複雑・ファジー小説
- Re: キーセンテンス ( No.13 )
- 日時: 2011/07/25 23:19
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
俺は親父が嫌いだ。この世で一番、大嫌いだ。
例え俺がこの先、結婚して子供を作り、家庭を築いたとしても、あんな親父になるなんてまっさらごめんだ。
あんな、家族を見捨てた奴みたいに、なりたくはなかった。
中学の時、道徳か総合か何かの授業で「将来自分像」というものがあった。それは、将来自分がどんな大人になって、どんな父親母親となっていきたいか。または将来の夢を語り、それを録音して学校に残すいわゆるタイムカプセルのようなものだ。
俺は当時、それを父親のことを題材にしてぶちまけた。
「俺は、家族に黙って借金を作り、自分のやらかしたことを自分で解決せず、家族にまで迷惑をかける。そんな父親には絶対なりたくない」
そんな感じのことを書いて、タイムカプセルとして録音したと思う。
この録音されたものに対して先生はそれでいいのかと聞いた。これは将来見るものだから、きっと後悔すると思うだろう。そう言ったんだ。
だけど、俺は後悔なんてする気などさらさらなかった。逆にスッキリした気分になった。これで、将来の自分にも父親のやらかした重大な罪を、憎しみを引き継ぐことが出来る。
忘れてはならない気がした。俺は、それほどにまで父親を憎み、そして、嫌っていた。
あの後、俺は学校に行き、何とか間に合って出席を受けた後、そのまま怠惰に思える授業を何回か聞き流した。
朝に親父にあったことで、苛立ちが募り、俺は終始不機嫌な顔をしていたんだろう。誰も俺に話しかけてくる奴は——
「飯だ。行くぞ」
五十嵐のみ、俺に話しかけてきた。とはいっても、こいつなりに配慮して不機嫌なことを察知したんだろう。話しかけてきたのは今日、これが初めてのことだ。
「あぁ、行くか」
俺はそんな下手な配慮をする五十嵐には到底不機嫌な顔をするなんてことはなく、俺も下手な微笑を浮かべて椅子から立ち上がった。
教室を出て、いつも通り屋上に行くのかと思いきや、普通に食堂で飯を食おうと五十嵐が言い出した。
ガヤガヤした場所が嫌いな俺にとって食堂で食うのはあまりに気が引ける。出来れば買って別の場所にしたい旨を五十嵐に伝えると、一言「分かった」と言って、それを了承してくれた。
「相変わらず人が混んでるな……」
毎度のことながら見るのも呆れてきたぐらいに食堂は混んでいた。いつもの通り、パンの一個か二個かを争って取り合っている姿を見てアホだなぁと傍からそう思う。
「司。お前は何がいい?」
「何がいいって……」
唐突に五十嵐から聞かれた質問に、俺は少し戸惑いながらも遠目にメニューを見た。
持ち運びが出来そうなものといえば、やはりパンだろう。人気のパンなんかはもっと早くに来ないと当の昔に売り切れるそうだ。多分、あの人混みの多さからしても既に売り切れているだろう。
だとしたら……
「適当に。余り物でいいよ。パンなら何でも食える」
そう伝え、五十嵐は何も言わずに人混みの中へと入って行った。よく入って行くものだと、俺は思いながらも、五十嵐は見た目的にもあんなところには行きたくない感じがしているのに、と俺は五十嵐が入っていった人混みを見つめていた。
あまり時間が経たない内に、五十嵐はひょっこりと人混みの中から出てきた。手にはいくつかパンを持っている。
ゆっくりと俺のいる方向へと近づいて行き、焼きそばパンに、あんパン、更には珍しくコロッケパンという売れ残っていても全然おかしくない代物が手に持っていた。
五十嵐は無言で俺にコロッケパンと焼きそばパンとあんパンを渡してきた。
「えーと……全部でいくらぐらいした?」
「別に」
五十嵐はすたすたと俺の横を歩き、屋上へと向かおうとする。お代を払うために財布を開けていた俺だが、まるで俺の財布の中から空っぽなことを見透かされており、だからお代なんていらないことを意味するかのような振る舞いに俺はついついため息を漏らし、五十嵐の後をついて行った。
「なぁ、必ず払うからな」
「……いつでもいい」
五十嵐は俺に一度も視線を向けることはなく、歩みを止めることはなかった。
「おっそいっ!」
「お前そればっかだな……」
屋上で仁王立ちをして待っていた涙の姿を見るや否や、遅い宣告を受けた俺と五十嵐。
五十嵐を見ずに俺を見て怒るってどういうことだ。五十嵐も同時刻に俺と来ただろうが。
「あ、あのっ! 暮凪君!」
「ん……あぁ、雪ノ木か」
雪ノ木は相変わらず何故か緊張したような声で俺に話しかけてきて、紅潮した顔で「どうぞっ!」と、何かを差し出してきた。
見るからに真四角で……これはもしかすると。
「これ……弁当?」
「は、はひっ! ……は、はいっ! つ、作ってきたんです!」
昨日に引き続いて今日も噛んだことを確認して、俺は次に弁当に注目した。
作ってきた、ということは……手作りか? それも、俺に?
