複雑・ファジー小説
- Re: キーセンテンス ( No.31 )
- 日時: 2011/11/02 00:29
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: ucEvqIip)
- 参照: 久しぶりの更新再開でございますですっ!
「おっはよー!」
「……朝から耳元近くで騒ぐな」
学校へ着き、教室に入る辺りで涙から声をかけられた。耳元で叫ぶようにして放たれた言葉は、俺の耳鳴りを引き起こさせるには十分すぎた。
両耳を両手で塞ぎ、いまだ治らないキーン、という耳鳴りの音を必死で掻き消すようにして何度も両手で耳を軽く叩いた。
「ん……? あーっ! この子が噂の転校生じゃないの!?」
「だからうるせぇって!」
俺の隣にいたキョトンとした顔付きで涙と俺を交互に眺めている潮咲へと指を向けた涙は、驚愕の顔から一変して笑顔へと変わり、
「よしっ、名前を教えてみて!」
「教えてみてって何だ」
「隣の害虫は黙ってなさいよ! ……こほん。はい、名前を!」
俺を害虫扱いしやがった涙は、回答を求めるようにして右手を潮咲に向けて差し伸ばした。少しの間、沈黙がその場に広がり、少し戸惑いながらも微笑んだ潮咲はその涙が差し出した手は握手の為のものだと思ったのだろうか。その手を握り返して、
「私は潮咲 桜っていいますっ。宜しくお願いします」
といって、潮咲はペコリと礼儀よくお辞儀をした。その様子を見惚れるようにして見ていた涙は、次の瞬間笑い声をあげながら腹を両手で支えた。
「あははっ、面白いわねっ! よし、決まり! 桜、私の部に入りなさい!」
「部というか、同好会というか、そもそも設立すらされてないような——」
「黙れって、このクソ害虫」
パキポキと両手で鳴らしながら、俺に対しては鬼のような顔をして睨みつけてきた。次々と表情を変えられるもんだなぁと心底呆れた半分、感心した。
「部……ですか?」
「そう! 部よっ! 活動内容は、遊ぶこと! どうどう? 学生の本分にきっちり当てはまってるでしょ?」
学生の本分は心の中でちなみに言っておくけれど、勉強だからな?
そんなことを思いながら、俺は二人の様子を見ていた。潮咲は、どこか悩んだようなというか、考えてる様子も無く、ただ目の前を呆然と見つめているだけというか、なんだか見たことも無い潮咲の表情だった。
「……潮咲?」
「へ? あ、はい?」
「いや、返事。返してやってくれないか?」
「あ、あぁっ、す、すみませんっ。え、えっと……その、やりたいことが、あるんです」
「「やりたいこと?」」
慌てふためいた様子の涙が呟いていった言葉は、簡単に言うと加入できないという表れだった。いや、それよりも俺と涙は二人して同じ質問をしてしまっていた。やりたいこと。それが気になったのはどうやら俺と同じくして、涙も同じだったようだ。
「い、いえ、特に、話すことでもないのでっ」
「もったいぶらなくてもいいじゃない。加入を断るぐらいの理由なら認めるけど、そうじゃなかったら……! 食堂でジュースぐらいは奢ってよね」
「いやしいな、お前って」
「クソ司害虫。後で覚えとけよ」
俺の名前が嫌な所に入りこんだな。こいつの罵声はクソと害虫しかレパートリーがないのだろうか。
少し考えている表情で潮咲は迷っており、ようやく切り出そうと口を開きかけたその時だった。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムの音が校内に響いた。この音は、涙にとって結構嫌なものであって、
「やばっ! もうチャイムッ!? 早すぎでしょっ! ちょ、二人共、また後でねっ!」
涙はもの凄く焦ったような表情で身を翻すと、そのまま廊下を走り去って行った。
その後ろ姿を見送ったと同時に、その反対側の方から担任の教師が俺達を見つめていた。
「お前ら、早く中に入れよ」
担任の言葉と同時に、俺達は教室の中へと入ったのであった。
潮咲が一体何をしたいと思っているのかは分からない。こいつなりに、何かやりたいことがあるのだろう。
もしかすると、それはあの桜の木に関係することなのかもしれない。潮咲にとっても、あの桜の木にはとても思い入れがありそうな気がしてならなかった。
(まぁ……俺が気にすることでもないか)
英語教師が適当に英文を声に出して言う中、妙に教室内は静かだった。基本、英語は喋っているとわけのわからない英文の内訳をさせられるので面倒なことで有名だった。その為だろう、ここまで静かなのは。
暇そうに欠伸をする奴もいれば、真面目にノートを書いたり教科書の英文を眺めてそれに付箋をつけたりマーカーで線を引いたりを繰り返している。
隣を見ると、五十嵐がいつもの無表情で英語教師が言っているであろう英文を見ていた。その目線は、きっと英文に注がれている……はずだった。
(何だ……? あれ?)
俺が目にしたものは、五十嵐の目線の先にある一枚の紙だった。
その紙に目線を落としている五十嵐の表情は、やはり無表情。もしかすると、その紙ではなく、その紙の下にある英文を読んでいるのかもしれないが、あんな机のど真ん中に置いてある紙だ。その紙の内容を読んでいるのだろう。
果たして、何が書かれているのだろう? そんな好奇心が、退屈さを吹き飛ばしてくれた。
ゆっくりと、五十嵐が見ている紙の内容を見ようとして首を近づける。後少し、後少しで見える……。
「おい。……おい、暮凪」
「え?」
「何してる」
「いや……ちょっと、腹痛が来まして」
「嘘吐け。……まあいい。頼むから、授業中変な動きはするなよ?」
「……以後、気をつけます」
英語教師に見つかった俺は、言い訳をしたが、全く効き目などはなかった。とはいっても、この英語教師はまだ面倒な奴ではないので、立っていろ、とか昭和な感じの罰は言わない。内心安堵した俺は、不意に伸びてきた手に少し驚き、その手の持ち主を見た。
五十嵐がその手に一つの紙を持って俺に差し出してきていた。その目は、至極真面目なものだった。
ゆっくりと五十嵐の口が動く。その口は、確かにこう言っていた。
(み、て、み、ろ……?)
見ろということらしい。俺はその紙を英語教師にバレないようにして受け取ると、ゆっくり机の下で隠しながら見た。その内容は——
「はぁ?」
「……おい、暮凪」
「え?」
「頭冷やして来い」
思わず口にしてしまった言葉が静かな教室の中に響き渡り、しっかりと英語教師の耳元へと届いていた。
呆れた様子で言われた俺は、渋々その場から退場することとなった。