそわたしはもうここには留まれない。それを思い出した。
わたしの本当の名前は、ミュレア・U・フェリーラ。
賞金首なの。みんなの・・・普通の魔術師たちの、敵。
それを思い出した以上、ここにいればみんなにも危害が及ぶ。

本当のわたしは〝ミュレア〟だけど
みんなと過ごしたわたしは〝メロウ〟だから。
メロウとしてのわたしを忘れないで。
ミュレアとしての、犯罪者のわたしは忘れて。
それがわたしの〝メロウ〟としての最後の願いです。

  さようなら。もう、二度と会うこともないね。

             ——メロウ・P・シャーフィナー

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月光が差し込む戸口の奥でサーカス団員達の安らかな寝息が聞こえる。
メロウことミュレアは普通の人間なら見えない闇の中を普通に見ていた。恐らく彼女の血縁のせいだろう。最後の置き手紙を音を立てないよう静かに、すっとテーブルの上に載せる。
旅装は整えた。もうここにいる理由はない。見つかる前に去らなければ。

「さようなら」

微かにそう呟く。
銀色のつややかな髪は月光を静かにたたえ、銀翠の瞳は神秘的にきらめいている。
旅装のミュレアは白いタンクトップ、短パンにブーツ。マントは夜空にも夏の海のようにも見える藍。

背を向けたミュレアの背後で何かが動いた。
「メロウ・・・?」
リズが起きたようだった。
振り返ったミュレアの瞳の色に驚愕する。

「ごめんなさい。リズ・・・さん」
「メロウ、あなた声が!?」
「わたしは、メロウではありません。あなたの知っているメロウは、もういないんです」
どうしてそんなによそよそしいの?
リズは変わり果てた姿と態度のメロウ——ミュレアに混乱する。
初めに会ったときの服。
旅装を整えている彼女の姿に混乱する。

初めに会った日、雨に降られた。
団長である父と団のトラックのカーテンを新しく買ってきた帰りだった。

『降ってきたな』
『あれ?あんなとこに女の子』
赤い服を着た女性が、雨に濡れるがままそこで立っていた。だがなんだか妙だ。女の周りの人々は全員倒れている。
尋常じゃない。
『ん?本当だ。おーい君!そんなとこにいちゃ濡れるぞ!』
振り返った金髪の銀の瞳の少女は走り寄って来た二人の姿に振り返ると、力が抜けたように倒れた。
ぱちゃ、と倒れたところが音を立てる。赤かった。
雨じゃない。血だ。
『大変だ、リズ!この子すごい熱だ!わしが運ぶ、リズはカーテンを持ってくれ!』
赤い服じゃない。
血だ。
ここだけ赤レンガの色が濃い。
血だ。
吐きそうだった。その場で戻してしまいたい衝動にかられた。父さんは女を抱き上げた。リズは嘔吐しそうな衝動をこらえつつビニール袋に包まれたカーテンを持った。
それからずっと一緒だった。姉妹のように。
後で知ったが、回りに倒れていた人々は人攫いだったらしい。
〝力〟が強すぎた彼女が、抵抗したために傷つけてしまったんだとリズは解釈した。こんなに大人しい気の少女が人を殺しただなんて考えたくもなかった。

メロウは私達を家族のように慕っていた。
いつも笑っていた。
一体どこに行く気なの?ここにいるのはいやだというの?
そんなのって。
「安心してください。わたしはもう、あなたたちに迷惑はかけない」
迷惑?
一緒に支えあうことが家族じゃないの?
ほとんど身寄りのない私達は家族も当然じゃなかったの?あなたにとって私達は本物になれなかった?
少なくとも私にとっては家族だった。
なのに。

「・・・駄目よ。あなたはここにいるの。ここがあなたの居場所」
「わたしもそう思っていた。でも違った。だからここを去ります」

強い陣旋風。
思わず目を瞑ると、目を再び開けた次の瞬間そこには誰もいなかった。
暗闇の中、リズは一人脱力した。




「・・・何者だ」
クレパスの中にドスの効いた低い声が響いた。
声の主、氷竜は目の前の女を見下ろし言い放った。
「あなたの待ち望んだ者」
少女は凛とした瞳で見返した。
銀翠の瞳の持ち主。
戦うとなればただでは済まされないことは判っていたが、相手にその気がないことも判っていた。
「何?」
「翼に傷を負い、貴方はここに身を潜めた。そしてここまでたどり着いたある魔導士の一団に、治癒の魔術を扱える者を連れてくるよう依頼した・・・そうですね?」
女は銃と剣が合体した武器を振り回しながらこつこつと歩き、言った。
氷竜はふ、と笑った。

「いかにも」、、
「そしてその4人を氷の魔術で縛り付けた」
「そうだ」
「これで判りますね?」
「我の傷を治せる、というのか?」
「信用するなら目を瞑ってください。少々眩しいので」
仮にも相手は銀翠の瞳の持ち主。油断は禁物だ。
しかし氷竜はなぜか信じてみようという気になった。
目を閉じてまもなく、瞼の下からでも判るほど何かが発光していた。
光の収まる気配とともに翼の熱は引き、痛みも感じなくなった。
瞳を開く。

「ほう・・・やはり、天使族」
「母が。——父は神霊族でした。特殊な神霊だった父の子を腹に宿した母はわたしを産んですぐ死にました」
純白な翼を持った銀翠の瞳の女は氷竜から視線をそらし、感情もなく喋った。
瞳にちらりと赤い光が走ったのは気のせいだろうか。
確認するまもなく光は消えた。気のせいだったかもしれない。

「目的は?」
「今ので約束は成就されました。1、彼らの呪縛を解くこと。2、あなたの氷晶頂きたい」
氷晶。
それは氷の竜だけの持つ魔力を宿した氷。
しかしそれを渡すことは相手に信頼を持った証拠。簡単には渡せない。渡すとそいつには歯向かえなくなる。
「それを守るか?」
呪縛を解きつつ氷竜は言った。
氷竜の隣に4本の巨大なつららがどこからともなく現れ、地面に墜落した。
「命に代えても」
女は自分の翼から落ちた羽を氷竜に渡した。
それは彼女の念がこもった羽だった。それには治癒の魔力もこもっている。
自分が死んでもその魔力は続く。天使族の秘術だ。
「・・・仕方ない。持ってゆけ」
氷竜は女に氷のタリスマンを渡した。銀の水色っぽい雫形のイヤリングを3つ、かたどったものだ。
女はそれをサイドテールより少し緩く下のほうに結わえている髪とは反対側の右耳につけた。
しゃらん、とそれは彼女の耳元で音を立てる。

「ありがとうございます。・・・では、また会いましょう」
天使族の女は冷気を巻き上げ、双方満月の浮かぶ空へ飛行した。


今日から〝聖月夜〟だ。




                                         ——第一章 〝雷水の魔導士〟 完