複雑・ファジー小説
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.80 )
- 日時: 2013/02/25 23:47
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: YSxnKZLO)
外伝 光のなかの
反乱軍特別攻撃隊副隊長補佐官のコウタ=ドレイルが、人づてによる呼び出しを食らったのは、かの戦闘の謹慎が明けてすぐ、軟禁されていた部屋から一歩出たその時であった。
「日本軍の、天宮中将がお呼びです」
そう言ってきたのは、日本軍の若い兵士であり、シアラフ人に話しかけているのに、ためらうことなく日本語を使っていた。
コウタの顔色が変わる。思わず、腰に下げている刀のつばに触れた。それは、困惑とも、嬉しさとも、また悲しみとも取れる表情であった。
一度うつむくと、青年は顔を上げ、青い目にわずかばかりの影を落としながら、
「了解いたしましタ」
と、発音に若干の不自然さはあるものの、丁寧な日本語で返答し、足早にその場をあとにした。
そうして、一人城の中庭へとやってきたコウタ。雪の中で葉をつける木々が、両脇で腕を広げている。そんな場所で、先客の姿を確認し、その碧眼に、先ほどよりもさらに濃い影を浮かべた。
「呼び出して悪かったな。どうしても、君と話がしたかった」
除雪が行き届き、きれいにならされた白い地面。そこには、黒髪をわずかな風に揺らし、澄んだ碧眼で微笑みかける少年が一人。日本語に、相当位の高い将校姿、そう、世界五大家の一角、天宮飛龍その人であった。
コウタは、ただ黙って天宮中将の元へと歩いていく。吹き抜けである中庭は確かに寒い。だが、そうはいっても、シアラフ人ならば気にならないものである。
にもかかわらず、コウタの足はガクガクと震え、唇は紫色に変色していた。
「や、たいした話じゃ、ないんだ」
明らかにおびえているシアラフ人の青年の様子を見て、天宮中将は慌てて自分の顔の前で手を振り、努めて明るくそんなことを言った。もちろん、今度も日本語である。寒さ故か、少し滑舌が悪かった。
中将から五歩離れたところで、コウタは立ち止まった。そのまま深々と、直角に腰を曲げて礼をした。依然として、一言も言葉を発しようとしない。
「君の刀のつば、そこにあるのは細輪に桜、天宮家の紋だな」
問い質すような口調ではなかった。昼の日差しが中庭に降り注いで、あたりの雪と合わさって美しさを増し、木々の葉は蒼くきらめく。その中で、中将の言葉は柔らかく、碧眼は嬉しそうに輝いていた。
そんな光から目を背けるように、コウタは下を向く。そして、そのまま雪の上に片膝をついて、今度は日本の伝統的な礼を天宮家当主に捧げた。
「飛龍様、こうしテ、お会いできるとは、夢にも思っておらズ、いまでも、信じられません。祖父の母が、天宮本家の出で、わたくしは、分家としテ、このシアラフに移住したその子孫でス。このようニ、日系三世とナれば、もう、日本人らしさモ、失われてしまイましたが」
頭を下げたまま、コウタはシアラフ訛りの日本語で言った。そして、わずかに顔を上げる。雪国育ちの白い肌の上に、どこか日本人らしい低い鼻。だが、それでも、その天宮家分家出身の青年は、シアラフ人らしさをより多く身にまとっていた。
「君も知っての通り、天宮家はかの大虐殺で本家はもちろんのこと、数多の分家も壊滅した。この異国の地で、縁の者と出会えてとても嬉しい」
「もったいなイお言葉、でス」
寒さに頬を紅潮させながら、嬉しそうに血縁者と語る飛龍。
それに対して、やはりコウタの表情は優れなかった。青色の短髪に、はらはらと粉雪が降り立つ。そして、消えていく。
その繰り返しの中、再び天宮家当主からの言葉が降ってきた。
