複雑・ファジー小説

Re: 不条理を塗りつぶす理不尽 ( No.2 )
日時: 2011/04/09 22:31
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: MlJjY9/z)

 とある都で、全ての始まりは起きた。 それはさながら人間に与えるインパクトはビッグバンにも勝る衝撃となる。
 難攻不落の都市国家が、ものの1時間で、たった一人に攻め落とされたのだ。 それも、国中の兵士が総出で足止めをしたのにも関わらず、一人も殺されず、王族だけが、殺されると言う大事件。

 それは、気持ちいい海風の吹く晴れた日の昼下がり。 頑強に固められた塀の一箇所だけある唯一の出入り口。 普段は入国審査を行う所なのだが、その日は違った。 海の方から一人、人が歩いてきたのだ。 海底人では有るまいに、海の底からと言うわけではないのだろう。 
 この時代、魔法と科学が一緒くたに混ざり、混沌とした新しい技術、科学術が主に扱われている。 そして、その出入り口にもその術は掛けられているわけで、「邪な者」が通過しようとすると、それを阻止するかのように鉄で出来た分厚いバリケードが門を塞ぐのだ。 だが、彼女にはそれが発動されず、素通り。 門番も唖然とするほか無かった。
 そしてその数分後、都市の中心にある城へと「不法入国者」の連絡が行き、警官が彼女を抑えようとするが、衣服以外の手ごたえがまるで無い。 内部が空洞にでもなっているかのように、握られた箇所は凹み、その手をスルリとすり抜けた。
 ここでやっと、人間は彼女が魔術師であることに気づく。 それも、相当なレベルの危険な人物である——と。
 次に出てきたのは機関銃を装備した軍事用ヘリコプター。 だが、それすらその道の存在の前では、非力にも等しかった。 10mm弾を吐き出すそのヘリの機関銃は、彼女の歩いていた場所一体を荒地へと変えた。 だが、彼女は傷一つ負うことなく、歩みを進める。 何か……魔法を使ったのか?

 「こちらα、βに緊急出動要請を頼む。 10mm凍結弾装備で、門より900メートル地点に居る紅いコートの女を止めろ。 撃ちまくって構わない、実弾は効果なし」

 そんな緊急連絡の最中にも、彼女はどんどん歩みを進めた。 城へ向う……。 このパターンは、王が殺されると言うパターンが殆ど。

 「そこの女、止まれ!」

 終に、城の城門の前まで到達した。 そして、そこにも門番は二人。 その二人ともが、魔術を扱い、武術に長けるエリート、とでも言うべきだろうか。 だが、その二人の言葉に、彼女は耳を貸そうとはしなかった。 黒い皮製の手袋をはめたかと思うと、その二人を無視。 硬く閉ざされた城門にその右手をかざすし、子供のような声で、

 「我が大いなる伯爵の名の下に命ずる。 汝、我が命に答えよ」
 
 その言葉だけで、扉は自らを封じていた鉄の太い鎖を引き千切り、ゆっくりとではあるが彼女へと閉じていた道を開け渡した。 門番二人も、実力を把握したらしい。 明らかに、格が違う。
 地面を擦りそうな長い金髪を束ねながら、彼女は歩みを更に進める。 城の城門を問答無用で開け放ち、城の中へと進入。 そして、そこで自らを炎で焼き消したかと思うと、次に炎とともに現れたのは、王の玉座の目の前に、兵士達を無視して前触れも無く突然出現した。
 
 「衛兵! 王を守れ!」
 
 近くで待機していた兵士達が、一斉に彼女を取り囲み、包囲する。 だが、顔色一つ変えないで、なにやら怒ったかのような表情を浮かべている。

 「残念だったな、侵入者よ。 我が城に無断で踏み入り、逃げおおせたものは居らん。 衛兵、この女を始末しろ」

 「全員! 撃てー!」

 周囲を包囲した兵士達は、各々の持つ大型マシンガンで彼女を蜂の巣にする。 だが、そんなことをやるべきではなかったのだ。
 銃弾が発射されるとともに、その場に煙が立ち込め、突然の出来事だった。 次々に、銃の発砲音が消えていく。 弾切れでもないのに、銃が詰まる!

