複雑・ファジー小説
- Re: キーセンテンス ( No.28 )
- 日時: 2011/08/07 14:51
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
あの後、潮咲だけ先に行かせて、俺は教室には戻らなかった。
理由は色々ある。その内の一つは、潮咲と一緒に入ると気まずい。遅れて入ったとしても、またこそこそと言われるに違いないし、面倒なことになるからだ。
どうせHR一つサボったとしても、後の授業で補えばいいからそれで構わない、という考えもある。
だが、最大の理由が他に一つあった。それは——
「涙……?」
食堂から教師に見つからずに行くには、少し外回りしなくてはならない。そのため、外側にある木々の生えた校庭を通る必要があった。その場所からは外側の風景が見える。近くにある校舎からは、高い場所から外側の少し都会じみた風景が見れるので、なかなか優越に煽られる。
俺は潮咲と丁度その校舎にある階段を登っていたところだった。
外側に、涙の姿を見つけた。俺の視力は普通に良いし、結構な距離があったが、涙は暴力女ではあるが、かなりの美人の方に入る。そういった意味からでも涙らしき人物だと特定できた。
涙が学校をサボるということは、あながちありそうな話でもあるが、成績もそこそこ取れてるし……とは言っても、あの性格なので日ごろの行いが悪いが。
そうであったとしても、サボるということ自体、涙にとっては珍しいことだった。
「何してんだ? あいつ……」
そういえば昨日も学校を休んでた気がする。転校生が来るとかあんなにはしゃいでた奴が、転校してくる初日に休みやがった。
何かあったのか? いや、でも元気そうだ。普通に歩いてどこかに向かっている。でも——何故か、心配だった。
俺はいつの間にか、校舎を下りようとしていた。
「な、何してるんですか!?」
「すまん、潮咲。色々用事が出来た。先生には具合が悪いみたいなので早退しましたとでも伝えといてくれ! じゃあな!」
俺は早口でそう告げると、急いで階段を下っていった。その途中、上から「暮凪君ッ!?」という潮咲の声が聞こえたが、もう眼中になかった。
「どこいった……?」
結構遅めの速度で歩いていたから、追いつけるかもしれないという思いで校門を出たが、涙の姿は見つからない。
当たり前といっては当たり前なのだが、俺は涙が進んだであろう道を駆け出した。
途中、人に聞いたりもしながら色々頑張り、遂に場所をつきとめた。
「病院……?」
和光病院という、学校からさほど遠くない場所にある病院だった。
(一見、見る限りは具合悪そうにもなかったが……もしかして、病気なのか?)
そんな思いが込み上げてきつつ、俺は病院へと辿り着いた。
中へと入ると、丁度階段を登ろうとしていた涙の姿を見つけた。声をあげて呼び止めてもよかったが、場所が場所なだけに声が出し辛い。
全力で走って追いかける、なんてことも迷惑になってはいけないので、俺は早歩きで涙を追いかけていった。
そうして、涙が向かった場所は——病院の角の方にある病室だった。どうやらそこは豪華にも個室のようで、名前の表札を見てみると、そこには、一条 渚(いちじょう なぎさ)と書かれてあった。
正直、聞いたことがなかった。俺はそっと病室を覗いて見ると、ベットの上には——涙と似た顔をした人物が一人座っていた。とはいっても、髪をリボンでカチューシャのように髪につけてあり、涙よりか可愛らしく思えた。
「ちゃんと安静にしてる?」
「うん。そんな心配しなくても大丈夫だよ、お姉ちゃん」
お姉ちゃん? ということは——涙の、妹? 聞いたことがなかった。
そのせいもあってか、俺は思わず「えっ」と声を出してしまう。それによってベットの上にいる妹の方から「誰ですか?」という柔らかい口調で言われた。これはもう、出てくるしかないだろう。
何を言えばいいか分からず、何も喋らずにスッと姿を見せた。その瞬間、涙の顔が蒼白というか、驚いた顔をして「司ッ!?」という大声を出した。
「何であんたが此処にいんのっ!?」
「おいっ、此処病院だぞ? 大声出すのもいい加減にしろ」
俺が言うと、涙は「うぐっ……」といって押し黙った。反応といい、がさつな所といい、全然涙は変わっちゃいなかった。そのことが一番安堵できたような気がする。
「お姉ちゃん、お知り合い?」
ベットの上にいる妹さんが涙にそう聞くと、「まぁ、一応」といって俺のことを話し出そうとした。
「こいつは、私のしもべ——」
「俺の名前は暮凪 司。涙と同級生で、強制的にこいつの作ったサークルに入れられてる」
