複雑・ファジー小説

Re: キーセンテンス ( No.39 )
日時: 2011/11/12 22:51
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: ucEvqIip)


俺達は次の休み時間、2−5の教室前へと来ていた。
目標は、この2−5の35番を探し出し、連れ出すこと。それも休憩時間は10分しかないので、それ以内に連れ出し、聞き出さなければならない。それも、2−5には涙がいる。涙の方に出向いたことはこれまでで全く無いといっていいほどの頻度。怪しまれることは間違いない。つまり、その場凌ぎの話題だと、必ず勘付かれるだろう。ああ見えても、涙はかなり勘はいい。少しでも気が緩んだらその時点で終わってしまう。
俺達の実行する作戦は、勿論俺と五十嵐と潮咲の三人で行う。雪ノ木達の協力を要請するという作戦もあったが、時間が10分しか限られていないので、連れ出して色々と話が聞けるのかと言われれば微妙な所だ。
かといって、昼休みや放課後など、時間が有り余る時間帯に行ったとしても、その時には涙と鉢合わせになる可能性があるし、更には35番の人を特定さえも出来ていない状態で、誰が誰だか分からないのに部活動なども入っているのかも不明な状況で捜すのは困難に思えた。それも、涙の目を掻い潜らないといけない。それが難しい。涙は誰か一人でも来ていなければ様子を勘付いて何か様子を見に来ることがある。それが一番恐ろしい。
つまり、行動を移すなら昼休み前のこの休み時間、もしくは次の休み時間しかやる時はなかった。

「上手くいくかどうかは全くの未知数だ。けれど、ベストを尽くしてくれ。いいな?」

俺が五十嵐と潮咲に話しかけると、二人はゆっくりと頷いて返事をした。
まず、やるべきことは35番の子を捜さなければならない。この学校の1年は一クラス40人の定員だったはず。つまり、35番ということは結果的に女子ということになる。女子の中から35番の人物を探せばいいわけだ。
しかし、その特定の仕方が問題だった。涙が勘付かないように35番の人物を探るには、どちらかの扉に涙を引き付け、そして片方の扉から35番の人を連れ出す。それが最も有効な手段だと思えた。
結果的に、涙に話しかける役が一人。連れ出す役が一人。涙の様子を見張る役が一人という配分になる。
話しかけるのは五十嵐ということで決定した。理由は、五十嵐だと他を疑おうとしないという部分があるし、更に嘘がないと思っている。つまり、俺以上には信頼していると見ている。確かに、普段全く出歩かない五十嵐が涙をわざわざ尋ねるのは合理的ではない考え方ではあったが、今回の手紙騒動の云々を適当に話していれば色々と時間は保てるんじゃないかと踏んだ。
そして俺は見張り役。指示は携帯のバイブレーション機能でポケット越しに伝えることにする。バイブレーションが一度震えると、話を長引かせろ。二度震えると、危険。三度震えると、任務完了を意味するように段取りを組んだ。
ただ、バイブレーションの数が増える毎に伝えられる速さが違う。話を長引かせろ、と指令を送ったところで、何か涙に勘付かれるような危険な出来事があれば、二度のバイブレーションを送らなければならない。速いバイブレーションで、一度に2秒ほど時間がかかる。つまり、危険を知らせる為には4秒間必要だった。
結果的に話を長引かせろ、という指示は危険回避の為にあるのだが、果たしてどうなるかは分からない。それほどの機転が利くのかも。今日、悩みの手紙が来て、その今日中に話を聞くということはどれほど難しいことなのかを改めて思い知っていた。
最後に、連れ出す係は潮咲だ。理由は簡単。俺と五十嵐が連れ出したら何か勘違いされそうだし、そもそも相手側が怯えてしまう可能性がある。それだけでもタイムロスだ。潮咲はあの性格だし、何より同じ同性だという所から安心できる面がある。

こうして、俺達は現在、その作戦に実行しようとしている。
教室が見える角の所で、俺達三人は息を潜めていた。周りから見れば、何をしているのか分からない怪しい三人組に見えただろうが、俺達は真剣そのものだった。
作戦内容は、まず俺がクラス内を見渡せる場所へ行き、そこから指示を送ることにする。涙に話しかける隙が出来れば、五十嵐に合図を送って五十嵐が涙を呼び出し、俺とは反対側の扉の方で話をすることになる。この時、少し連れ出せるのならば出来る限り遠くに連れ出して欲しい。だが、わずか10分休憩の間の出来事なので、拒む可能性がある。なので、あまり強要はしないこと。
そして、次に潮咲が潜入する。ここからが難題になるのだが、潮咲が果たして35番の女の子を見つけることが出来るのか、ということだ。
まあ、人に聞いていけば大丈夫だろうとは思うが……何が起こるかも分からない。それに違うクラスに入るわけで、潮咲は転校してきたばかり。名も顔もあまり知られてはいないはずだった。転校生だと騒がられた時はあったのだが、それは自分のクラス内でのこと。他にまで伝染しているかは分からなかった。