 「あのね、私は特に君たちに危害を加えるつもりは無いんだけど……。 国王、私の記述書はどこへやった? 書物庫か、どこだ?」

 煙が消えるとともに、ありえない光景が、王の言葉を奪った。 銃を持った全員が、居ない……! どこへ消した!

 「何の話だ? ワシにはサッパリ……」

 オロオロする他無かった。 何の話をしているのかなど、分からないあったのだから。 だが、心当たりはあった。 この国を統べる際に使われた、“未来の書”。 これが記述書だとすれば、大問題だ。

 「私が人間の時代にキミが徴税で奪って行った分厚い歴史書だよ」

 牛皮の表紙に、不死鳥の紋章が刻まれた未来を記す書物。 それが、“未来の書”。

 「キミは今までアレを自分のもののように扱ってきたようだけど、残念だったね。 物事は常に得ればそれに見合った代価を差し出さねばならない。 特に、私のような悪魔にはなお更だ! さあ、今すぐその書物の在り処を言え。 “未来の書”の在り処を!」

 彼女の瞳には、明らかな殺意と憎悪、憎しみの念が渦巻いている。 子供のような声とはいえ、その威圧は凄まじい。

 「わわわ分かった……、未来の書だな。 書物庫に入って——」

 「……お前も来い。 探すぞ」

 次の瞬間、王の頭に手をかざしたと思うとその場で炎とともに消え、次に現れたのはその城の書物庫。 一体……どうなっている?
 この女の魔術は、常識を外れた理論に基づかぬものばかり……。

 「さあて、どこだった?」

 「13番の禁書の棚。 右から」

 「ああ、ハイハイ見つけた。 ……で、本当に殺されないつもりだったの? 甘いね、私は書物を奪われた後にキミに殺された身だからさ」

 「ま、待て——」

 「“死ねよ”殺されないなんて、本気で信じてたの? そもそも、そんな約束した覚えはないし、君の死は、私をしに追いやって書物を得た代価だと取るといい。 そうすれば、自らの罪に気づく。 不条理な徴収で奪ったものだ、理不尽な力で取り返されるのがしかるべき罰だろう? 悪いが、私は人間を生き返らせることは出来ない」 
 
 その言葉とともに、王はその場で膝を突き、心臓が刻む鼓動が途絶え、ただ、糸の切れた操り人形の如くその場で前のめりに倒れこんだ。 そこから彼女は、更に空間を飛ぶ。

 「残りの王族も、同罪だ。 根絶やしにしないと気が済むわけ……無いだろう。 一度失った私の命を、再び取り戻すことなど出来ないんだよ。 だったら、それに見合う代価を支払うべきでしょ」



Re: 不条理を塗りつぶす理不尽 ( No.3 )
日時: 2011/03/24 21:58
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: MlJjY9/z)

 永遠の命とは、素晴らしく退屈なものだ。 死んでから復讐と自分が人間だった頃の名残を探して世界各地をさまよい、数十年の時が流れた。 そして、数時間前に最後の復讐を終え、自分の目的は大方達成した。 後に、何をすべきだろうか。 
 死んでその後、地獄へ堕ちて、フェネクスにその頭脳と能力を見出され、二代目フェネクスとして過去からこの世へ出て数千年。 私が死んだ年から20年の時が流れた。 今思えば、あのフェネクスは死にたがっていたのだろう、同じ永遠の命を手に入れたからなんとなく分かる。
 
 「船長、最後の仕事、お疲れ様です」

 「いや、まだ最後の仕事は達成しいえてないよ、ヴァム。 フェネクスが大昔に人間へ与えた科学と、私が昔人間に与えた魔力を……回収したら私は存在意義を失って死ぬんだ。 科学の回収は確かに難儀だろうけど、なんとするよ。 人間を滅ぼしてでも、ね」

 長い銀髪を揺らし、甲板からその深く青い瞳で海を眺めながら、フェネクス兼海賊船船長のアリソン・F・セイファート船長は副船長、ヴァム・ノクターンへ言葉を返す。 
 ヴァムの言う仕事とは、先程の王族の抹殺。 
 以下、新聞には大きな見出しで「理不尽な超能力少女、難攻不落の王族を抹殺」。 そしてその下に、死んだ王族13名の死体の写真に、文章が添えられていた。 死体検視官の文章、「人間の仕業ではない」と言うものが、呆れんばかりの大きなゴシック体で載っていた。 どうやら、人間は相当未知の存在に興味があるようだ。
 
