複雑・ファジー小説
- Re: キーセンテンス ( No.22 )
- 日時: 2011/08/02 00:08
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
教室に入ると、まばらにしか人がいなかったが、その中で五十嵐の姿を見つけた。
五十嵐は本を無表情で読んでいた。これはいつものことなので、そんな五十嵐の姿を見て何故かホッとする俺は、五十嵐のところまで歩いていくと、「よう」と声をかけた。
「あぁ」
たった一言だけ、五十嵐は本から目線を外さずに答えた。
いつもこんな感じに、五十嵐は無駄なことは話さない。まるでそれが無意味とも言うかのように、その凍りついた無表情は変わることはなかった。
その様子にふぅーっとため息を吐いた俺は、ゆっくりと自分の席に座った。
窓側である俺の席は夏になるとセミの鳴き声がうるさい。今はまだ梅雨に近い春だから、温い風が流れ込んでくる程度。夏になるまでには席替えか何かはするだろうが。
そんなことを考えながら、俺は窓から外を眺めた。いつも見ている風景にさほど目のつくものはなく、ただ悠然と眺めていた。
そうしている間にもクラスメイト達が入ってきて、すぐにガヤガヤとした雰囲気を作る。その雰囲気から遠ざけるようにして、俺はただただ窓の外を見ていた。
「HR始めるぞー」
担任がいそいそと教室に入ってきたことを示すように、HR開始の合図が耳に残る。
ウトウトとしてきた俺は、その声で眠気が少し覚める。だが、すぐにまたウトウトと頭がしてくる。それの繰り返しを行いながら担任の話を聞いているような、聞いていないような状態でいた。
「——……ということだ。それで、今日このクラスに新しい生徒が加わる」
その担任の声と、周りの再びのガヤガヤした雰囲気に目がハッキリと覚めた。
「静かにせんか」
と、担任は急にガヤガヤし始めた雰囲気を元に戻す。
シンと静まったのを見て、「よし」と声をあげた担任は、教壇に両手をつきながらクラスメイト全員の顔を確かめるようにして見始めた。
「それでは……入って来なさい」
ガララ、とドアが開く音が聞こえ、全員が息を呑んだ。俺は肘をついて、ボーッとドアを見ていた。五十嵐は、そんなことを気にしないかのように本をいまだに読み続けていたが。
ドアから入ってきたのは、正真正銘潮咲 桜だった。だったのだが……
「では、自己紹介」
「はいっ」
小さく、可愛らしい声で返事をした桜は黒板の前に立ち、チョークを持った。
その時、ふわっと長い髪が揺れた。その様子に周りは少し戸惑う。
何故か? それは——潮咲 桜がそれほど美しかったからだ。
初めて会った時、さほどそうは思わなかったが、この学校のブレザーを着て、いざ目の前で会って見ると、何て綺麗というか、可愛いというか。少なくとも、このクラスの女子の中ではダントツに可愛いだろう。というより、女の子らしい感じが見た目からして溢れていた。
お嬢様——違う。お姫様——違う。健気な女の子——違う。
どれも違う。独特な雰囲気が潮咲にはあった。俺は、思わず、肘をつくのをやめて、彼女の顔を見つめていた。
「潮咲 桜といいますっ。よ、宜しくお願いしますっ」
少し大きめに潮咲は書いたつもりなのだろうが、大きな黒板の中、小さな文字が残った。白く、潮咲 桜と書かれている。
自己紹介の言葉を残した後、不意に笑った潮咲の様子にクラスメイト一同、呆然とその惹き込まれるものを見つめていたが、途端に拍手が巻き起こり、それは喝采と呼ぶほどのものになった。
その様子に、潮咲本人もかなり驚いていたようだが、すぐにまた「えへへ」と声を漏らして笑った。
「ねぇ! 潮咲さんって、元々どこの高校にいたの?」
「えっと、此処からちょっと遠いんだけど——」
「潮咲さんっ! 今日一緒にご飯食べようよ!」
「え、あ、うんっ」
「潮咲さんっ! 携帯とか持ってる? メアド交換しとこうよ!」
「あ……ごめんなさいっ、携帯は持ってないの」
「えーっ! 今時携帯持ってないの!? 可愛いーっ!」
「え、え、そんな……可愛く、ないです……」
まるでマシンガンのように次々と質問という質問や、お世辞が飛び交われている。
それも、俺の席の隣でだ。憂鬱になる。元々憂鬱なのは違いなかったが。
クラスの女子が意気揚々と潮咲を取り囲み、何を聞こうとしたのか男子勢は侵入できないようになっていた。その様子は、まるで潮咲を男子から守っているように見えるぐらいだった。
俺と五十嵐の席の間に新しく来た潮咲は、どれもこれも素で答えているようで、笑顔になったり、時折泣きそうな顔や、赤面したりなど、次々に表情を変えていくので、面白いなーっと思いながらその顔を見ていた。
男子に密かに人気がある、というのは満更でもないが、女子からこれほどまでに人気があるというのはなかなかないことだった。そういうカリスマ的なものは持っているんだろうか。
結局、昼飯時までその人気は絶えず、潮咲の周りにはいつも女子達でいっぱいだった。
チャイムが鳴り、遂に昼飯時になる。
俺が立ち上がると、五十嵐も既に立ち上がって俺を見た。
「行くか」
俺がそう呟くと、何も答えずに黙って五十嵐は頷いた。どこか様子がおかしいな、とか思ったが、いつもの無口が更に無口になっただけだろうと、俺は特に気にも留めなかった。
俺が五十嵐の方へと歩み寄ろうとした時、目の前を女子の大群が通り過ぎた。勿論、その先にいるのは潮咲だった。
「潮咲さんっ! いこーっ!」
「お弁当持ってきてるの?」
「どこで食べる?」
相変わらず、次々と質問をされており、潮咲はどこか困ったような表情でゆっくり一つずつ答えていく。
結局、潮咲以外の女子は笑顔で、潮咲は微妙な表情のまま教室を出て行こうとした。
その時、潮咲はふと後ろを振り返ったんだ。俺は、丁度潮咲が出て行く様子を見ていた。
つまり、俺と目が合った。今日初めてのことであったし、何故だか時が止まったような気がした。
「あ……」
何か思い出したように、潮咲は俺の顔を見て声を出そうとしたが、それも女子の大群に流されて教室から出て行った。
「……俺らも行くか」
五十嵐を連れて、その後を追うかのようにして俺たちも教室から出て行った。