嬉しさというよりも、少しの残念さがあった。それは何故か、だなんてあまりにも無粋だろう。
それは、五十嵐のパンが今日はある。雪ノ木のことだから、今日も食べる物の無い俺に慈悲の心が芽生え、作ってきてくれたのだろう。その心に感謝を盛大にしたいとは思うのだが……この弁当の分厚さ、異常だ。
「これ、全部俺の?」
「そ、そうですっ! えっと……足りません、でしたか……?」
不安そうな顔を浮かべ、上目遣いで雪ノ木は俺を見る。その仕草やら表情やらがやたらと可愛く見え、俺は凄い勢いで手を横に振ることとなった。
「いや、そういうわけじゃなくてさっ。足りるんだけど……あまりに量が多すぎるのと——」
「あぁっ、多かったんですか……。すみませんっ、いつも食べていなかったので、一学期分お腹減ってると思って……」
泣きそうな顔で訴える雪ノ木だが、一学期分もって、俺どんだけひもじい生活を送っていると思われているんだか分からない言動だった。
「い、いやっ! 食べ切れるから大丈夫だっ! あまりお腹膨れすぎると動きにくいってだけだから、うんっ!」
とはいっても断ることも出来ず、俺は弁当を受け取ることにしたが——これとは別に、もう一つ絶対に食わなければならないものがあった。
それは勿論、五十嵐が奢ってくれた三種の神食(焼きそばパン、あんパン、コロッケパン)だ。
この弁当に加え、このパンの数々はあまりに多すぎる。というか、弁当だけでも食いきれるか果てしなく分からない。
俺は戸惑い、弁当の陰にパンを隠し持つような形で固まっていると
「ねぇ、司。これ、私も食べていい? 今日昼飯買ってくる時間なくてさー」
珍しいことにゲームをやっていない北條が俺の持っている弁当を見ながら言ってきた。
これはとてつもない助け舟だと、俺はその言葉に甘えることにした。
「あぁっ! 是非とも食べてくれ! ……じゃなくて、少しだけだからなっ! 俺の弁当だからっ」
是非とも、なんて言ったら雪ノ木がまた泣いてしまうかもしれない。せっかく俺のためにと作ってきてくれているのだ。そこの辺りは配慮しなければならないと思ったための言動だった。
こっそりと雪ノ木の様子を伺うと、先ほどの涙は既に乾いており、鼻水を啜りながら俺に渡した弁当の10分の1ぐらいじゃないかと思うぐらいの小さな弁当箱を手に、ご飯食べていた。
「つべこべ言わずに、せっかく若葉が作ってきたんだから食べてあげなさいよっ!」
涙が俺の腰らへんを器用に回し蹴りをし、俺は痛みと共に座り込む形となった。本当、涙だけは一回懲らしめないといけないな。
「その、ありがとな。朝、これだけ作るの大変だったろ?」
「〜〜! む、むにゅう! むむ!」
雪ノ木はもごもごと口に食べ物を含んだ状態で喋ろうとするため、声がぐぐもって全然分からない。必死で訴えようとするその健気な姿にやはり笑みを浮かべてしまう。
北條が横から飲み物を差し出し、それを勢いよく飲んで「ぷはぁ……」と声を出すと、忙しなく頬を赤らめて言葉を吐き出すようにして口を開いた。
「い、いえっ! 全然大丈夫です!」
「そ、そうか……」
その何ともいえない迫力に、俺は少し圧倒されていた。五十嵐は俺たちの姿を見て眼鏡を指で上に押し上げ、買ってきたパンを頬張っていた。
その後、俺が昼飯を終わる頃には俺の腹は異常にまで膨れ上がり、もう食べ物を見たくないような状態で午後の授業をクリアしていくこととなった。