複雑・ファジー小説
- Re: 【復活】ノーテンス〜神に愛でられし者〜【かも】 ( No.88 )
- 日時: 2013/12/08 11:59
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)
素早く分かる(?)これまでのあらすじ
生物兵器との決戦がやってきた。
最強の生物兵器アレスは、エリスと共に、自分の同類たちを切り裂いていく。アレスの跡を継いで生物兵器長となったツユは、戦場で実兄と再会、それを決定打にどんどん壊れていく。その少女を倒し、アレスは後輩のリューシエと対峙し、その遺体を前に決意を新たにする。
第五章 悪魔の贖罪(二)
反乱軍がゴーフル領で戦いを繰り広げていた頃、誰にも気付かれずゴーフル領の村に二人入り込んだ。
一人は黒髪の男、もう一人は群青色の髪の女。二人とも黒服であることだけは共通していて、デザインまでほとんど同じことから、何やら組織で動いている印象を受ける。
実際その通りで、この黒服は反ユビル組織“黒霧”のもの。
男のほうは“黒霧”首領ブラック。その正体は捨てられた世界五大家の一角フィギアス家の次男、リーフ=フィギアス。女のほうは美菜といい、特技が物作りであるため、この黒霧で武器整備を仕事としている。
ただ、黒霧で活動している以外は貴族相手の盗人をしているため、足の速さは軽く一般工作員の上を行く。そんなわけで戦いにもよく駆り出せれ、今では組織内でも十指に入る腕を持つ。
「美菜、やっぱり俺に任せてもらったらまずいか?」
町の中心部まで来た時、リーフが不意に立ち止まって口を開いた。
中心部、と言ってもさすがに近くで戦闘が行われているため、家々は鍵を掛け、カーテンをしっかりと閉めている。もしかしたら、避難していてもう既にいないのかもしれない。
太陽は雲の間からわずかに見えていて、その中途半端さが、異様に静かな町を強調しているようだった。
「どうして? 首領。これは私の個人的な問題。私が先に進むために、必要なことなの」
セミロングの髪を右耳に掛けながら美菜は言った。襟と髪の間から見える白い首には痛めつけられた古傷が生々しく残っている。彼女が歩んできたこれまでの人生。過酷であったことは疑いようがない。
そんな美菜が、先に進むためにしようとしていること。それは彼女にとって辛いはずのこと。リーフが代わると言うほどの。
「家族殺しなんて、君に、そんなことをさせるわけにはいかない」
「首領はどうなの? いざと言う時はお兄さんを殺す覚悟はあるって言ってたでしょ? 私も、覚悟はある。生物兵器を製造してきたキルギス家次女として、お姉ちゃんの妹として……ミーナ=キルギスとして」
美菜はそう言うと先へ、自らの生家があるこの村の最奥へと足を進めていく。
キルギス家。
それは世界で唯一生物兵器の製造方法を知る家。
およそ十六年前、そのキルギス家の長女と次女が家を出た。次女については正直どうでもよかった。まだ十歳にも満たず、生物兵器の知識は皆無と言ってもよかったからだ。
しかし、長女はその時すでに二十歳。その上出来が良く、資料のほとんどを諳んじられるほどだった。キルギス家は慌てて二人、特に姉を探したが、結局見つからなかったという。
そして今、その次女だけが帰ってきた。全てはキルギス家を潰すために。
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.89 )
- 日時: 2013/12/20 00:20
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)
ひたすら、黒衣の青年が走っている。時々雪に足を捕られながら、それでも前へ進もうと。どこに向かっているのかは、当の本人もよく分かっていない。
“一休みできる場所へ”と、シアラフの人間ではない彼にとって、目的地はそう言う他なかった。
その腕には女を一人抱えていた。毛布に包まれていて顔は見えにくいが、意識がないことはたしかだった。時折苦しそうな呻き声を上げていて、そのたびに青年の表情は硬くなり、唇からは血がにじみ出る。
——その屋敷の明かりという明かりは全て消えていた。
古びた壁にはこのシアラフではありえないほどの草が茂り、門や窓を塞いでいる。そんな密閉された空間から聞こえる音。
それは断末魔の叫び声だった。
男の声、女の声、果ては子供の声まで。屋敷の玄関前でただ待つことしかできない青年、リーフにとってはひどく耐え難いものだった。
