複雑・ファジー小説
- Re: キーセンテンス 更新再開しましたっ ( No.32 )
- 日時: 2011/11/04 23:38
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: ucEvqIip)
その後、再び教室へ戻った俺は、残りわずかとなった英語の授業をほとんど耳から筒抜けの状態で聞き流し、休み時間を待った。
チャイムが響き、授業の終わりの合図が終わる頃には既に五十嵐の元へと歩いていた。
「……何かの悪戯か?」
「いや、分からない。ただ、本に挟んであったんだ」
「本?」
訝しげな顔をして俺が言うと、五十嵐はすぐ傍にかけてあった鞄を取り出し、その中から一冊の本を手に掴んで見せた。その本は五十嵐が読んでいるもの一つの本のようだった。
「この中に、挟んであった。机の中から取り出し、全ページ開いた時に見つけた」
何もかもを貫くその透明な目に嘘はないようだった。
確かに、五十嵐が全ページをパラパラと軽快にめくっている所を何度か目にしたことがある。読む際に不用意なものを入れたまま読むのが嫌らしく、それを確かめるべくしてこの習慣が付いたそうだ。
この本もそれを行い、毎度の如く確認した。それなのに、この読む際に不用意な紙が挟まれていた。それも、メッセージ付きで、だ。
「今日、これが挟まれてることが分かったのか?」
「あぁ。しかし、いつこれを挟まれたか分からない。三日から五日ほどこの本は読んでいなかった」
「その三日から五日の間に……誰かが入れた?」
「分からない。だが、可能性としてはある」
何つー面倒臭い問題だ。授業さえも真面目に聞いてやしない俺にとっては難解そのものだった。推理するにしても、俺は名探偵でも何でもないし、手がかりはこの紙に書かれた筆跡と、そしてこの不可解なメッセージの謎のみ。これだけでどうしろというのだろう。
「授業中、メッセージについてどうしようか悩んでいたんだ。結論として、涙に見せることにする」
「え、ちょっと待て。涙に見せるってことは……おいおい、実行されるかもしれないっていうか、されるのは明白だろ?」
「だから涙に見せる。もしかしたら、涙が犯人かもしれない。それも確認する」
五十嵐としての言い分は分かる。メッセージの内容的に、犯人は身の回りから考えて涙しかいない。
けれど、もし涙が犯人ならばわざわざこんな回りくどいことをしただろうか。いや、していない。毎朝こっちの教室に来て話すぐらいだ。今日の朝も話した。こんなこと、話す機会ならいくらでもあった。
「あいつの筆跡、ちゃんと見たことはないけど、こんなのじゃなかった気がするぞ?」
「……そうか」
少し間を空けてから五十嵐はポツリと呟いた。その様子を見つめながら話を切り出すことにした。
「他に、何か確認したいことがあるのか?」
「……あぁ」
「一体何だよ?」
五十嵐がいつに無く物事を早く進めないので、俺は少し急いだ風にして口走っていた。
この時、五十嵐がどう思ったのかは分からない。けれど、ハッキリと五十嵐は、
「言えない」
そう答えた。俺には言えない確認したいこと。それがこのメッセージに残されてあるというのだろうか。けれど、こんなメッセージ、ただのおふざけとしか思えないし、見えない。他の誰かが見たら、すぐに破いてゴミ箱行きだろう。
結局、そのまま休み時間はあっという間に過ぎ去っていってしまった。
本に挟まれていた。そのキーワードで俺はふと自分の持っている本のことを思い出した。
「あ、あの本……」
すっかり忘れていた俺は、久々に開けた鞄の中を見た。すると、あの分厚くて、古臭い本が眠っていた。この題材は確か哀しい、恋物語だったはず。
(五十嵐、あれで結構恋物語とか読むんだな……)
そんなことを思い、再び分厚い本を鞄に仕舞って元に戻した。五十嵐は、あの部屋に置いておけと言っていた。勝手に持ち出していたことがバレれば、俺は怒られるのだろうか。五十嵐に。
(……まぁ、体験してみるのも面白そうだけどな)
怒ったことも、満面の笑みを浮かべたことも、悲しんだことも、特にない五十嵐を怒らせるというのは今までにないことだった。