 「呆れるな、人間じゃこんなこと出来ないから検視官はそういってるんだろうが、誰もがこれを、人間の能力者の仕業だと思い込んでる。 いくら一般人から見て、レベルⅤが異様なまでの戦闘能力を持ってるからと言って、レベルⅤがうろつく城の中に攻め入っても、討ち死にすることくらい分かるだろうよ」

 船内から出てきた黒髪の少年が、猫のような瞳で周囲を警戒深く見渡すとメインマストをするするとよじ登り、見張りを始めた。 見張りと言っても、この海域には人間が入ってこれる環境は整っていない。 酸素が無ければ、重力は異様に強く、海底からは生物には有害な火山ガスが湧き出し、その所為でこの辺の大気は人間から見れば相当汚染されている。 更に言えば、この上空にあるはずのオゾン層が無く、紫外線はほぼ100%海面へと届き、それとは別にこの海域の海水は、高濃度の放射線を放つ。

 「それに、そもそも人間の貯めておける魔力の量は相当少ない。 それこそ、死んで死者として生きない限り魔力を取り込んで無尽蔵に貯めるなんてことは不可能だ。 能力者の能力も、有害な魔力を放出する際の副産物だしな」

 マストに登った彼は、尻尾をマストに引っ掛けてその場で逆さまになったかと思うと、その尻尾を離し、甲板へと飛び降りた。

 「異常なしっと」

 「ブラッディ、見張りはいいから。 フィ——」

 「フィオの手伝いだって? 冗談じゃない。 何で俺があんな猫女の手伝いなんて」

 「君も猫でしょ」

 「まあな。 あれ、船長、どうした? 髪の毛染めたのか?」

 いつもは確かに、鮮やかな金色の髪だが、今はなぜか銀色に変色している。 だが、特に色がくすんでいると言うわけでもない。

 「力を使い果たしただけだよ、数日で元に戻る」

 「ふーん、詰まんね」

 それだけ言い放つと、ブラッディは船内に戻ろうとしたが、

 「フィオとワイトの手伝い、してきてよ?」

 「へーへー、了解しやしたよ」

 誤魔化して通そうとしたそれを指摘され、ばつが悪そうに船内へと戻っていった。 しばらくして、船内から大きな爆発音が鳴り響いた。

 「また、何かの治療薬の生成に失敗したようですね。 少々臭いますし」

 ヴァムは苦笑いを浮かべ、船内へ続く扉を閉じた。 だが、船内からは緑色の明らかに毒性の強そうな気体がドアの隙間をくぐって漏れ出してきている。
 一体、何があったのだろうか……。






Re: 不条理を塗りつぶす理不尽 ( No.4 )
日時: 2011/03/27 13:49
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: MlJjY9/z)

 場所は一気に変わり、トレマ国。 国立図書館“セインツ”で、禁書の棚に侵入し、悪魔召還の儀式に関する書物を読み漁る奴が一人。 監視カメラの死角を通り、一冊の書物を盗み出した。 盗み出された書物は、“悪魔降臨術”。 その名のとおり、悪魔を召還し、使役する方法が記されている。
 この時代、能力者や魔法使い、超過学者が溢れる中で、悪魔、天使の部類に関する研究所は正に、手にするだけで巨万の富を得られるものだった。 故に、一時期悪魔崇拝者狩りや、教会からの機密文書の盗難が相次いだ。 
 そして、盗難防止のため創られたのがここ、“セインツ”と言うわけだ。 だが、その警備の手薄いことは誰が見てもそう映るに違いない。 なぜならこの図書館の警備の薄さは、盗難が起こっても不思議ではない状況を創るためにある。 もちろん、この図書館で盗難など一度も有った事は無い。
 誰もがそれに、疑問を持つだろう。 しかし、そんな理由など簡単なことだ。 禁書見張りの事務室に居る職員と警備員は、深夜12時かた明け方の5時まで居ない。 そしてそこには、インクの使用量の表記されない程古い印刷機が置いてある。 そう、大体がここで書物を複製していくからだ。 
 実際の目的は、ここの管理者が自分が盗まれたことを分からぬように内部の情報だけを盗み出すため設置した印刷機だったが、警備が強固に鳴らぬように大体の盗人もそれを配慮して印刷機を使っていく。

