複雑・ファジー小説

Re: キーセンテンス 第4話完結 ( No.35 )
日時: 2011/11/09 19:32
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: ucEvqIip)

随分遠くまで歩いたような気がする。けれど、周りの景色は何も変わらない。変わることのない、銀世界は時間と共に私の体力を奪っていった。
君は大丈夫? そう語りかけようとしたけれど、しっかりと私の手に伝わる感触は私にちゃんと着いて来てくれていることを示していた。
安堵と一緒に、嬉しさが込み上げた。あぁ、君は私と居てくれる。この終わった世界の中でも、君は私と居てくれる。
けれど、私は思うんだ。
君は、私が死んでも生きていける。そう、思うんだ。
私はただのお節介なのかもしれない。けれど、私には君が必要で、君がいないと私は寂しさと共に雪と一緒に溶けてなくなってしまいそうな気がして。
とても、とても怖かった。寂しかった。そんな思いを掻き消すために、私は君の手を強引に握って、連れている。そんな私の後を着いて来てくれる君は、なんて優しいんだろう。それだけでも、私の寂しさは消えていく。
でも——

「ごめんね。もう、ここまででいいよ」

私は言った。
思ったんだ。この寂しい世界の中で、私の都合で君を縛り付けてはならないと。君は、君のやるべきことをこの終わった悲しい世界で見つけなくちゃいけない。それはきっと、君がここにいる理由だから。
でも、でも、それだと——私は、何故ここにいるのだろう?

「さよなら」

瞳から零れ落ちた一粒の涙が頬を伝い、君との別れを示した。
ゆっくりと、私は手を離した。君の、大事な手を。




翌日。まだ眠い目を擦って起きる。涙を追って学校をサボったあれを先生が見逃してくれるはずもなく、俺はあの例の紙を涙に見せた後、放送で先生に呼ばれた後、理由をしつこく聞かれた。
単に涙の後を着いて行ったと答えれば簡単に解放されていたかもしれないが、どうにもそんなことはいいたくなかった。
自分の尻拭いの為に、渚ちゃんを使うような真似はしたくなかった。適当に俺はその場を誤魔化し続け、呆れた先生がようやく解放してくれたのは最終退校時刻だった。その為か、部活動の奴等も皆おらず、俺一人ぐらいだった。

(まぁ、どうせやることもないんだけどな……)

欠伸を一つかましてから俺はゆっくりと体を起こした。何だか今日はダルい。このまま寝てしまいたい気分だった。
そんな気分になっている原因は、勿論昨日の出来事だった。先生のしつこい尋問がメインの疲れを呼び起こしているわけではなくて、涙があの例の紙を見てやる気を起こしてしまったということだった。

「面白いじゃない! やろっか!」

笑顔で物申した涙の笑顔は一番ときめいていたかもしれない。それくらい眩しく、明るく、そして女の子らしい笑顔だった。
多分、今日からその行動に移るつもりなのだろう。俺は勿論そのことに反対はしたが、涙の決定事項は基本動かせやしない。
五十嵐は涙の言動に黙っていたが、どこか様子がおかしいような気がしたのは……気のせいだろうか。
雪ノ木は流れに任せて、という感じがした。毎度のことなので、これはいいとして……意外だったのは、北条が俺と同意見だったってことだ。

「面倒臭いじゃん。別に、人助けなんてしなくても学園は楽しく謳歌できるし、それに今でも十分楽しくない?」

北条はいつになく強気な意見で涙に意見を出したのだが、結果的に上手く涙に丸めこまれて、結局は謎の手紙通りにやることとなった。
大体、俺が気になるのは初めの言葉だ。世界を救え、だ? バカなことを抜かしてくれる。こんなちっぽけな学生共に世界を救えるはずがない。そう考えれば、これは何かの比喩表現なのかもしれない。世界っていうのが、もし学園のことだとすれば。楽しく学園生活を謳歌することは、他の学生も楽しませるということに繋がるとすれば、それはつまり人助け=他学生の憂鬱な気分を晴らす、ということに繋がるのだろうか。

「……いや、何を真面目に考えてるんだ、俺は」

何だかんだ言って少しやる気を出しかけていた自分自身に、少し嫌気が差した。




渋々と言っていいほど学校へ登校したくなかったが、行くことにした。理由は今までにないというか、かなり戸惑った出来事のおかげだった。

「あー、今日もいい天気ですねー」

俺の隣を歩いている潮咲が気持ち良さそうにそう言った。潮咲が俺の家へと訪ねてきて、一緒に学校へ行こうと言い出したからだった。
本当は休みたかった俺だが、わざわざ来てくれたこともあり、着いて行くことになってしまった。

「何で俺の家を知ってるんだ」
「え? ……あぁっ、えっとですね。担任の先生に聞いたんです」
「おいおい……プライバシーも何も無いな。そんな簡単に公表されたらたまったもんじゃないぞ」
「そうなんですか? 暮凪の家なら教えてもいいぞって、何だかとても快く教えてくれましたけど……」
「……そうか」

あの担任、俺の家を何だと思っていやがる。訴えれば必ず勝てそうな気さえもする。変な奴に俺の住所を教えないで欲しいんだが。

「どうかしました?」
「いや、別に」

隣から顔を覗かせてきた潮咲を見て、また目を逸らした。
その周りを木々が生い茂っている。ゆったりとした風が吹き、葉が揺れていく。もう6月の中旬に当たるのだろうか。今年は何故だか梅雨時期だというのにそんなに雨が連続的に続いてはいなかった。きっとこれから雨の日が多くなってくるのだろう。そんなことを思いながら歩いていたら、不意に潮咲がこの間やりたいことがある、といっていたことを思い出した。

「なぁ、潮咲。お前のやりたいことって、一体何なんだ?」
「え? ど、どうしたんですか? 突然」

驚いたような顔をして、潮咲は答えた。その潮咲の顔は見ずに、その後ろの木を見ながら俺は言葉を紡いだ。

「ほら、前に言ってただろ? 涙の誘いも断ったじゃねぇか。それだけやりたいことって、一体何なんだろうなって気になってな」
「えぇ、えっと……秘密、です」

小さく呟くように、照れ臭いのか口を少し尖らせ、俯きながら潮咲はそう言った。
秘密とか、そんなに大切なことなのだろうか。別に話してくれてもいいような気がするんだが。

「別に話してくれても……」
「だ、ダメですっ。いくら暮凪君といえど、これは秘密ですっ」

両手をぶんぶんと左右に振り、それと一緒に顔まで小さく振った後、手を交差させて×マークを作った秘密だということを必死にアピールしていた。

「ふっ、あはははは!」

何故か俺は、そんな潮咲の行動を見て笑ってしまっていた。

「え、えぇ? わ、私、何かおかしなこと言いましたか?」
「いや、そういうわけじゃない。そんなに必死にならなくても大丈夫だ。無理に聞かないから」
「そ、そうなのですか……で、でもそれって、笑ってる理由になってないですよね?」
「笑ってるのは、お前の動きがおかしかったからだ。そこまで必死にならなくてもいいってこと」
「そ、そんなものですか?」
「あぁ。そんなものなんだよ」

ようやく笑いが収まった俺は、一息吐いて再び歩き始めた。その後を後ろから「待ってくださいっ」といつもと同じように潮咲が着いて来る。その様子を見て、俺は一つ潮咲に提案を出した。

「潮咲、お前も一緒にやろう」
「え? 何を、ですか?」
「人助け。お前、得意そうだからな」

キョトンとした顔で俺を見る潮咲を見て、俺は自然と笑みを零していた。
あぁ、こんなに笑ったのはまた久しぶりかもな。まだ、俺の日常は腐っていなかったんだ。