複雑・ファジー小説
- Re: 100万回生きたひと ( No.4 )
- 日時: 2011/04/16 04:06
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: L7bcLqD7)
洋館の中に、きれいなピアノの音色が響いている。
この村の住人なら誰だって知っている、天才ピアニストヨハンの屋敷からだ。
ヨハンの奏でる旋律はとても素晴らしいもので、一度この国の皇帝陛下が催した演奏会に招待され、しかもそこで絶賛された事さえある。
それほどヨハンの音楽に対する愛は純粋なもので、またとどまる事を知らない。
ヨハンは結婚はまだだったが、本人にとっては妻を娶る必要なんて全く感じられなかった。
ヨハンにとっては、ピアノの鍵盤と戯れて思うがままに旋律を紡ぐ瞬間こそが至福であり、最高であり、全てだった。
ある日村の教会の前に捨てられていたヨハンは、孤児院の役目も担っていたそこで育った。
外で遊ぶよりも勉強をするよりも楽器を演奏する事がいっとう好きで、中でもピアノに関しては一日中、貧血で倒れて気を失ってしまうまで弾いていたことがあるくらいである。
日曜になると、村の住民たちが教会で祈りを捧げる。これはこの辺りの伝統でもあったが、次第に大人も子供も祈りの後のヨハンの演奏が楽しみになった。
踊る旋律、風に流れるメロディー。それは誰彼構わず安らぐような不思議な音色だった。
村の誰もがヨハンが希代のピアニストになるだろうと確信し、またヨハン本人もそれを信じて疑わなかった。
以後ひたむきに音楽を極めた彼は、素晴らしいピアニストになった。
メゾピアノ、クレシェンド、メゾフォルテ、クレシェンド、フォルテ、メゾピアノ、フォルティシモ。
繊細で大胆、革新的な旋律。ヨハンの躍る指の動きに合わせて、グランドピアノの上を音達が歓喜の舞を披露する。まるで舞踏会のよう。
彼の五線譜は誰の心だって揺るがす。今ヨハンが作成しているのは、いつものことながら新しい五線譜。
ヨハンにとって、音楽とはまるで親友であり、恋人であり、親であり、子であり、かけがえのないものだった。
彼の描く旋律はいずれも希望に満ちていて、聴かせるものに希望を与える。それは彼自身に対してもそうだった。
ヨハンは、これからもずっと自分は音楽と共にあるのだと信じて疑わない。