 「非常に面白くないな。 ……そのための爆弾なのだが」

 人影は、その手に持っていたアタッシュケースらしきものを床に落とすと、開け放されていた窓から外の陽だまりへと消えていった。 跡に残されたアタッシュケースには、はっきりと液晶画面に爆発時刻が記されている。 時間とともに、その数字は減っていく。
 そしてこの爆弾、ジェルボム・ダイナマイトDxとどこかで聞いたことのありそうな名称なのだが、この漫画などでありそうな名称とは裏腹に、その威力は恐ろしい。
 ある国家の戦争時の実験記録では、質量100グラムのこの爆弾の爆発で、鉄筋コンクリートでできた都市が一つ吹き飛んだと言うのだ。 そしてこのケースの中には、その約十倍。 質量1キログラム以上もの爆弾が詰められている。 爆発すれば、如何に頑丈な作りの建物でも吹き飛ぶことは疑いようが無い。 

 「悪魔は、私の手の内に……」



Re: 不条理を塗りつぶす理不尽 ( No.5 )
日時: 2011/03/27 20:36
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: MlJjY9/z)

 「ヒッデーことがあるもんだな、世も末だ」

 数日前、国立図書館“セインツ”の禁書保管を担っていた棚から巨大な爆発が発生し、その町の有った周囲一帯が荒野へと変わった。 新聞の内容によれば、恐らくジェルボムと呼ばれる半ゲル状の、爆発すると瞬時に気体化し、数兆倍にもその堆積を増やす特殊な爆弾が使われたと言う。 その爆弾は、爆炎のない代わりに酸素が大量発生し、その爆風が周囲の物と言う物を吹き飛ばす言うなれば環境に優しい爆弾である。
 故に、図書館のエアコンの消費電力に怒った自然愛護団体の仕業ではないかと言う憶測が載せられているが、それも当てにはならない。 何しろ禁書の棚。 国家の有り方に疑問を感じた能力者の犯行である可能性も否定はできないし、場合によっては書物の返還を求めた過激宗教のやったことかもしれない。
 まあ、その図書館から数百キロ離れた海辺でターゲットの帰還をターゲットの家で待っている殺し屋の俺が言うのもなんだが、関係ない奴を巻き込むとは、酷い奴だ。

 「にしても……遅いな。 予定ではフライトって手帳に載ってたけど……セスナがまだ倉庫にある。 フライトじゃないとすると、一体なんだろうな……?」

 ターゲットを殺すために持ってきた日本刀の刃を鞘から覗かせ、カチャンッという音を鳴らし、椅子に座ってウトウトとしていた時だった。  

 「今回は上手くいきましたな」

 「ええ、全くですよ。 貴方の——が無ければ私はあの——を手に入れることはできなかった」
 
 外から声がする! 足音が——近づいてくる。 そして……ドアノブに手を掛ける音。 今殺るか? いや、相手の会話からして二人以上居る。
 更に言えば、片方はターゲットでもう片方はボディーガードである可能性が非常に高い。 ドア越しに心臓を突くのは危険だ。 ターゲットを殺せたとしても、俺は賞金がかかっている。 ボディーガードの攻撃が武器を手元に戻す俺に当たる方が早い。
 扉が——開いた!

 「恨みはねえ、けど……死ね!」

 一閃。 刀の太刀筋が斬り付けられた相手の鮮血でハッキリと浮き上る! さあ、第二波だ、……!

 「まさか、ここの場所が割れてしまっていたとは……。 黒髪に黒ずくめのその姿。 刀と言うどこだかの島国の剣を持っている所から見て……ジン・パラドックスか」

 消えた! いや、後ろだ! コイツ……どれだけ早いんだよ!

 「だがしかし、君が死ねばこの場所を知るものはわたくし一人だけ。 何ら問題は無い」

 後ろから、相手の短剣の刃が迫り来る! だが——! 対応は可能だ。 初太刀と同時にバランスが崩れた胴体のバランスをわざと後ろへ崩し——斬り倒す!

