複雑・ファジー小説

Re: キーセンテンス  ( No.30 )
日時: 2011/08/09 23:47
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

俺はそのまま家に帰り、風呂に入った後、自室のベットの上へと転がった。
突然のことすぎて、俺は頭がパンクしそうになっていた。

「まさか、妹がいたとはな……」

あまり付き合いそのものが長すぎず、短すぎずの微妙なところなので、知らない部分は勿論あると思っていたが……まさか妹がいるとは思っていなかった。
涙のことだから、心配とかされたくなかったんだろう。隠していたつもりはなかったみたいだが、同情的なものもされたくなかったみたいだな。
そう思うと、涙の考えが何となく分かるような気がした。そうしている内に、俺はだんだんと睡魔が襲ってきて、ゆっくり夢の中に落ちていった——




君と出会ってから、どれぐらい時間が流れただろう。
私は、どうして此処にいるのだろう。その答えは、君が知ってるの?
もしかすると、私はずっとこのままなのかもしれない。けれど、君はずっとこのままじゃないかもしれない。
分からないの。このまま、どうなるかが。
ただ寂しい世界に、置き去りにされて消えていくのが悲しいの。
君は、私といてくれる? ……そっか。私は、大丈夫だよ。
いつまでもこうしてちゃ、駄目だよね……。

「歩こう」

君の手を引いて、私はまた冷たい大地の上を裸足で歩き出した。




翌朝。
カーテンの中から漏れる日光が朝だということを告げる。その光に照らされて俺は起きる。基本目覚まし時計を使わずに毎回いつもの時刻には起きれる。大体同じぐらいの時間に寝てたりもするから、体が覚えてしまっているのかもしれない。
制服を脱ぎ捨ててそのまま昨日は風呂に入ったから、部屋にバラバラで制服が散らばっているような状態だった。
一つ一つダルいながらも拾い上げて叩く。そうしてからハンガーでそれはかけておいて、室内のタンスから新しいものを出してそれを着た。
妙に真新しい感じがしたが、別にいいだろうと俺は着替えてから一階へ下り、朝食を適当に作って食べ、薄っぺらいいつものカバンを持って外へと出た。
向かう先は勿論、桜の木の丘。潮咲がいるとか関係なく、ただ単に見ておきたいという気持ちの方が強かった。

「あんまり変わらないな」

着いてから見上げて、桜の木を眺めた。だんだんと季節が夏に近づいているためか、桜が散り散りになっているが、変わらないというのはこの清清しさというか、巨大さゆえにふんわりと包んでくれる感覚があることを意味している。
暫くそうやっていつものように眺めていると

「暮凪君ッ!」

聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声の方へと振り向くと、そこには潮咲が笑顔で手を振りながらこちらに駆けて来ていた。

「キャッ!」

だが、その途中に転び、草花や雑草の生えた地面の上へと倒れこんだ。
俺はすぐに潮咲の元へと駆け寄って「大丈夫か?」と潮咲を起き上がらせた。

「だ、大丈夫です……。えへへ、運動神経悪いんです」
「大丈夫って、足から血が出てんじゃねぇか」
「え? ……あぁ、これぐらいなんともないですよっ」
「ダメだ。ちょっと待て」

薄っぺらいカバンの中から、これぐらいはと持ち歩いていたのは保健室の先生である園崎先生からもらっていたバンドエイドを取り出した。それと、食毒液もだ。

「ちょっと染みるぞ」
「う……」

食毒液を傷に染み込ませると、血と共に消毒液が滴り落ちるのをティッシュで拭き取る。それからバンドエイドを丁寧に貼り付けてやった。

「……これで大丈夫だな」
「あ、ありがとうございます……。でも、どうしてそんな用意を?」
「これは俺が毎度毎度ケガばかりしてくるからって、保健室の先生からもらったものなんだ。それの残りだ」

そこまで俺が話すと、急に風が吹き、桜が大きく舞い散る。その桜が目に入らないように目元らへんに腕を被せてガードする。
そうした後、潮咲の方をチラリと見ると、潮咲は何故か顔を真っ赤にしていた。

「あ、あのっ! ……見ました?」
「は?」
「見ましたかッ!?」

何だか怒っているような、恥ずかしいのか知らないが、とんでもなく誤解を招きそうな予感がしたし、実際何も見ていないし、何のことを言っているのかさっぱりだったため、俺は「見てない」と正直に答えた。

「なら、よかったです……」

と、安堵の表情を見せてため息を吐く。その動作を見てから潮咲の手元をふと見た瞬間、何を言っているのか何となく分かった。

「あぁ、スカートの中身を見たかどうかか……」
「えぇっ!? 分からなかったんですか!?」
「え?」
「じゃあ見た可能性とかあるんですか!?」
「い、いや……それでも見てないから安心しろ」
「……本当ですか?」

何か潮咲の視線が疑いの目に変わっていることに気づく。口は災いの元ってなるほど、よく分かった。

「俺を疑うのか?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「大丈夫だ。それに、見たところで何も減るもんでもねぇよ」
「そういう問題じゃないですぅっ!!」

その後、顔を赤面させたまま暫く潮咲は怒っていたが、その後はケロリと普通に戻ってくれた。

「前にお前にさ。桜が好きかどうか聞かれて、好きだと答えたけどさ。正直、俺は桜に因縁があるんだ」
「え……?」

不思議そうな顔をして潮咲は俺を見た。こいつは人の話をちゃんと聞いてんのかと言いたいぐらいの惚けた表情で、俺は微笑してからため息を吐き、「何でもない」と答えた。




俺は潮咲に何を言おうとしていたんだろう。
もしかして、同情を誘おうと?
そんなバカな真似をしても、意味はないと知っている。
じゃあ何か?
潮咲は——どこか、分かってくれる気がした。ただ似ているからとかじゃない。どこか、どこかで。そう、どこかでだ。
その"どこ"の場所が分からない。俺の気持ちはどこにあるんだろうか。
どこか空洞感のある俺の生活音が、もしかしたら——

「どうしたんですか?」

考え事をしていた途中、潮咲が隣から顔を覗かせてきた。

「いや……なんでもねぇ」

俺は少し早歩きで学校へと進んだ。後ろからは、「待ってくださいー」という潮咲のどこかおっとりした声が聞こえて来る。
そんな俺は日常に、今ここにいるんだ。
困惑なんて言葉が一番お似合いなのかもしれないな。

そんなことを思いながら、いつもの並木道を通っていく。
そう、いつもの通りに。