複雑・ファジー小説
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.5 )
- 日時: 2012/03/10 23:04
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
素早く分かる(?)前回までのあらすじ
北端の小国家、シアラフ王国が誇る超人兵士、生物兵器。その中でも歴代最強と呼ばれる少年アレスは規定に従い十五歳になったため一人暮らしに。
その初日、家事用の奴隷を買いに奴隷市場に足を踏み入れるが、そこには名前のない少女が。
彼女の強さに惹かれたアレスは、少女を衝動買いする。それから二年が経ち……
第二章 変革のハジマリ
アレスがエリスと出会ってから二年の歳月が過ぎた。十七歳の少年は相変わらず戦場で人を殺し続け、十五歳になった少女はそんな彼をみすぼらしい小屋で一人さびしく待つ。そんな日々の繰り返し。二人ともそれで満足しているのだからそれで良いといえば良い。ただその満足はそれより良い世界を知らないからこその喜びである。それを悲しみと呼ぶか、それでもなお喜びと呼ぶかは人それぞれだろう。
二年間という時間は長いようだが、実はとても短い。その中で、何か変わることができるかは人それぞれである。もちろん、変わらない者もいるだろう。しかしその一方で、大きく変わる者も、当然のことながら存在するのだ。
国境近く。常に争いの絶えない場所で、この日も表現するのもおぞましい光景が広がっていた。
シアラフは三つの国と接している。そのうちのひとつは大国であるものの島国で、海を挟んでいるからここしばらく武力衝突は起こっていない。だが、残る二つは陸続きで、どちらの国とも国境線についてもめていた。その二つの国のうち、特にウル民族区というところとは、少なくとも週に一度は武力衝突が起こっている。
その戦場である。夕日が出ていた。戦いの結果は様子を見れば明らかである。少年が二人、涼しい顔つきで立っていた。一人は黄緑色の髪、もう一人は美しい銀髪。二人とも腕は刃に変形していて、そこから分かるように、彼らはシアラフの生物兵器であった。
「お疲れ様です、アレス先輩」
「……お前も」
礼儀正しく微笑みながら言う銀髪の少年。それに対して黄緑色の髪の少年、アレスはぶっきらぼうにそう言うと、自分の腕に付いた血を雪でこすって落としていく。それを見る後輩の目は穏やかだった。彼は彼で薄汚い布を取り出して、自身の腕を清めている。この銀髪の少年、リューシエは元々このように自分の身だしなみには気を使っていた。もちろん生物兵器の中では変わり者と称されている。一方で、隣のアレスはつい二年前までは全く気にしていなかったのだ。理由を聞こうとは、リューシエは思わない。聞くまでもないのだ。
「先輩、この後時間ありますか? ぜひ先輩に紹介したい店があるんですよ」
「また甘い物か?」
アレスは呆れ顔で後輩を見た。否定をする様子はなく、うれしそうに笑っている。
「悪いが、今日は早く帰りたい。……せっかくだがな」
今日“は”とアレスは言ったが、それは誤りである。リューシエは幾度となくアレスをいろいろなところに連れて行こうとしている。だが、一度たりとも彼が付いていったことはなかった。
「そうですか、それは残念です……バーティカル大公爵家のレイルリモンド城近くの喫茶店なんですけどね、安いしおいしい。それに最近可愛い子が店番してて……あ、いつかの焼き菓子もここで買ったんですよ」
楽しそうに語るリューシエを尻目に、“バーティカル大公爵”の名を聞いて、アレスは少し怪訝な顔をした。
「バーティカル、か。あそこも今、大変だろ。反逆罪がどうのこうのって」
「そうですね、大公夫妻も処刑されてしまいましたし……まあ、でも次の当主のロイド様は大層頭のいい方ですから、陛下からの信頼もすぐに回復しますよ」
リューシエは自信満々にそう言うと、腰につけていたかばんから包みを一つ取り出した。ほのかに甘い香りがする。包みは薄い黄緑色で周りはオレンジ色で縁取りされていた。ある有名な平民出身の軍人の死後、およそ十年前からこの国で希望を表す柄とされているものだ。
「先日は夕食をご馳走になりありがとうございました。おいしかったです、と、エリスさんによろしくお伝えください」