「まあ……なんとかなるだろ。……よし! ——ミッション、スタートだ!」

二人が再び頷いたのを確認すると、俺は足早に教室の左側の扉へと向かって行った。
出来るだけ誰にもバレないように、と足音をあまりたてずに行く。残り時間はここに来るまでに2分はかかったので、後残り7分程度だという所だろう。俺はゆっくりと教室内を覗いた。
俺達のいる2−2同様に騒がしい雰囲気が漂っていた。その中、涙の姿を捜すのだが……待て。どうして、どうして涙がいない?
このクラスだったはずだと、俺は何度も考えた。しかし、そこに涙の姿は無い。待てよ、これはどういう——

「あんた、何してんの?」
「うぉぉっ!!」

ビクッ、と体が震えた。後ろから聞こえた声は——まぎれもない、涙のものだった。
振り返ると、呆れた表情をして俺を見つめる涙の姿があった。おい、こいつどこから現れたんだよ。

「お前、どこに——」
「さっきまでお手洗いにいましたけど? 何? 私に何か用でもあんの?」
「い、いや……」
「……何か怪しいな」
「ッ! そ、そんなことないって!」

慌てて俺は涙に返事を返した。嫌な汗が何度も俺の頬を伝う。そしてゆっくりとポケットに手を入れて、携帯のバイブレーションを五十嵐へと送った。危険を意味する、二回のバイブレーションで。

「……何か隠し事してない?」
「してねぇよ! 何だ? 俺のこと信用ならな——」
「ならないわよ」
「即答するなよ!」

腕を組み、怪しむような表情で涙が俺を見つめてきた。ちょっと待て。これは予想していなかった出来事だ。まだ終わって数分も経っていないのに、トイレに行けるのか? いや、もしかしたら俺達のことを見ていて、わざとこんな態度を……?

「何でお前、トイレに?」
「失礼ね! 私は女の子よ? 乙女よ? お手洗いって言いなさいよ!」

妙に煩いな……。とにかく、この状況を打破しなくてはならない。時間は一刻一刻と、時を刻んでいっている。多分だが、既に残り5分程度にはなっているのではないかと思う。かなり無謀な作戦に思えてきた。

「お手洗いはね、授業中に行ったのよ。ま、結果的にトイ……お手洗いじゃなくて、保健室とか行ってたんだけど」
「トイレって言いそうになってんじゃねぇか」
「黙れ! もうちょっと気遣え! この野郎!」
「もう口調が男じゃねぇか……」

そうしている間に、俺は五十嵐達がいるであろう方向へと目を向けた。しかし、そこには五十嵐達はおらず、どこかへ消えてしまっていた。

「何キョロキョロしてんのよ」
「え? し、してねぇけど」
「司。あんた、嘘とんでもなく下手なんだから、やめといた方がいいよ」
「余計なお世話だっ」
「じゃあ、あんたが何しに来たか、当ててみようか?」

涙はそう言うと、考えるように口元へと手を当てて、まるでテレビで見る探偵のような表情で固まった。そして数秒後、涙は口を開いた。

「例の手紙の件で、新しい何かが……例えば、悩み相談の内容とか、その他、学園を楽しくする秘訣とか、方法とかが書かれたものが今日も同じように涼の元に来たとかで……それで、その調査の為にこのクラスに来た、とか?」

こいつ、勘良すぎだろ。大体が当たっていやがった。
俺は何て返答すればいいかも分からずに戸惑っていると、ポケットの中からバイブレーションが伝わってきた。
その回数は——丁度三回だった。つまり、ミッションコンプリートの知らせを意味していた。

「悪いな。全く違う」

俺は眼の前の涙に余裕の表情でそう言うと、さっさとその場を離れて行った。

「……言った通り、嘘が下手糞ねぇ……」

涙は一人、頭を抱え、苦笑しながらポツリとそう呟いた。




教室へ戻ると、五十嵐と潮咲は既に戻って来ていた。俺のやっていたことは意味があったのだろうか、という前に本当にミッションコンプリート出来たのか確かめたかった。

「五十嵐、35番の女の子に話を聞けたのか?」
「いや、聞けなかった」

その言葉は、俺の期待していた回答を簡単に打ち砕いた。平然な顔でそう言った五十嵐を、俺は呆けた顔で見つめてしまったが、すぐ隣にいた潮咲から「違うんです」と声がかかった。

「あの、2−5の35番さんは、お休みしてたんです」
「休み? 今日か?」
「えっと、今日だけに限らず、多分、明日も明後日も、です」
「どういう意味だ?」

俺はわけが分からずに、潮咲と五十嵐の双方の顔を交互に見た。二人とも、どことなく浮かない顔をしていた。

「つまり、2−5の35番の女子は、今現在休学している」
「休学……?」

休学とは、何らかの事情があって学校側の許可を貰い、休んでいること。それらの原因は、ほとんどが病気などで学校に来れない日々がずっと続いているなどが主な事情だったのだ。

そんな人物の悩みである、子猫を探しているとは、一体どういうことなのだろうか。