「他に家族はいるか? ぜひとも会いたい」
あきらかに、青年の表情が陰った。碧眼を歪めつつも、それでも前を向く。そして、唯一の共通点である青い瞳を交差させながら、コウタは口を開いた。
「あいニく、反政府運動ニ身を投じた父は殺され、母モ病で……」
「すまない、悪いことを、聞いたな」
コウタの言葉に、はじめて、飛龍の目には影がよぎった。そして、どこか暖かな、そんな色も。同じく肉親を失った同情と言えば簡単だが、天宮家についてはそれだけではない。
要するに、分家でありながら虐殺を逃れたドレイル家に対して、飛龍がやっと心を許せたのだ。
「イえ……飛龍様」
続く言葉を、コウタは言えなかった。
伝えるべきことがある。だが、本家の辿った、もっと言うと、本家の姫君、飛龍の双子の妹にあたる、天宮紫水の最期を知っているからこそ、口から出てくるのは言葉ではなく、ただの白い霧であった。
「どうした?」
飛龍は、どこにも暗さのない、純粋な口調で尋ねた。中庭に降り注ぐ日差しが、わずかに強くなる。影はよりいっそう黒く、二人の存在を示しだした。
落ちていく粉雪。ゆっくりと、その影の中へと消えていく。
コウタは、その場に、力が抜けたように正座をした。
「実は、妹がイまス」
やっとのことで、それだけを言った。
「そうか!」
その言葉に、飛龍の碧眼は、昼間の海のようにきらきらと輝く。
それに対して、コウタは、正座したまま、額を冷たい雪に押し付けた。肩は震え、歯ぎしりする音だけが響く。
「イえ、イました。何年モ前に、口減らシで、遠くの町ニ、捨ててきマシた」
「口減らし……」
分家の青年の発した言葉に、飛龍はただ呆然と、オウムのように繰り返すだけだった。
日本では、口減らしで幼子を捨ててくるなどということは、まずあり得ない。万一家計がそういう自体になっても、社会保障や慈善団体でバックアップする体制が整っているのだ。
単に、ユビル帝国への復讐という理念だけでやってきたシアラフ。だが、当のその地では、それこそ、生きるための革命が進んでいる。
若き中将は、一度、懸命に葉をつける木々に目をやり、それから、粉雪舞う空を見上げた。
「すみマせん、申し訳ありマせん、ぼくタち一家は、本当ニ惨いことを、ごめんなさイ、ごめんなさイ……」
壊れたからくり人形のように、謝罪の言葉を発し続ける青年。次第にその言葉は、日本語からシアラフ語へと変わっていく。ここにいない、誰かへ向けたその言葉。しかし、それは粉雪のように、現れてはすぐに消えていった。
「妹さん、名前は、何と言ったんだ?」
飛龍は、自身も同じように雪の上に両膝をつき、青年の肩に手を当てて聞いた。ずっと続いていた、小刻みな震えが止まる。
コウタは、真っ赤に充血した碧眼を上げた。
「ツユと、イいました。我が家ニ伝わる二つの家宝、そのウちの一つの、ペンダントを首ニかけさせて、お兄ちゃん、ちょっと用事がアるからな、ちょっと行ってくるかラな、待っテろなって……」
「前、向こうな。前向いて、歩いていこうな。それしか、できないんだ」
これは、同じ痛みを持つ者同士の、そんなある昼下がりの一場面。
本家の当主に肩を叩かれ、コウタは日差しの中で立ち上がる。
光の中の、一人の青年。そして、運命の戦いは否応なく始まる。
その、前日のことであった。
あとがき、のような何か
外伝二つでした。一つは喫茶店での話、もう一つは天宮家の話。
前者は昔からありましたが、後者は書き足しました、急ピッチで。文章、荒いですね。でもいい加減、次の話にうつりたかったので。
と、いいつつ、次の話はがらりと変えないと、何だろう、この無謀感……
そんなわけで、第五章悪魔の贖罪
生物兵器との全面衝突が始まる。アレスは、リューシエは、そして……
そんなノリで、以後もよろしくお願いします。