複雑・ファジー小説
- Re: キーセンテンス ( No.42 )
- 日時: 2011/11/16 00:57
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: ucEvqIip)
穂波 紅葉(ほなみ もみじ)。2−5の35番の女の子。彼女はこの学校を受験してからすぐにアメリカに留学したらしい。何でも祖父が外国人らしく、両親も母親か父親のどちらかが外国人だ。つまり、ハーフで両親が仕事で忙しい中、祖父の元で暮らしていたんだそうだ。
だから、受験して、合格してから外国で暮らすことが突然決まったので休学届けを出した、ということらしい。
しかし、その穂波 紅葉なのだが、
「帰って来てる?」
「あぁ。どうやら、来週辺りから学校に通うそうだ」
五十嵐がとりあえず掻き集めた情報を俺の眼の前でそう告げた。
騒がしい教室の中、どうにも俺の中で腑に落ちない部分があった。それが回りの騒々しさを聞こえないようにさせていた。
「その穂波 紅葉が、何で子猫を探してるんだよ」
「そこまでは分からない。表面の部分しか調べることが出来なかった」
休学している生徒への配慮が存分にあるらしく、休学した目的と理由ぐらいと、もうそろそろ帰って来るという情報は五十嵐だから漏らした情報だろう。まあ、職員室に行ってそれだけ分かれば上出来だろうな。
「うーん……」
「随分考えてるみたいだな、潮咲。何か分かりそうか?」
「そうですねぇ……私は……」
潮咲が首を傾げて、心の中の疑問を打ち広げようとしたかに見えたその一瞬だったが、
「全く分かりません」
「……そうか」
笑顔で全く分かりません、と言われても困る。潮咲はそういえばこんな奴だったと俺は諦めて嘆息した。
「とりあえず……この件は無理だろ。不可能だ」
「え? 諦めちゃうんですか?」
「いや、まず穂波 紅葉に会った事がないし、そもそもこの学校にいな……い……よな?」
落ち着いて考えてみればそうだ。普通に穂波 紅葉がこの学校におらずにこの件は不可能だと思っているだけだった。
そう、不可能なんだ。子猫を探す、という単純そうな依頼でも、この学校にはいなかったし、そもそも存在自体も分からなかったんだ。
それなのに——どうして手紙の送り主は、子猫を探しているやらの内容を送りつけることが出来る?
この学校には手紙の送り主はいない? いや、それだと五十嵐の机に手紙を入れることは出来ない。じゃあ、どうやって?
それはつまり、この学校にいる生徒の誰かを使って入れている。そうとしか考えれない。
教師に問い合わせても表面上のことしか教えてもらえないのに、何故手紙の送り主は……。もしかすると、手紙の送り主はこの穂波 紅葉と知り合いなのかもしれない。帰りを待っていたのかもしれない。けれど、それなら何故自分でその悩みを解決しないのか。出来ない状態にあるのか、それとも……。
「暮凪君ッ!」
「うぉっ! いきなり、何だよ」
「凄くボーッとしててですね、難しい顔してまして、私が声をかけても全然返事を返してくれなかったので……」
「あぁ……悪い」
深くは考えないでおこう。潮咲に声をかけられなかったら、ずっと考えてたのかもしれない。いや、まあ、そんなことはないんだけど。
「暮凪君が言った通り、ダメみたいなんでしょうか……」
落ち込んだ顔で潮咲が呟いた。
何に対しても積極的に、一生懸命に取り組むこいつにとっては悲しいことなのかもしれないけどな。今回は残念ながら意味不明すぎる。それよりも、解決させようとしていない。いや、それ以前に本当にただの悪戯なのかもしれない。この学校にいない、生徒を使って。
今日は五十嵐の机に例の手紙は届いていなかった。毎日届くわけでもないらしい。毎日だと、届ける方もしんどいってか?
昼飯時が訪れ、俺は五十嵐を誘おうとしたのだが、今日は食堂で食べるらしく、一人で食堂に向かって行った。
久しぶりに一人になった俺は、家に買い溜めておいたラスクがいくつか入った袋をぶら下げ、どこか食べる場所はないかと探すことにした。
部室で食べるのはいいのだが、何だか涙に先ほどの怪しい行動を勘付かれたくはないので止めておいた。さて、どこで食べようか。
そうして悩みながら校内を歩きまわっていると、いつしか屋上へと続く廊下に来ていた。毎度のように屋上で食べていたから、その習慣が身に付いてしまっているのだろうか。
「うん……?」
少し屋上の方へ目を向けると、立ち入り禁止の紙が貼ってある扉があり、そしてその上の方には人が入れそうなぐらいの窓があった。それが少し開いており、更には机がその下に置いてあった。
これは紛れも無く、誰かが入った跡だった。
特にすることも無く、ラスクをただ齧る為の場所を探してだけの俺は、妙に興味心が湧き、屋上へと行くことにした。
扉を抜けて、少し広がった踊り場に出ると、また一つ扉がある。そこを抜けたら屋上だったはずだ。
机を倒さないように丁寧に乗り、少し開いた窓を全開にする。
「よっ、と」
力を込めて、体を浮かせる。思った以上に軽々とその窓を抜けることが出来た。上手く出来たもので、抜けた後、その真下にはクッションが敷かれていた。
「用意周到なこった……」
呆れた風に俺は呟くと、そのまま踊り場へと出た。
大きな扉が見え、そこを抜ければ屋上。だがしかし、そこには南京錠が鎖と一緒に繋がれており、到底腕の力では開けることが出来ないようだった。かといって、他に抜けるための場所もないように思える。
