複雑・ファジー小説

Re: キーセンテンス ( No.2 )
日時: 2011/12/20 21:28
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: FMKR4.uV)

俺の名前は、暮凪 司(くれなぎ つかさ)。何ら変わりのない、普通の男子高校生。
毎日、繰り返される日常は、なかなかして退屈だ。
ふと気付くと、そこは普通の日常で、その中に混じって流されて生きている。
実際のところ、生きている理由なんて、ないのかもしれない。そんなことを思いながらも、今日も朝の日差しを受ける。

「……はぁ」

ため息が思わず漏れてしまう。これも仕方ないことなのかもしれない。
グチャグチャに散らかった部屋と、ベッドの上で少し開いたカーテンから零れ出る日差しに目を細める俺の姿。
唯一綺麗なのは全然使っていない自身の机のみ。綺麗といっても何も置いていないのだから当然だ。

「着替えるか……」

ポツリと呟いた俺は、ゆっくりとベッドから抜け出し、傍に投げ捨てるようにしてあったブレザーを手に取る。
このブレザーを着るのも何回目だろう? 何度も着すぎて見飽きたぐらいだ。
最初は変わる生活にワクワクしたものだが、今ではどうだ。全く変わり映えのない生活に飽き飽きしている。
ブレザーを着るのは……もう二年目か。中学では学ランだったため、ブレザーがもの珍しく思えたものだが、今となってはただの制服だ。
ネクタイを締め、ブレザーを羽織り、ブレザーとセットになっているズボンを履いた俺は散らかっている部屋の中から一つのカバンを取る。
中身は何も無く、ペッタンコにカバンは潰れている。それを手に取った俺は散らかった部屋のドアを開けた。

築何年になるだろうか。引っ越してきた、というのは記憶に残っている。この町は、俺にとっては生まれ故郷ではない。
だが、もうそんなことすらも忘れた。いちいち気にすることでもないからだ。
時刻は6:00頃。俺にとってはかなり早い方。しかし、毎回この時間に目覚まし時計をかけるわけでもなく目覚めるのだからどうしようもない。
いや、目覚めるように体が反応する。それは日常茶飯事と化してしまっているからだ。

「よし……まだ帰ってきてないな」

親父が帰ってきていないのかを確認してから、というのも日常茶飯事になってしまっている。
そう、親父と鉢合わせになりたくないから。それがこの早起きの理由でもある。それほど、拒絶反応がひどい。
あの親父はクソだ。俺にとっては、汚点でしかない。顔も見たくも無い。あいつは——俺から何もかも奪っていった。
同居するのも嫌なぐらいだが、今の俺にとっては何もかもが無力なことだ。仕方ない、と呟いては俺は散らかった部屋で夜を明かす。
それが、俺のつまらない家庭日常。本当に、つまらない。

リビングへと降りた俺は、すぐさま冷蔵庫を開けた。中から卵を一つ取り出し、食パンをレンジに入れる。
卵一つで目玉焼きを作る。作り終わったのとほぼ同時にパンが焼けたことを知らせた。
パンの上に目玉焼きを乗せる。毎日食べている朝食でもある。たまに抜く時もあるが。
食べている最中に、ふとカレンダーが目にうつる。
それは3月のカレンダーで、現在は4月。破ってないことに気付き、暇なのでビリビリと音をたてて破る。
4月、という文字が見えたところで俺は手を止めた。

「4月……か」

そう、4月。春だ。
今頃満開の桜が咲き、皆は花見だ何だと言って楽しんでいるだろう。でも、俺は——
俺は、桜が嫌いだ。綺麗に咲いて、散ってしまう。どうせなら、ずっと咲いていればいいのに。そんなことを思う。

「嫌な、月日だな」

俺はカレンダーを見て、悲しげにそう呟いた。




この町は、のどかで優しい感じがする。
以前に住んでいた町がどんなものだったかなど、とっくに忘れてしまったけど。
この町は、悪くないと思う。自然がまあまあ豊かで、空気も悪くないし、少し外れには商店街などがあって少し都会のようになっている。
住む場所としてはいいと思う。田舎の部類だとは思うけど。
それでもだんだんとこの町も変わっていくのだと思うと、正直信じられない。
そう言ったとしても、何も俺自身も変わらないと思うが。環境が変わるだけだ。それで人は、変われない。