 「生憎……、俺は強い」

 「クッ!」

 右腕に刃が入った! これで動きが鈍る……また消えた! コイツの能力……瞬間移動か! まずいな、能力者相手だったら能力が無いと、対抗するのは相当きつい。

 「瞬間移動か……!」

 「ああ、そうだ。 私の能力は見えている範囲、知っている場所への瞬間移動。 何かの映画であったでしょう? アレとできることは殆ど同じ事ですよ」

 相手は、ターゲットの太ったおっさんの死体から、黒い革表紙に骸の焼印が押された分厚い書物を手に取り、

 「さようなら、私と君は二度と会うことはないでしょう」

 能力を……発動する気か! させるかよ!

 「いんや、逃さねえ」

 能力発動……! ナイトメア!

 「貴様ッ!」

 「能力発動なんてこと、出来ねえだろ。 逃げたきゃ逃げろ」

 俺の能力、ナイトメアは激しい頭痛と精神の乱れをひき起こし、相手の能力と行動を封じる! さあ、逃げられるものなら逃げればいい。 俺は追わないからな。 ま、

 「逃げられねえだろうけど」

 相手は頭を抱え、その場で跪き、手に持っていた本を取り落とした。 落とした本は、風に吹かれて数ページ捲られたと思うと、“フェネクス”のページで止まった。 何やら召還の陣が記されている。 そして、その下には“生贄を捧げよ”の走り書きだけ。 もっと何か書かれているかと思ったが、それ以外には何も描かれていない。

 「何だ、コレ? まさか、数日前の爆破って、お前等の仕業か。 いや〜ハッハ、恐れ入ったよ」

 笑いながら、跪く相手の横を通り、その本を手にして、まじまじと中を眺める。 すると、突然の出来事だった。 “フェネクス”のページから炎が噴出し、見る見るうちに、激しい光とともにその書物の陣から真っ赤に燃え盛る翼を持った不死鳥が姿を現したのだ。 コレには、余りに驚きすぎたらしく、相手に掛けていたナイトメアが解けてしまったらしい。 頭に片手を当てたまま、立ち上がってしまった。
 だが、本当の悪夢はここからだった。
 召還されたフェネクスは不機嫌小児周囲を見渡すと、突然美しい音色で唄い始めたのだ。
 その歌声は、聞く者を魅了する魔術の一種。 そして、その歌声に打ち勝ってこそ、フェネクスの加護を得られるのだ。 だが、その歌声の魔力は協力だ。 意識がぼんやりと、形の無いものに成っていく! マズイ!

 「……ナイトメア。 俺に……悪夢を!」

 最終手段だ。 相手の歌が心を魅了するのであれば、それを破壊する悪夢でその夢から覚めればいい。 今の現状はプラスマイナスゼロ、相手の歌が終わるとともにナイトメアの発動を止めれば俺も特にダメージを受けることは無い。

 「唄うのを、止めろ」

 その一言で、不死鳥は唄うのを止め、大人しくその場で待機した。 次は、何を言う? とでも言わんばかりに俺を観察している。

 「喋れるか?」

 その言葉に再び反応し、目の前で炎と共にその姿が崩れたかと思うとそこには片手に黒い刃の紅い剣を持ち、紅のコートに身を包んだ同年代であろう踵まである長い金髪の少女が機嫌が悪そうに立っていた。 そして、次の瞬間、血走ったような紅い瞳で威圧する! 姿に似合わず、存在感とそのプレッシャーは凄まじい。 

 「キミは、何を望む? 私は人間に科学を与え、魔法まで与えた。 次は、永遠の命とでも言うの? それとも、この星の支配者になりたいとか言うんじゃ無いだろうね? だったらアモンを召還してよ」

 「いや、何か間違って召還したらしい」

 一瞬の静粛が小屋の中を支配した。 今まで誰も、間違って召還したなどと言う事がなかったのだろう。 それに、ジンは気づいていないが召還には召還者の持つ魔力の大半が使用される。 だが、それだけの魔力をつかってなお能力を発動するこの男の能力も大したものだ。
 そうだ、この男を利用すればいい。