屋敷の大理石製の表札には“キルギス”とあり、この屋敷の住人であろう人々の名前が刻まれている。その表札の右端に二つほど強引に削り取った後があった。
微かにだが、文字らしいものが確認できた。“カレン”と“ミーナ”。ミーナは言うまでもなく美菜と名乗っている反ユビル組織“霧”の工作員。もう一人のカレンは、おそらく彼女の姉だろう。
しばらくすると、屋敷の最上階から火の手が上がった。誰の仕業かは考えるまでもない。生物兵器の資料を完全にこの世から消し去ろうと、わざわざユビルから故郷へ帰ってきた“霧”の工作員。
「進むために」彼女が犯した罪は重い。
「キルギス家次女として」彼女が失った対価はさらに。
煙がリーフのほうまで迫ってきた。焼けた人間や薬品の臭いが鼻を刺す。相当きつい。リーフは口と鼻を手で覆いながら屋敷を見る。できれば早くこの場所を去りたいが、そういうわけにもいかない。
「屋敷を燃やしたら戻ってくる」——そう言って中へ入っていった美菜が戻ってこないのだ。嫌な汗がリーフの背中を伝う。玄関を塞いでいた草が、リーフの意思に答えて一瞬にして消えた。
もはや臭いなど気にならない。リーフは大きなドアを両手で開けると、燃える屋敷の中へと入っていった。
その屋敷の最上階では、着々と炎が家を包んでいく。その火元のちょうど真下の部屋に、美菜はいた。彼女の目の前には四十ばかりであろう男女の死体。リーフには誰だかわからなかった。
だが、年の頃からすると、その二人は美菜の両親だったのかもしれない。泣いているのか、そう思ってリーフは一歩足を進めた。
「お姉ちゃん……?」
部屋に入ってきたリーフに気付くなり、美菜は彼のほうに目を向けた。驚くことにその表情は今までにないほど幸せそうで、リーフの頬を涙が伝った。
うれしいからではない。悲しいのだ。
少なくとも美菜は、誰かを殺して満足そうに笑うなどということは、今までに一度たりともしたことがなかった。貴族を殺した後はいつも悲しそうで、それでも他の人たちの気持ちを考えて懸命に微笑もうとしていた。返って痛々しい表情だったが、リーフはそれこそが彼女の良いところだと思っている。
「美菜、帰ろう。ここはもう——」
「——お姉ちゃん、やったよ、ミーナ。ちゃんとお姉ちゃんが望んだとおりに」
美菜はリーフの言葉を遮るように笑いながら言った。おそらく彼女の目にリーフは映っていなかったのだろう。リーフに何度も「お姉ちゃん」と語りかける。
いや、もしかしたら“霧”の構成員である事実すら頭にないのかもしれない。彼女の記憶は、姉と共にキルギス家を抜け出した頃に戻ってしまっている。そう考えるのが一番しっくりときた。
リーフは、始めの一歩を踏むことこそ躊躇ったが、いざ前へ出てしまうと、それからは美菜のほうへ駆けていった。美菜は依然として笑っている。
煙と徐々に迫ってくる炎の中で、壊れてしまった仲間を抱きしめて、やり場のない怒りはすぐ隣にある本棚にぶつけた。
衝撃で本棚からは雪崩のように本が落ちる。その中に、古い写真があった。二人の姉妹が仲良く昼寝をしているが映し出されている。それは、美菜とその姉のものだった。
「お姉ちゃん、あったかい……」
幸せそうな声が聞こえたかと思うと、突然美菜の体は重くなった。
呆然としていたリーフはそれで我に返り、何とか燃えずに残っていた毛布を彼女の体に巻いて、窓ガラスを近くにあった壺を投げて割ると、そこから躊躇いもなく飛び降りた。
皐姫の力で丈夫な蔓を作り出して、美菜の体を気遣いながら、なるべく衝撃を和らげて玄関の前に立つ。臭いはさらにひどくなり、リーフは屋敷を一瞥すると、それからは振り返らずに走り続けた。
休める場所はそうそう見つからない。この日は反乱軍と国王軍の激しい戦闘があり、どの家もしっかりと鍵をかけ、しんと静まり返っていた。
リーフは、なおも走り続ける。
とうとう民家は見えなくなり、聞こえるのは寂しげな鳥の声だけになってしまった。
目の前には川がある。橋はあるが今にも壊れそうで、人が使っている気配は全くない。
リーフは困り果てた顔をして美菜を見る。腕の中の美菜は軽く、先程から高い熱もあった。
無理もないだろう。壊れてしまった。家族をその手で殺したのだ。
「お……い、お前、リーフか?」
突然、背後から声がした。
いくら考え事をしていたにしろ、簡単に後ろを取られるようでは、“反ユビル帝国”などということは口に出すのも温すぎる。
ただし、もしそれが後ろの男でなかったら、の話である。
「兄、上……?」
振り向いたそこには、現ユビル軍副総司令官兼“鷲”総司令官、世界五大家の一角フィギアス家当主、カレル=フィギアスが軍服姿で佇んでいた。