「はぁ……」

またため息をついた。外に出たら毎回ため息が出てしまう。まだ6:00だというせいか、人が全然いない。
太陽も昇りきっておらず、薄暗い感じの雰囲気が丁度俺の心と共鳴しているようでなんとなく心地いい。
ペッタンコに潰れたかばんを片手で持ち、俺はある場所に向かって歩き出した。

今から学校に向かったとしても、誰もいないだろう。部活動をやっている連中も、こんなに早くは来ない。
俺はこの時間帯になると必ず行く場所があった。
それは——ある丘の上にあった。
その丘には、一つの大きな木がある。その木は、桜の木。満開に咲く桜の木のある場所へと、俺はバカの一つ覚えのようにして行く。
桜が嫌いだと言った。たまに、この大きな桜の木を切り倒してやりたいと思うことがある。
理由は、よくは分からない。ただ、そう思うことがあるというだけだ。実行なんて、しようとは思わないのだが。

「……」

黙って俺は、この木をずっと眺めていた。たまに優しくなびく風に揺られて、桜が舞い散る。その桜が舞い散る様を、俺はずっと見ていた。
綺麗、だなんて言葉で飾りたくない。俺にとっては——そう、悲しみの象徴でしかないのだから。

「あの……」

何か声が聞こえたような気がする、というわけでもなく、俺は単に気付かずにそのままボーっとその場で落ちていく桜を見ていた。

「あの……!」

二回目で、やっと俺は声に気付いた。
誰もいないはずのこの丘の上で、何か声が聞こえた。
辺りを見渡してみる。すると、声の主は後ろにいたということに気付かされた。

「えいっ!」

——突き飛ばされたことによって。

「うぉっ!」

しかし、力が弱いためか足の位置が少しずれる程度で、特に問題は無かった。
一体何なんだ、と俺は押された方へと向き直る。すると、そこに立っていたのは——

「桜、好きなんですか?」

綺麗な栗色をした髪に、長いセミロング。左右に二つに編まれた髪が何とも可愛らしい。
顔はとても小顔で、どこかあどけなさが取れない童顔な顔立ちだった。
綺麗に両手を膝元に置き、礼儀正しい様はどこかのお姫様か何かかと思った。

「いや……」

俺は返答に困った。確かに桜を見ていたが、好きかと言われても困る。答えはもちろん、嫌いなのだが。

「嫌い、なんですか……?」

少し表情を歪ませて、少女は俺を見つめてくる。その顔がやたら反則的で、嫌いだ、何て言葉など言うに言えない。
頭をボリボリと掻いて、俺は適当に返答することにした。

「普通」
「普通、ですか?」

不思議そうな顔をして、少女は俺を見つめてくる。

「あぁ、普通だ。好きでもないし、嫌いでもねぇよ」

どちらかというと嫌いだ、ということにしておこう。普通という言葉がこういう時に一番役に立つ。

「そう、ですか……」

何故かしょんぼりとした顔をする少女。女の考えることはよく分からないな。何て返答すりゃよかったんだ。
俺はまたため息を吐く。そして嘘でも言ってしまった。

「桜、好きだよ」
「好き……好き! そうですかっ」

途端に明るく元気な表情に戻っていく少女。一体何なんだ、こいつは。

「えっと、どこが、ですか?」
「はぁ?」

思わず、はぁ? と言ってしまった。好きか嫌いか言わせておいて、どこがってどういう意味だ。

「桜の、どこが好きなんですか?」
「どこって、言われても」

何で俺はこんな朝早くに見知らぬ少女から嫌いな桜について質問されないといけないんだよ。
これは別に適当でいいだろう。そう思った俺は思いついた言葉を言うことにした。

「全部、かな」
「全部……! そうですかっ。私も、全部大好きです」

とてもアバウトだ。そう思ったが、少女の様子はとてもよかった。いい答えだったようだな、と俺は胸を撫で下ろす。
というより、何でこんなに見知らぬ少女に気を使わないといけないのかが意味不明そのものだったが。

「では、一ついいことを教えますねっ」

と、少女は得意気に言い出した。
俺のすぐ横を通り越し、桜を見上げながら言った。


「この木は、願いを叶える木なんです」


その瞬間、俺に何か変な違和感を感じさせた。
何だろう。このシーン、どこかで見たことあるような気がする。デジャヴだろうか? いや、そんなはずはない。
記憶の片隅に、しっかりと残っているような気がした。それは、悲しみとかいうものとは、また別のもので。

「貴方に、願いはありますか?」

少女は、俺へと振り返り——笑顔を見せた。