複雑・ファジー小説

Re: キーセンテンス  ( No.26 )
日時: 2011/08/04 18:36
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

翌朝。俺は何事もなかったようにまたいつもの自分の部屋で目覚めるが、昨日の出来事を思い出してため息を吐いた。
どうせ学校に行くと、またひそひそと話をされたりするんだろう。面倒臭いことこの上ない。
今日、休んでやろうかとか考えてみたが、火曜日というと一週間始まって間もない頃だし、明日が休みならともかく、今日休むのはなんだか気が引けた。

「仕方ねぇ……」

俺はもう一度ベットの上でため息を吐き、かけてあるブレザーとズボンを取って着替えることにした。




家を出ると、俺はいつもの通り桜の木のある丘へと向かおうとした。だが、潮咲がいないとは限らない。夕方より、潮咲は朝に出没する確率は高いだろう。
正直、昨日の一件からしてあまり会いたくなかった。

「……今日ぐらい、別に見に行かなくていいか」

一日の習慣づけの内の一つとされていたため、行かなくてはならない感じがどことなくしたが、何も強制的に、絶対行かなくてはいけないということはない。
そんなことで、俺は桜の木のある丘へは向かわずに、そのまま学校へと向かうことにした。

桜の木の丘を見に行かないとなれば、結構時間は余る。学校に着く時間帯は、普段よりも断然早いものになる。
つまり、その分暇なわけで、俺は何をするか考えた挙句、何となく五十嵐の家に向かうことにした。
五十嵐も早起きの部類で、普段の俺より早く学校に居る。優雅に本を読んでいるわけなんだが……それなら学校より自分の家でコーヒーでも飲みながら読めばいいのに、と俺なら思う。
いつも何を読んでるのか知らないが、毎回分厚い辞書みたいな本を読んでいる五十嵐は、正直何を考えているのか分からないところが多々ある。
だが、そんな静かで、不思議な感じの五十嵐が俺にとっては気が合う唯一友達といえるのかもしれない。

そんなこんなで、俺は五十嵐の家へと向かっていた。五十嵐の家は、俺の家から学校までを地図上で直線に結んだ丁度真中付近にある豪邸だ。
昔ながらの瓦とかで作られた木造建築は、何より面積が広く、家もバカでかい。俺の寂れた一軒家とは大違いだ。
涙も五十嵐も金持ちのサークルかと思うが、北條も確か俺と同じぐらいの環境だったはずだ。——家族状況とか、そういう面は知らないけどな。

「久々に来るけど、やっぱでかいな……」

改めて五十嵐の家を目の前にして感動せざるを得なかった。
何度か入ったことがあるが、どこがどこだか分からなくなるぐらいの広さで、何回か迷った経験もある。
父親が盆栽とか好きで、庭にはそれらのものが多く置かれている。庭師さんが毎週何曜日かに五十嵐の家に来て、盆栽やらを切っていたりしているのを何度か見かける。
今日も丁度その日だったようで、庭師の人が梯子に登って切っていたりしていた。
その庭師の人は年季の入った歳をとった老人で、渋い顔をして木を睨みつけている。
こんな朝っぱらご苦労様だと俺は思いながら、インターホンを押そうとするが、この早朝からインターホンは正直迷惑かと思って俺は庭師の人に声をかけることにした。

「あのぉー……」
「……」

一度声をかけてみるが、庭師は目線と体をずっと動かさない。聞こえてるのかどうか分からなかったので、俺はもう一度声をかけることにした。

「あのー……」
「……」
「あのぉっー」
「……」
「あのーっ!」
「……ハッ! ……何でございますでしょうかぃ、坊ちゃん」

三度声をかけたところで、老人の目が突然見開いたかと思いきや、すぐにまた目を細め、老人は俺を見下ろして返事をしてきた。
坊ちゃんって、もしかして俺を五十嵐だと間違えてる?

「あのっ、五十嵐 涼君はまだ家にいますか?」
「坊ちゃん? 坊ちゃんですかぃ? あれ? ……ハッ! あぁ、まだ居ると思いますぜぇ、坊ち……いやぁ、兄ちゃん、坊ちゃんに似てらっしゃるなぁ。ヘヘヘッ」

何が面白いのか、梯子の上から一人で思考錯誤を繰り返して喋っている老人の姿は俺から見ると滑稽だった。
老人は「ちょっとお待ちくだせぇ」と、俺に言うと梯子を慣れた手つきで降り、ほどなくしてから五十嵐の家の門が開いて、先ほどの老人が歩いてきた。表情は、目が細めであまり分からないが、笑っているのだろうか、眉間にシワとかも年代が年代で笑ってるのか怒っているのかが分からないほどになっていた。

「あっしの名前は、佐久野 龍之介(さくの りゅうのすけ)という者でぇ。お見知りおきくだせぇ、兄ちゃん」
「は、はぁ……」

いきなり自己紹介をしてきた佐久野さんは、相変わらず目を細めて口元を少し吊り上げたので、多分笑っているのだろう。

「あのでさぁ……兄ちゃんの名前は……?」
「あ、あぁ、すみません。俺は暮凪 司といいます」
「暮凪……変わった苗字でさぁなぁ、兄ちゃん。……ハッ! ということは、兄ちゃんが坊ちゃんの言っていた"お友達"ですかぃ?」

再び目を見開いて、佐久野さんは俺を見て言ってきた。佐久野さんは思い出す時はこうして目を見開くクセがあるらしいな。
それにしても、五十嵐が俺のことを"お友達"だとしてくれていたことが驚きだった。普段からそんな感じは微塵とも感じないんだけどな……。

「まぁ、そんな感じです」

適当に俺は佐久野さんに言っておいた。すると、佐久野さんは数秒間その場で立ち止まった後、「呼んできまさぁ」と言ってまた門の中へと入っていった。
何度も見かけていたことはあったが、名前は知らなかった庭師の佐久野 龍之介さんか……。覚えておいて損はないかもしれない。
暫くして、門の中から五十嵐が出てきた。相変わらずのインテリ眼鏡をかけて、スラッとしたスタイルはそのままに、いつもと同じ髪型でゆっくりと歩いてきた。

「待たせたようだな」
「いや、別に大丈夫だ。俺こそ、いきなり来て悪かった」

五十嵐は片手に本、もう片方の手にバッグという組み合わせで俺の隣まで来た。
門の中側には、分かりにくい笑顔で手を振っている佐久野さんの姿もあったわけだが。




五十嵐の家から学校まではさほど距離は長くないので、徒歩で十分なぐらいだ。そのため、朝の運動も兼ねて五十嵐は毎朝歩いて登校しているという。
俺は自転車から降りて、押していきながら登校することにした。

「……庭師が、何か申し訳ないことでもしなかったか?」

突然の五十嵐からの質問に、俺は少し意外さと戸惑いを感じながらも「別に、楽しかったよ」と返した。
その俺の返事に対して、五十嵐は何も返さず、ただ黙って前を歩いていた。
そうしている内に、学校が見えてきた。いつも通りにある学校は本当に素っ気無く感じる。
桜の花が満開だったのはついこの間のことように感じるが、今は少々散り散りになっており、なんだか味気ない学校のように外見から見て思ったからだ。

「面倒が無いように、今日は安静に過ごしたい」

そんなことを願いつつ、俺と五十嵐は校門を潜って行った。