(けど、ここで終わりのはず、ねぇよなぁ……)
周りをよく確かめる。すると、不自然に長い棒のようなものがあった。その先端部分には、フックが付いている。何かを引っ掛けるのに使えそうだった。
明らかに場所的に言えば隠しているとしか思えないので、このどこかにこれを使うものがあるはず。よく周りを観察してみると、
「……なんだ、あれ」
壊れてしまってもう動かない換気扇のプロペラ近くに長くて、何かが見えた。それをゆっくりと、慎重に取る。
フックで引っ掛けて、そこから落ちてきたのは、ポーチのようなものだった。中を開けてみると、針金のようなものがいくつか出てきた。その他、ドライバーやら何やらが沢山。
「これで南京錠をどうにかしろって……ことか?」
とりあえず、針金を取り出して南京錠へと差し込み、いじってみた。
カチャ、カチャ、と音がして、暫くそうやって粘っていると、カチャンと鍵が外れた音がした。
「意外と開くもんだなぁ……」
映画やドラマなどでは見ていたりしたことがあるが、やってみると意外に自分でも出来た。南京錠を取り外し、鎖を取って屋上へと続く扉を開いた。
開いた瞬間、一気に風が舞い込み、開放感が凄かった。屋上って、こんなに気持ちの良い場所だったかと思うほど、俺はこの感覚を忘れていた。
踏み出して、屋上へと立つと、より一層風を感じる爽快感に包まれた。
「っと……あれ? 誰もいないか……」
辺りを見回しても、タンクの後ろ側や、タンクの上を見たりもしたが、全く人の気配は無かった。明らかにあれらの用意はここに入る為に誰かが用意したものだろう。クッションもわざわざ用いたってことは、男子ではないのかもしれない。
「……まぁいいか」
気にしないことにして、俺は青空の下でラスクを食べることにした。食べ盛りの男がこんなラスク如きで満腹感を得られるわけがないのだが、それでも食わないよりはマシだろう。ゆっくりとラスクを口に運ぼうとしたその時だった。
「あーッ! 侵入者ーッ!」
後ろから甲高い声が俺の耳へと届いた。振り返ると、そこにいたのはショートヘアーの髪型で、ヘアピンをした桃色の髪の女の子だった。
「勝手に人が用意した装備に手を出しやがってー! RPGの世界とか、そんな上手くいかないんだぞっ! 人の苦労も知らないで、こんな気持ちの良い青空の下で何を呑気にラスクを……あーっ! ラスク! 食べたい食べたい!」
青い髪をした女は走って俺の元まで来ると、素早い手の動きでラスクを俺の手から取り上げた。
「ちょっ——」
「うん、美味い! でも、私の持ってるラスクのが美味い!」
バリボリ、とよく噛み締める音をその小さな桜色をした唇の中から鳴らしつつ、またラスクを食べようとしたので、俺はラスクの入った袋をその魔の手から遠ざけた。
「ぶー、ケチー!」
「これは俺の昼飯だ。ケチもクソもねぇよ」
「えー! これ昼飯!? あっはははは! 見た目結構図体いいのに、ラスクだけが昼飯って、何それ何それ!」
ハイテンションで、目を細めながらキャーキャー言うこの女は一体何だと思いながらも、先ほどの数々の用意はこいつがしたのか、と半ばアホらしくラスクを齧った。
「ていうか、君凄いねー! この私が仕組んだスーパーウルトラミラクルハイパーメガギガロイヤル……まぁ、とにかく。仕組んだ凄い仕掛けを暴くだなんてー」
「だんだん話していくたびに棒読みで言う奴から言われても何とも思わねぇよ……」
「褒めてるんですよー? この美優様が認めてるんだよ! これは素直に受け取っておかないと! 勿体無くて死んじゃうよ!?」
「そうかい……」
胸を張って、えばっているこの美優という名前の女は手には弁当箱を持っていた。それも何故だか弁当が3つほどある。
「何でそんなに弁当が……」
「あぁ、これ? えとえと、試食してちょーだい! ってな感じで頼まれちゃってたりするのよ!」
「へぇ……誰に?」
「先輩にかな! 私、これでも薔薇の一年生ってな感じだからね! あっはははは!」
その瞬間、ラスクを噴出しそうになった。よく見てみれば、学年別にしてある色が一年生のものだった。
「お前、一年生だったのか」
「え? ……あぁー! え? え? 先輩だったりするんですか! タメ口ごめんあそばせぇー!」
「全然治ってない気がするけどな」
「いやいや! そんなことないですよぉっ? へっへっへ、親分、ラスク食べます?」
「今食ってるからいらねぇよ。ていうか、親分言うな」
どうしてこうもハイテンションなのか意味不明だったが、何だか自然と普通に話せるようになっていた。これでも後輩なのか、と思うと何ともいえない感じになる。
「お前、名前は?」
「人に名前を聞く時はですね、まず自分からというのが基本ですぜ! 兄貴!」
「兄貴じゃねぇ。……俺は暮凪 司。お前は?」
「んん、よくぞ聞いてくれましたねッ! 私の名前はルパン——」
「普通に本名言えよ」
「むぅ……暮凪さんは冗談が通用しないですねぇっ。まあいいですー。えっとですね、私は三河 美優(みかわ みゆ)っていいますっ。はい、どやぁぁっ!」
妙にハイテンションな三河は俺に指を突きつけてそう言った。
そういえば、三河は何だかどこかで見たことのあるような顔だったが、特に思い出せずに、俺は考えるのを止めた。三河 美優。何だかこの名前も聞いたことがある。けれども思い出せない。
吹き抜ける風が、屋上の二人へと吹き荒れた。