「サークルじゃなくて、部活だっつってんでしょうが! それに、強制的とかイメージ悪いわっ!」
「お前がバカな説明をしようとするからだろ。自業自得という言葉を早く覚えた方がいいぞ?」
「黙れッ!」
くわっ! と顔を強張らせて涙は俺を制止させようと言ってきた。一方、ベットの上にいる妹さんは——笑っていた。
「あはは、お姉ちゃんと仲良くしてもらっているんですね? ありがとうございますっ。がさつな姉ですが、これからも宜しくお願いします」
ベットの上からペコリと頭を下げた。なんとも姉に似てなく、礼儀正しい子なのだろうかと俺は目を疑った。顔は似てるけど、性格は真反対なのか。
「ちょっと渚! 変なこと言わないでよっ!」
「え? 変なこと?」
「そうよっ! がさつって何よ、がさつって!」
「あははは、ごめんごめん。この通り、自分の非は認めませんが、可愛い所はいっぱいありますから、よろしくしてください」
またペコリと頭を下げてくる。
その様子に涙はまたご立腹のようで、「ちょっと、渚ッ!」という風に怒っている口調で言った。
「ほら。病院の中だっつってんだろ? 大人しくしろよ」
「そうだよ? お姉ちゃん。私が個室でも、隣の部屋とかにも患者さんいっぱいいるんだからね?」
「二人して何ッ!?」
俺と妹さんは二人して笑う。そうしていると、涙も次第に笑みが零れてきて、凄く穏やかな良い雰囲気になった。
それから俺も中に入って、話に参加することにした。
「それより驚いた。涙に妹がいるだなんて知らなかったぞ」
「え? 言ってなかったっけ?」
「言ってない。お前はがさつだからな」
「関係なくないっ!?」
俺と涙のやり取りを聞いて、妹さん——いや、渚ちゃんは笑った。
「二人共、いつもこんな感じなんですか?」
「まあな。いつもこいつがこんな感じで相手に困る」
「あんたが私に仕掛けてくるからじゃないっ!」
手を振り上げて、涙はいつもの通りに俺に怒ってくる。その様子を見て、渚ちゃんは本当に嬉しそうに笑い、楽しんでいるように見えた。
「ていうか、司。あんた、今はまだ学校じゃないの?」
「あぁ、そうだけど?」
「そうだけどって……許可もらってきたの?」
「いや、早退してきた」
「はぁ? 何で?」
何で、と聞かれても……返答に困る。
俺も、何故ここまで涙を追いかけてきたのか意味が分からなかったからだ。何せ、必死になっていたからだと思う。
「分からん」
とりあえず、正直に分からないと言っておいた。
「あんたねぇ……いい加減にしないと——」
「あぁ、はいはい。分かってる。今日ぐらい、別にいいだろ? 渚ちゃんにも会えたことだしな」
俺がそういうと、「ふふ、そうですね」と言って渚ちゃんは返事をしてきた。全く、本当に出来た妹だな。
「あんた、気安く渚ちゃんとか、ちゃん付けしてるんじゃないわよっ」
「別に全然いいよ、お姉ちゃん。暮凪さん、これからそう呼んでくださいね?」
渚ちゃんが柔らかく微笑みながら俺に言ってきた。とはいっても、暮凪さんって……何だかむず痒い気持ちになる。
「分かったけど、俺のことはー……出来れば、他の呼び方がいいな」
「別に暮凪さんでいいじゃないっ。何かおっさんっぽいし」
「黙れ。……何か他に呼び方ないか?」
俺が涙を黙らせて渚ちゃんに聞くと、「そうですねー……」という風に考える素振りを見せる。少し悩んで考えている姿も、また可愛く見えるのが不思議だ。涙と同じような顔をしているというのに。
「なら、先輩ってのはどうですか?」
「先輩?」
「はいっ。私、小学校の時から入退院繰り返してて、あまり先輩と呼べる人がいないんです。なので、先輩でいいですか?」
「あ、あぁ。構わないよ」
先輩といわれるのは中学の時以来だったが、俺がそれを認めた途端、渚ちゃんは何でもないようなことなのに「やったぁ!」と声を弾ませた。
「こんなにカッコイイ先輩が出来るなんて、思ってもみませんでしたー」
渚ちゃんは小悪魔のような微笑を見せながらそんなことを言ってくる。なんとも手強いような気がする……。これは涙より遥かに色々な扱いを慣れているな。
俺はそんなことを思いながら、ふと涙の方を向くと——
「ごめん、ちょっと飲み物買って来る」
いきなり涙は立ち上がり、病室を出た。俺は涙の異変に気づき、渚ちゃんに「トイレに行って来るよ」といって病室を出て行った。
出て、少し歩いたところに涙は居た。髪で顔を覆われて、あまり見えない。誰もいない休憩室の中で涙は一人で座っていた。目の前の自動販売機の音しかその場には聞こえない。
「涙?」
俺が声をかけても、返事がなかった。ゆっくりと近づいて行くと——ポタッ、と涙の膝元に零れ落ちる。それは、涙だった。