 「……ハイ? 間違って召還した……。 よくもまあ、そんなたやすく召還してくれたよね。 私は忙しいっていうのにさ。 まあいいや、取り合えずそうだな……生贄とか本には書かれてるけどそれは要らないとして。 じゃあ……お供え物持ってきてよ。 私の今の気分では、ガトーショコラとミルクティーがほしいな」

Re: 不条理を塗りつぶす理不尽 ( No.6 )
日時: 2011/04/06 14:38
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: MlJjY9/z)

 「ガトーショコラにミルクティー? 本当にお前、不死鳥か? いや、そもそも不死鳥って悪魔か?」

 「悪魔だよ。 列記としたソロモン72柱の序列第37番目。 20の悪霊軍を指揮する大いなる伯爵だよ。 まあ確かに、聖なる鳥とかって崇められることもあるけど、それは私の不老不死に関連した所から来てるんじゃないかな? で、ミルクティーまだ?」

 「ハイハイ、インスタントでいいか?」

 「どんなのでも」

 何故だろう。 今何故俺は、ターゲットを殺し終えて仕事が終わったと言うのに、そのターゲットの隠れ家でミルクティーなる自分も今まで飲んだことの無いような飲み物を造っているのだろう? あれ、そういえばさっきまで居たボディーガードの男が居ないな、逃げたのか?
 逃げられたのだとすれば非常に厄介だが、まあ、こっちには悪魔の書物がある。 利害はプラスマイナスゼロと言った所だろう。

 「キミ、名前は?」

 「ジン・パラドックス。 で、フェネクス……」

 「何? 私の名前は……そうだな」

 彼女は小屋の中を見回すと、壁に掛けてあった12月で止まったカレンダーの日付を眺め、

 「そうだね、カトレア……とでも名乗っておこう。 キミとは長い付き合いになりそうだからね」

 今しがた思いついたかのように名乗った。 明らかに、本名ではない。 まあ確かに、俺も本名を出したわけではないが……。

 「で、その不死鳥様が何故ガトーショコラと……」

 戸棚を探って出てきたガトーショコラをカトレアに投げ渡し、

 「ミルクティーが飲みたいと言ってくるんだ? 普通は——」

 「生き血とでも言うと思ったの? そんな気持ち悪い。 私は確かに悪魔の中の一人だけど、悪魔というにはまた変わり者でね。 悪魔の癖に、人間の繁栄を願った時期もあったし、人間の努力に応じて科学や魔術を与えた。 だから私を聖なる存在だと崇めたてる奴等も居れば、ほら、今みたいに私を殺そうとして必死になるやつらも——居るんだよ」

 カトレアの言葉が終わるとほぼ同時に、小屋の扉が勢いよく開け放たれ、その向こうには大型のマシンガンを両手に強面の大柄な黒スーツを着た
グラサン二人と、さっきまでここに居た能力者がそのマシンガンの銃口をカトレアへと向けていた。

 「へえ、今度は科学の力で俺を排除しようってか? 無駄だぞ、俺の能力は無機物にも効果が——」

 「今回の狙いは貴様ではない。 その女だ、これを見るが良い」

 二人の男を従える瞬間移動能力者が片手に持って突きつけてきたのは、今日の夕刊。 その見出しには大きな写真と、数週間前の国家の暗殺事件のことが報道されていた。 そして、その写真に写っているのは……カトレア?

 「へえ、やっとあの頭の固い国の連中が写真を出したんだ。 もう2週間くらい前だよ? で、私には懸賞金が掛けられている……ってところかな? いくら懸かってるの?」

 「賞金90億$だ」

 「やったね、これで歴代トップ更新だよ。 海賊やっててそれと合わせた賞金総額は1200億$か、悪くない。 でもな〜……海賊の方の賞金まだ残ってるかな? 賞金額が上乗せされて行ってたのは20年位前の話し出し、ここ数十年は姿現しても居ないし、記録消されちゃったかも……」

