複雑・ファジー小説
- Re: 頑張りやがれクズ野郎 ( No.35 )
- 日時: 2011/09/06 23:30
- 名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)
【殺人って事ですよ】
「正義……だと?」
「そう、善人。正義の味方って奴よ! 解る? 屑のおにぃさん!」
小首を傾げながら、ガキは実に子供らしく笑い言う。
何なんだこのガキは?
なんで、こんな異常な性格してやがるのに、顔にも目にも、【子供らしさ】が残っていやがる?
俺の知っている、ガキの時分からイカれている奴らってのは、もっと嫌な眼をしていた。
ドロドロとして濁って、笑いは酷く歪んだもので、見るだけで苛々する。
そんな奴等ばかりだった。
だがこいつは違う。
いや、苛々はする。見ていて胸糞悪くなる。
だが、これは。この感情の抱き方は。
【屑野郎】を見たときのものではない。
もっと別の。そう、例えるなら、自分にないモノを持っている奴を見ている時の苛立ち。
羨む事から来る感情。
そんな感情をこの【第三廃棄都市】の連中の誰一人に対しても、抱いた事は無い。
コイツは【狂っている】、【歪んでいる】、【外道】だ。
だが、【腐っていない】、【醜くは無い】、そして何より、【屑】じゃない……。
オイオイ待てよ、前思考した時は考えもしていなかったが、冗談じゃないねぇぞ?
こいつが【屑】じゃないなら、唯歪んでいるだけの少女なら。
そして、正の方向に歪んだ【信念】を持つのなら。
こいつは、このガキは。
いや、【ホムサイド】って組織の形態を表す言葉は——
【必要悪】
——ってことになる……。
「正義は死なないんだよお兄さん? 死ぬのは何時もあなたみたいな屑野郎なんだ。サイテ—最悪のクソ野郎なんだよ?」
ガキは笑いながら。
笑いながら【論理】を振りかざす。狂人の持つ倫理観。
正義の為に狂った世界に住む。そんな少女の【論理】。
「だからこの世から【退場】してねお兄さん。私たちの使命はそう言う事なの。頭からしっぽまでその理論が支配しているの。だからね。死んで? しんで? 直ぐ死んで? 今すぐ無様に泣き叫びながら悔みながら死んで? しんで? 死んで死んで死んで死んで死んで? それがもし出来ないなんて言うなら。そんときは仕様がないね」
ガキはテクテクと歩きながら、ナイフが無数に刺さっている死体から、二本血に濡れた【凶器】を二本抜き取り、くるくると手元で回転させる。
ナイフの形は独特で、持ち手部分に穴が開いており、滑り止めが存在せず、そのまま刃の部分に繋がっている。
【暗殺者】が良く使う形状のナイフ。
そんなゴツイ得物を手の中で回転させながら、少女は笑い、そして言う。
「仕様がない仕様がない。死んでくれないなら。自分でこの世にお別れできないなら、仕様がないね。その為に私がいるの。あなた達みたいな生に執着する【悪党】を殺すために、私たちがいるの」
ナイフを手の中で弄ぶのを止め、人を殺すための道具を両手に携え、腕を十字に、まるで自分の体を抱くかのような姿勢でナイフを構える少女。
「っち、勝手な理屈並べてんじゃねえぞコラ。てめぇの生き死にくれぇ、テメェで決める。お前にとやかく言われる筋合いはねェ」
今にも襲いかかってきそうなガキに、俺は戦闘意欲を削ぐための言葉を投げかける。
いや待て。
それはおかしい。
俺の今の言葉は明らかにおかしい。
これではまるで、この俺が。
目の前のガキと【戦いたくない】。
そんな風に願っている様ではないか……。
「何を言っているのお兄さん? 【悪党】に選択権は無いよ。あなた達みたいなのは呼吸する事が罪だ。なんで私達【善人】と同じ空気を、【悪人】のあなた達が吸うの? 不公平じゃない? 世の中平等じゃなきゃ!」
『私達善人』。
つまり、このガキは、自分の事を【善】だと認識しているってことか。
オイオイ、勘弁してくれよ。
ナイフ持って人を殺す善人がどこにいるってんだ?
笑えない冗談だぜ。
「さてと。じゃ、もういいかな? そろそろ死んでもらうよお兄さん。大丈夫、存分に苦しんでから逝かせてあげる!」
何が大丈夫なのか説明してくれ。なるだけ一般的な思考のもとで。
そんな俺の胸の内の願いも届くはずもなく、ガキは体を抱くように配置していた腕を、ゆっくり前に突き出し、腰を低くしつつ横に広げた。
手の中のナイフをクルリと回転させ、両手に逆手持ちの状態のナイフを持ち、笑顔を消す。
そして紡がれる【言葉】。
声の質も、込められた力も。
何もかもが先ほどとは違う【宣言】。
「私は【ホムサイド】。切り刻み、切り潰し、切り落とす。全ての罪に罰を以て答え、滅する」
厳かに。
先程までのニコニコ笑っていたクソガキが、完璧な【殺戮兵器】として変貌する。
これが【ホムサイド】。
これが、狂った正義論の持ち主。
「今日も始めよう。血によって始まる平穏の為に。殺しによる美の顕現を」
そして、ガキは。
いや、一人の【凶】は、理念を叫ぶ。
「そして、その美しき理想の為に——」
自らが絶対的な正義の使者だと疑うこともしない、【狂信者】は。
歩く【凶】は殺しを【始める】。
「——貴様等屑は、阿修羅道へと堕ちて逝き、阿鼻地獄にて悔み果てろっ!!」