複雑・ファジー小説

Re: キリフダ ( No.3 )
日時: 2011/08/07 17:27
名前: モンブラン (ID: izFlvzlp)

第一話『依頼』


暗い暗い水の中。
上からは光が差し込み、水面がきらきらと輝いている。不思議と呼吸の苦しさは感じない。
水はそこに確かに存在するのだが、それに触れている感覚がまるで無い。もしかしたらここは水中では無いのだろうか、とさえ思えるが、そんな感情は次の瞬間綺麗さっぱりくなった。


小さな乗用車の中だった。
ああ、あの光景だ。随分長い間視ていなかったが、すぐに思い出せた。
確かそう、この後俺は———。


金属と金属がぶつかりあう音がしたその瞬間、俺の身体は車外へ一気に吹き飛んだ。シートベルトが緩かったのだろう。
まるでスローモーションのように自らの動きが遅くなって見える。橋から落ちていく俺の目線の先には、川の水面が映っていた。
ドボン。頭から水面へ落下した。

そのまま沈んでいく俺の背後に、大きな鉄の塊が落ちてくる。頭を思い切りぶつけたかとおもうと、俺の意識は遠のいていった。



汗だくになって椅子に座っていた。そういえば、昨日机の前で寝てしまったんだっけか。
ここは、俺の経営する探偵事務所。基本的に金さえもらえれば何でも請け負ういわば何でも屋である。
入口のドアを開けると左にはオフィスなどでよく使われる机が置かれ、右には窓から小さな商店街が見える。
正面には、幾つかの木製の札が掛けられている。魔除けの為の物ではなく、依頼に応じた料金表だ。
最もそれは目安なので、大きく変動する場合もあるのだが。

シャワーを浴び着替えてデスクに戻ると、一人の男がソファーに座っていた。
ワイシャツとジーンズを着ている。年齢は二十代前半といったところだろうか。

はて、今日依頼人が来る予定なんてあったかな。そんな事を考える間も無く、男は俺に詰め寄ってくる。
「おい、ここって何でもやってくれるんだよな?」
なんだかヤバそうな雰囲気がする。動物的勘、とでも言うのだろうか。文霧正治の探偵としての勘が、そう告げていた。

「基本的には、という但し書きが付くがね。最も非合法なものはダウトだけれども。」
俺がそう言うと男は頭を掻き、再びソファーに座る。
大きな欠伸をした後こちらを向き、口を開いた。

「人探し、してくれねえかな?三人いんだけど。」
ほっ、と胸をなでおろす。予想していたものよりは遥かに簡単だった。
「三人なら、料金は三人分。結構かかるがいいのかい?」
因みに、人物捜索の場合……特に行方不明者の場合は……かなりの時間と労力がかかる。

「結構だ。名前は“青草蓮”、“白金鋼”、“玄雪雹”。」
男は三枚の写真を俺に渡す。恐らく男の言った三人であろう。三枚とも全身が映っていた。

一人はまだ子供と言った感じで、青緑の独特の服を着ている。何かのコスプレでもしているのだろうか。

二人目は黒い着物の男だった。これといって突筆すべきところは無いように見える。

三人目は薄着の女が映っている。染めているのだろうか、髪は真っ白になっていた。

写真を眺めていると、男が不意に話しかけてきた。
「金は今払うのかい?」

「完全後払い制なんでね。依頼を完遂してからでいいよ。」

それを聞いた男はありがとう、と言うとそのまま出て行こうとする。

「———なあ。」

文霧が男を引きとめる。何だ、と振り向くと、文霧は聞いた。

「あんたの名前………何ていうんだ?」

「朱炎焔。スエノ、ホムラだ。」


第一話『依頼』 終