 相手を無視して、カトレアは勝手に一人で盛り上がっている。 だが、その内容は相当極端な話だ。

 「賞金総額1200億って……マジか? こんなちっさい女が……。 俺ですらまだ2億にもなる前だぞ?」

 「小さくて悪かったね、私の賞金は百年以上にわたって積み上げられてきたものだから多いのだ! 良いだろ!」

 いや、別に言いも悪いも、悪いだろ——。 それだけ多くの賞金稼ぎに狙われるってことだし。

 「で、何だっけ? そこの——ヴィクター君。 私を捕まえようたって、総簡単には捕まってあげないよ? 死ぬ覚悟が……無いとねえ」

 そんな物騒な言葉と、殺気が篭った言葉の割に、その行動は椅子に座ってミルクティーを飲み干すと言う何一つ警戒の無い動きを敵の目の前でして見せた。 明らかな、挑発……。

 「そうだな、キミの実力の程に応じて、私は捕まってあげよう。 だけど、生半可な能力じゃ私に殺されちゃうよ? “無価値”な挑戦はやめておくことをお勧めする」

 片手に持っていた剣を慣れた手つきでクルクルと回転させ、飲み干したミルクティーの入っていたカップの底に残っていた溶け残りの角砂糖をマシンガン目掛けてカップごと投げつける!
 そして、その砂糖の当たったマシンガンは、何か強い酸に溶かされたかのように変形し、銃口が塞がった。

 「……愚問ですね。 私は賞金稼ぎで、ボディーガード。 主が死んで、金が入らなくなった今、目の前の犯罪者は魅力的な宝石にも引けを取らぬ宝に見えますよ?」

 「へえ、言うね」

 言葉が終わるとほぼ同時。 カトレアは剣を片手にヴィクターへと飛び掛り、目にも止まらぬ速さで既に負傷していた右腕を切り落とした。 それと同時に、ヴィクターはその場から姿をくらまし、逃げる!
 
 「うん、予想通り。 小屋の裏へ回るよ、あいつの能力じゃそんな遠くまでは逃げられない」

 カトレアはなれた様子でウサギを狩るかのごとく小屋の裏へ回ると、そこには予想通り。 大きな滑走路から一機のセスナが飛び立とうとしていた。 楽しそうな表情を浮かべながら、その進路を阻むように、カトレアは滑走路の真ん中を堂々と塞ぎ、その剣を構える。 セスナ機が迫り来る。 100、80、50、20メートル——……一閃。 剣の一振りが、セスナ機を無数の金属片へと変える! だが、良く見るとその飛行機には誰も乗っていない……!

 「不規則なナイトブレイクに当たる前に魔力媒体を使っての高飛びか、……やるね。 全然斬ったっていう手ごたえ無かったし、反応が早いな」

 逃げられたのに、楽しそうな表情のままカトレアはさっき投げ渡したガトーショコラをほおばった。 悔しく……無いのか?


Re: 不条理を塗りつぶす理不尽 ( No.7 )
日時: 2011/03/31 11:51
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: MlJjY9/z)

 「船長急に消えちゃったし、退屈ぅ〜」

とある船の上で、詰まらなさそうに一人の少年がつぶやいた。 それとほぼ同時。

 「ハックシュ!」

 カトレアは大きなクシャミと共に、今乗っているバイクの後ろから落ちそうになった。
 今、ジンは自分の事務所へと向かっている。 理由は簡単、あそこに居てはまた瞬間移動ヤローが来るからだ。 こちらも事務所は一箇所じゃない、数箇所。 それこそ、奴のような自分しか知らない所だってある。 まずはそこで息を潜め、カトレアから情報を聞き出すことが先決だろう。 

 「まだ着かないの?」
  
 「仕方ねえだろ、バイクのスピードはこれが限度だ。 100km以上出せばそれの所為で警察に目を付けられる」

 「へー、人間って硬ッ苦しい変な決まりがあるんだね。 私には到底理解できそうに無いよ」

 それとほぼ同時刻。 逃げ延びたヴィクターは主への報告に向かっていた。 飛行機内での媒体の使用による高飛びの所為で魔力も、体力も相当消費され、いまや立っていることがやっとの状態……。
 これだから、レベルⅢのスペックは低くて困る。 魔力の内容量も、何よりエネルギー変換効率が悪すぎる。 何だか、情けないな。 腕を切り落とされ、このざまだ。 何年ぶりだ? 仕事でこんな馬鹿やったのは。
 最早、自分のことを冷笑するしかないこの状態で、やっと……迎えが来た。 黒いバンに乗った大柄の黒スーツを着た男達……。 