(でも、これを持ち出したぐらいで怒らない、か)
五十嵐の方を見ると、静かにノートに向けてシャーペンを動かしていた。冷静な顔で授業を受けている。
俺は肘をついた姿勢から、そのまま前倒れの形となり、そうしていると眠気がだんだんと全身に帯びて行き、やがて眠りの世界へと入っていった。
遂に昼休み。ようやくこの時間が来た。とても長かった気がするのは、ほとんどの時間を寝ていたからだだろう。寝ていると、時間は遅く感じる。30分寝た気分が、気付けば15分しか経っていないような気さえもするのは寝慣れているせいなのか。
俺は五十嵐と一緒に屋上へと向かって行った。屋上は、いつも通りのまばらな人数で、特にどういうこともなく、屋上に着いた途端、怒声が聞こえて来るかと思いきや、そういうことはなかった。
屋上に向かう扉の前に、一つの立て札が貼られていた。その内容は、
【屋上立ち入り禁止】
その文字がしっかりと書かれていた。ドアノブを回してみても、鍵がかかっているようで全く開かなかった。
「屋上、立ち入り禁止になったのか」
「……なら、部室にいるだろう」
「面倒臭いな……はぁ、行くか」
俺達はそのまま、屋上に来た道を引き返して旧校舎にある仮部室ともいえない、勝手に使っている部室もどきへと向かうことになった。
「あ、暮凪君に、五十嵐君」
「あぁ、雪ノ木」
廊下を歩いている途中、雪ノ木が両手で小さいウサギの絵が描かれたピンクの弁当箱を持って俺達に話しかけてきた。
「あ、あの、今からどこに……?」
「部室に行くとこ。屋上、使えなくなったみたいで」
「え? 本当ですか? そんな連絡、あったかな……」
考えるような仕草をして、雪ノ木は少しの間首を傾げていたが、少ししたら我に返ったように、
「あ、えっと、じ、じゃあ、どこで食べるんですか?」
「いや、だから部室で食べようと思ってさ。涙とかもいるだろうと思って……雪ノ木もいると思ってた」
「いえ、屋上が立ち入り禁止になったとか、聞いてなかったので……えっと、わ、私も同行しても、いい……ですか?」
少し不安そうな顔で雪ノ木は聞いてきた。どうして俺に聞くのだろうか。まあ、同じ部活動になりえない部に所属している者同士になわけだし、話しやすいということかもしれない。
「あぁ、大丈夫だろ」
「わぁ、よかったですっ。それじゃあ、いきましょう!」
「え、あ、あぁ」
何故だか元気がよくなった雪ノ木に連れられるような形で、俺と五十嵐は再び部室へと向かって行った。
旧校舎は渡り廊下を渡ってしまえばすぐに着くので、広くても気楽に行ける。ほとんどが既に使っていない教室なので、いつ取り壊しになるかも分からない状態だが、文化部の部室やらで使うこともあったりするらしく、その行動には移されていないそうだ。
その旧校舎を歩き、誰もいない廊下を三人で歩いていく。その道中、何を話せばいいかも分からなかったので、俺は黙って二人と共に歩いた。
程なくして、部室前へと無事に着いた。ドアを開けると、がららっという音が響き、どこか懐かしいような匂いが部屋の中に充満していた。中は少し片付けたりして、結構広々とはしている。その中に、涙と北條が座っていた。
「お前、どこにでもいるのな」
「真希、言われてるよ」
「いや、お前のことだよ」
「誰が虫みたいに湧いて来る奴じゃぁっ!」
「言ってないから」
涙がこうして言いかかって来るのを俺は受け止めつつ、ゆっくりと腰を下ろした。
すると、その眼の前を白い手が現れてきた。更に、その手には白い紙が摘まれていた。
「何これ?」
その紙を受け取る涙。紙を渡した人物は、勿論五十嵐だった。
嫌な予感がとんでもなく匂う。というより、五十嵐の野郎、やっぱり渡しやがったな、という思いが込み上げてくる。
数秒、涙が黙ってその紙を見つめてから、途端に表情が明るくなっていき、そして言い放った言葉が、
「なるほどね!」
何がなるほどなのか、意味がいまいちよく理解出来ないが、どうやらこれを受けて立つらしい。
その紙に書かれた謎のメッセージの内容は——
【世界を救え。学園生活を謳歌してみせろ。人助けはその第一歩】
どれもこれも、涙が好きそうな言葉ばかりだった。
——END