複雑・ファジー小説
- Re: 頑張りやがれクズ野郎 ( No.20 )
- 日時: 2011/05/08 19:39
- 名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)
【説明しますよ】
人は自らの境遇を憐れむ。
人は他人の境遇を羨む。
しかし自分よりも下の境遇は、絶対に存在しないと確信している。
他人の人生を見ると羨む癖に、そう確信出来る神経というものは。
一体どこから来るのだろうね?
———アキラムスト・デ・ラル≪世界構築と皮肉屋の確信≫より抜粋。
『ホムサイド一家って知ってるかい?』
「ホムサイド一家……。いや、知らねえな」
俺が自分の今一番知りたい情報について聞くと、【死神】はこう返してきた。
今、俺に尤も疑問を持たせ、解明したいと思わせる不確定要素。
それは、あのガキだ。
いくら俺でも、金髪のちびっ子にナイフで刺される覚えは無い。
知らず知らずのうちに恨みを買っていたのかもしれないが、あのガキにその様な怨嗟の念は感じなかった。
唯純粋な殺意を感じ取れただけだ。
ならその理由を知っておくのは、別段無意味な事でも無い。
それに、あのガキが正真正銘の屑野郎なのかどうか、それを知っておきたい、という意思もあった。
人を刺した時点で、狂っている事には変わりないだろうが……。
俺の否定の言葉を聞いて、【死神】の説明が始まる。
『正確にはhomicideって発音の英語なんだけどね。語源はフランス語らしい』
「意味は人殺しか?」
俺の返答に電話口の向こうから、軽い驚きの声が上がる。
『へぇ〜、意外と学があるんだね〜。その通りだよ。正確には【人を殺すこと、死にいたらせること】を表す学術的語彙だけどね』
「で? そのホムサイド一家とやらがなんだっていうんだ?」
称賛の言葉を無視して、話の続きを促す。
すると、【死神】はペラペラとまた話し始めた。
『その一家は大分危ないお家でね。彼等は全国警察機構同盟にある、【Special-Personnel-Measures】。略称【SPM】の所に多数人材を輩出しているのさ。あ、【SPM】だからって、浮遊粒子状物質とは関係ないからね?』
……何を言っているのかさっぱりわからん。
最後の言葉もきっと冗談か何かだったのだろうが、意味がわからなければ笑い所も分かるはずがない。
『あー、分かりづらかったかな……?』
俺が押し黙っていると、不安になったのか【死神】が電話口で呟く。
「確かにさっぱりわからねえが、重要な事を知っときゃ別にかまわねえ。つまり、その【SPM】ってのが危険ってことか?」
『危険も危険。大危険ってとこだね。この機関は警察お抱えの暗殺部隊ってとこさ。【特別人事対策室】なんて銘打ってるけど、やってる事は唯の警察への邪魔者を排除する為に存在する、殺人集団だよ』
成程。
つまり、合法的な殺し屋集団と言った所か。
「で、そのイカレ野郎どもへ人材を輩出するとか言う、ホムサイド一家ってのとあのガキの関係は?」
『もう大体分かってるんだろう?』
【死神】の意地の悪い言葉が、耳に入ってくる。
俺はため息を一つ付いて、さっさと言えと無言で促した。
『君が想像している通り、彼女はその最悪一家の一員だよ』
「……チッ」
なんつーめんどくせえ状況だ。
最悪の殺し屋開発一家。
そんな大層な所の出身ののガキが、なんでこんな街に来たんだ?
いや、分かってる。
大体分かるさ。
そんな屑。というより外道が【ゴミ箱】に来る理由。
『まあ、その女の子が来た理由はもう分かったろう? 知らない訳は無いよね、君が。真木一家の【元家族】の君が、知らない筈が無いんだ」
【死神】は楽しそうに、本当にイラつく程楽しそうに俺に聞いてくる。
ああ、分かっているさ糞野郎。
殺し屋などが家業の一族が、半人前の一家の一員に、一人前になる為に課す試練の様なものがある。
元真木一家の一員だった俺が、知らねえわけがねえ。
元人殺し家族の一員だった俺が知らないなんて言える訳ねえ。
殺し屋が一人前に成る為に必要な試練。
それは……。
「意味無き殺人……だろ?」
『ごめいとーう!!』
うざったいテンションで、【死神】が電話口で興奮した声を出す。
なんでこいつはこんなに元気なんだ、偶には大人しくなって欲しいとつくづく思う。
「黙れ。つまり俺はあいつの一人前になるための、試練の的ってわけか?」
『ま、そういう事になるね。ちなみに、黙れと言った後に、回答を求めるという君の矛盾溢れる言葉に、僕は多少興奮したよ』
気持ち悪い事を耳元で言われた。
ホント何なんだこいつは……。
まあ、それは置いておいて。
これはかなり面倒な事になってきた。
あいつを殺すのは簡単だ、だが、あいつは【屑】じゃない。
【外道】だ……。
家柄で仕様が無く、俺の命を狙っているという事になる。
いや、仕様が無く。では無く、幼き頃からの間違った教育の所為で、特に疑問に思わず俺を狙ったのだろう。
きっと、この街に来て、適当にぶらついて、偶々俺が目に入って殺しにかかったのだろう。
その行動は常軌を逸しているが、彼女の所為ではない。
そこには彼女の意思などでは無く、【家】というモノの意思が多数を占めた行動だ。
彼女には罪が無い。それならあの娘を殺す事は間違っている。
明らかにそれは間違いだらけの回答だ。
幼い子供だって、それは不正解。いけない事だと思うだろう。
「まあ、つまりそういう事だよな」
ガキだって、普通に思考する。
「自分を襲ってきたからって、哀れな娘を殺し返すような奴は居ねえよな」
『へ? 何だって?』
【死神】が呆けた声で聞き返してくる。
俺はその言葉を無視して、電話を切った。
そして、顔を糞ったれに蒼い空に向ける。
「そんな奴は最低最悪の糞野郎だ。そういう事なんだよな」
呟く。
誰に聞かせるでもなく、俺は呟く。
文脈が繋がらない言葉を、訥々と。
自分という存在が、どういうものか再確認しながら。
呟く。
「結局俺は最低最悪の屑って事なんだよな……」