複雑・ファジー小説

Re: キーセンテンス テスト終わり、更新再開しましたっ。 ( No.46 )
日時: 2011/12/19 21:40
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: FMKR4.uV)

「えっと、どこかで……?」

俺はおそるおそる、その少女に向けて言葉を交わした。
巫女服姿の少女は、遠慮がちというか、少し緊張したような面持ちで俺の目を見つめていた。その深い黒色をした綺麗な瞳は、凄く純粋というか、真っ直ぐと自分の気持ちを貫き通しているような、そんな雰囲気が醸し出されているかに見えた。

「あの、以前、桐野おばちゃんと……あ、えっと、妊婦さんと私がいて、そこを貴方が助けてくれて……」
「俺が……?」

ぼんやりと巫女服姿の少女を見つめた。髪飾りに、リボンでカチューシャのように付けている巫女服の……。そして、妊婦……?

「あ……あぁっ! あの時の!」

俺は思わず思い出した途端、声をあげてしまっていた。その様子を見て、この眼の前にいる少女は安堵のため息を吐いた。

「あの時は、ありがとうございました」
「いや、当たり前のことをしただけだから」

そう答えると、少女は箒を何故か胸の前で両手に力を込めてギュッと握り締めると、少し悲しげな眼をした。それが一体何を示していたのか、俺には全く検討もつかずにいたが、すぐさまその表情は無くなり、少女は曖昧な笑顔を零した。

「えっと、前にお名前、お聞き出来なかったので……今聞いても大丈夫ですか?」
「え? ……あ、あぁ。えっと、俺は暮凪 司」
「暮凪……司……?」

どこか心当たりがありそうな感じで眉をしかめた少女だったが、すぐさま我に帰ったかのようにハッとした表情になる。

「す、すみません。名前、聞いたことがあるような気がして……」
「俺の名前を?」
「えