複雑・ファジー小説

Re: キーセンテンス ( No.36 )
日時: 2011/11/09 00:34
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: ucEvqIip)

「……ってなことで、潮咲も加入することになったが、どう思う?」
「……それを何故俺に訊く」

無表情の五十嵐を眼の前にして、いつも通り騒がしい教室の中、俺は今朝のことを五十嵐に話していた。
俺の隣にいる潮咲を促して、前に立たせる。潮咲は少しも笑わずに、真剣そのもので五十嵐と向き合い、

「一生懸命頑張りますので、宜しくお願いしますっ」

渾身の言葉を五十嵐へぶつけた潮咲は、そのまま姿勢を曲げてお辞儀をした。あやふやな90度だったが、綺麗にお辞儀が出来たことだろう。

「どうだ? 入れてやってもいいか?」
「……だから、何故俺に訊く」
「それで、どうして私に訊かないのよっ」

俺の後ろにいた涙は、不機嫌な顔をし、腕を組みながら突っ立っていた。

「何だ、いたのか」
「ずっといたでしょうが! 挨拶も交わしたでしょ!?」
「いや、記憶に無いな」
「あんた、一回死なないといけないようねぇ……?」

パキポキと手を鳴らしながら歩み寄ってくる涙を余所目に、俺は潮咲の表情を伺っていた。
しかし、その表情は呆けたような、何を考えているのか全く検討のつかない表情だった。たまにこんな表情をしたりするのだが、どうにも考え事をしているのかどうかが分からない為、正直話しかけ辛い。

「はい、じゃあ桜は加入OKってことで!」
「勝手に決めるんじゃない、涙。今回のことについては五十嵐がリーダーだ」
「……何を言っている?」

ボソリと五十嵐が呟いた所を、すかさず俺はアイコンタクトを送った。今まで五十嵐とアイコンタクトなんてものを送りあったことがないので伝わったかどうかはおいといて、とりあえず成り行きだけでも五十嵐がリーダーということを主張して欲しかった。

「何で私じゃないのよっ」
「この謎の手紙を見つけたというか、五十嵐の本の中に挟んであったんだ。これは五十嵐が関係あるかもしれないだろ? 涙が手紙の内容通りが好きなことは分かっているけど、お前の机に入っていたわけでもない」
「まあ、確かにそうだけど……」
「五十嵐が手紙の内容通りのことをすると思うか? 二年生って節目の時に、皆が皆勉強とか忙しい時に、こんなふざけたような内容を実行しそうに見えるか? ……つまり、手紙の内容を全く実行しなさそうな五十嵐の所にこの手紙はあったんだ。だからこれは五十嵐宛の何かかもしれない。手紙通りに実行するのもいいが、この手紙を出した犯人探しもするべきだろ?」
「う、うぐぅ……何だか、司にしては正論じゃない……」

悔しそうに唸る涙を差し置いて、五十嵐は何の表情も見せず、今まで通りの仏教面だった。
潮咲はというと、例の手紙のことまで話していないので、何の話をしているのか全く分からずに戸惑いの表情を見せながらオロオロしていた。さっきまでの呆けた表情はもういいのか。

「だから、今回の件は五十嵐担当ってことで……いいよな? 涙」
「……あーもう、分かったわよ! あーあ、どうせ盛り上げるなら生徒会にでも喧嘩売ろうかと思ってたのに」

あぁ、良かった。こいつがリーダー役を務めなくて。何をやらされるかわかったもんじゃない。下手すれば停学騒ぎになりそうだった。
ふて腐れた顔で涙は適当にそこらの椅子を引いて座ると、何か考えるような仕草を取り始めた。それから数秒後、

「ていうか、人助けって言っても基本何すればいいの?」
「人を……助ける、ですよね? うーん? ボランティア……とかですか?」

潮咲がやっと自分の介入できる話が出たと思い、安堵した表情で口を挟んだ。
確かに、この手紙に書いてある人助け、というのは一体どういうことなのだろうか。まずそこから考えなくては答えが見えなさそうだ。
誰かのいたずらで書いたとか、そういうことかもしれないけれど、どうにも何だか違うような気がする。人助けをして欲しい人が五十嵐に助けてもらいたいのかもしれない。
それだと、世界を救うなんちゃらが説明できない。世界を救うとかいうのはもうおふざけと見ていいのだろうか。

「ボランティア……そういえば、若葉がボランティア活動結構やってるって聞いたような……」
「雪ノ木が?」

まあ、確かにやりそうな感じはするな。潮咲もボランティアとかやってそうだ。例えば……介護擁護施設とか。

「桜はやったことある?」
「私は、やりたいとは思ってるんですけど、家の用事でちょっと出来なくて……」
「家の用事って、何かやってたりするの?」
「あ、はい。えっと、小さな喫茶店をやってたりします」

潮咲は遠慮がちにそう言った。何でも親子で喫茶店を開いているそうだった。その手伝いを潮咲はしているのだという。親思いな感じは確かにあるけどな。

「へぇー。また今度行っていい?」
「はいっ。是非いらっしゃってください」

涙と潮咲が盛り上がった様子で話していたその時、チャイムが鳴り響いた。それと同時に「やばっ!」と一言漏らすと、涙は俊敏な動きで教室から颯爽に出て行った。あの足を目撃した陸上部員が何度も涙を勧誘したそうだが、全て断っているという。それも渚ちゃんの影響があるのかもしれないが。

「SHR始めるぞー」

そうしている内に担任がいつの間にか入ってきており、朝のSHRが始まった。




丁度昼前の授業の時だった。
いつものように、俺は授業内容をすっかりと聞き逃し、夢の世界へと誘われようとした時だった。眼の前に丸められた白い紙が投げつけられてきた。一体何だと投げてきた方向を見ると、そこには五十嵐が眼鏡に手を当てながら俺を見ていた。

(み、て、み、ろ……?)

また前と同じように五十嵐は口パクで見てみろ、という指示を俺に遣わせてきた。
一体今度は何事だと思いながら、俺はその紙を開けて見た。その内容は、

【2−5の35が子猫を探している】

と、書かれてあった。
その文章を読み終わった後、俺は五十嵐の方へと再び向いた。五十嵐は既にノートの方へと目を向けており、俺の方へは全く目も向けていなかった。

授業が終わると、早速五十嵐の元へと駆け寄った。その傍には潮咲が不思議そうな顔をして、五十嵐の隣に突っ立っていた。

「俺が呼んだ」

いつの間に潮咲を呼んだのかは知らないが、どうやら五十嵐が潮咲も呼んでおいたみたいだった。

「……それで、これは一体何だ? また悪戯の延長か?」
「いや、これは悩みのようだな。もしかすると、これこそが人助けなのかもしれない」

五十嵐が口元に手を当てて言った。これこそが人助けとはどういうことなのだろうか。

「2年5組の出席番号35番が自分の飼い猫、子猫を探しているが、見つからなくて困っている……という解釈が出来るというわけだ」
「つまり……この悩みを解消しろと?」
「そういうことだろうな」

人助けとは、やっぱり学生の悩みを解決するという単純なものだったのだろうか。とは言っても、猫探しって探偵でも何でもないのにそんな労働をしろというわけか。

「この手紙の犯人、見つけたら一発殴ってやりてぇな」
「だ、ダメですよっ、暴力はっ」

潮咲が慌てた様子で手を左右に振りながら体を俺に寄せてきた。つまり、その、体が結構密着しているような形になってしまっていた。

「ちょ、お前、離れろバカッ」
「ふぇぇ!?」

少し突き飛ばすような形で離れさせた。面白い叫び方をしていたが、それをツッコむほどの余裕は俺には既に無かった。

「……悪い。ていうか、不用意に近づきすぎるなよ」
「あ、え? ……えぇ?」

俺の言っている意味が理解できないようだ。……まあいいか。とにかく、この手紙のことに話しを戻すことにしよう。

「じゃあ、確かめるか。この悩みが、本当かどうか」
「聞きに行くということか?」
「あぁ。それしかないだろ。……だけど一つ問題はある」

俺にとっての問題。それは、2−5には涙がいるということだった。
あいつにこのことがバレれば、必要以上にやってしまう可能性がある。危険極まりない人物が向かう先にはいる。

「よし、いい考えを思いついた。次の休み時間に……実行する」