 「ヴィクター様、お迎えに上がりました。 立てますか?」

 「ああ、問題ない。 急いでボスの元へ行け、重要な報告がある」

 ヴィクターの乗ったバンは、文句を言うカトレアとそれに呆れながら返すジンの横を優々と通り過ぎ、本社へと向かう。

 「何だか、人間界は楽しそうなことになってるね……」

 カトレアはポツリとつぶやき、

 「ねえ、ジン。 キミは一体何者かな? 私としては、自己紹介をお願いしたいんだけど」

 ぶっちゃけた話、殺し屋は自らの素性を明かすことを嫌う。 家族や、恋人、友人がいてそこに飛び火すると言うのもあるが、ジンにはそんな家庭など無く、友人も無く、孤児院での育ち。 そして、国家に拾われた身だ。 だが、今やっている行動は国家への反逆……。

 「俺が何者かって? 通称、悪魔だよ。 お前等とは違う……人間の言う悪魔だ。 俺は、通称ジン。 酒が好きなわけじゃねえケド、師匠が俺につけた名前だし、俺も俺で気に入ってる。 多分、師匠が酒好きだったからそういう名前だったんだろ。 だけど、酒飲んで酔ってても強かった」

 「師匠?」

 「ああ、ジャックって言う俗に言う奇人変人に入る無類の酒好きで、いつも酒ばっかし、飲んでたな」

 「じゃあ、一番強いのはアルコール度数90超えてたでしょ? 多分、98%」

 「……」

 何で……知ってる? 何で……言い当てられる? 何で……そこまで正確に……?

 「何で……分かる?」

 「だってさ、私と面識があるし。 ジャックって名前は多いだろうケド、そんな馬鹿みたいなアルコール度数の酒飲むジャックなんてこの世に二人と居ないだろうし、それに……私が……間接的とはいえ彼を殺したんだから」

 殺し……た……? 嘘だ、何で、じゃあ、……この女は敵? 

 「どういう……事だ?

 ジンの人とは思えないプレッシャーがカトレアに襲い掛かる。 だが、カトレアは特に何も感じた様子も無く、

 「私の所のミゲルって龍が、彼を殺したんだよ」


 「ハックシ! う〜……風邪引いたかな?」

 船の上で、紅い髪の少年が大きなクシャミをした。 特に風邪を引いたわけではないし、何だろう? あ、そうか。 

 「誰か噂してるね……」
 
 「恐らく違いますよミゲル、あの煙の所為です」

 船内から未だに立ち上る緑色の煙を刺し、副船長が少年に最もな意見を述べた。
 それとは打って変わり、ジンは明らかなその眼に殺意を滲ませている。

 「龍が……殺した? 有り得ない、師匠の強さならよく知ってる。 たった一人で大陸の半分を消し飛ばした。 人類史上最も凶悪にして最も危険な犯罪者とされているのにか?」

 「いや、私の方が、私の部下の方が強い。 だって、彼は私の遊び道具のトランプの力を使っていただけだから。 彼の力は、スペードのジャックにエース、それからチェスのルークも取り込んでいたかな? 採取的には3種類の力を取り込み、それを摘出したから、死んじゃった。 あれは、一度体内に入ると心臓と同じくらい重要な生命の要となる」

 一体何の話をしている? まさか、あの力の源か?

 「トランプか、納得がいった。 だからコードネームがエースだったのか。 認めたくは無いが、お前と俺の師匠とは関係があったらしい。 それの所為で死んだとは」

 「いや、まだ私の知っていることは——」

 「いや、もういい。 事務所についた。 話はまた後でもできる、俺は……眠い」

 気がつけば、バイクで走っているうちにあたりはすっかり暗くなり、周囲の店のネオンが鬱陶しいくらい眩しく光を放っていた。 3階建ての小さなビルの鍵をジンはポケットを探り、3回ほど間違えて鍵を指し、中へと入っていった。 

 「お前も来いよ、外はあんましいい店が無い。 勝手に戸棚の中の菓子喰ってていいからよ」

 そして、カトレアを中へ入るように促し、自分はすぐにソファーに寝そべって10秒もしないうちに寝息を立て始めた。 相当、疲れが溜まっていたらしい。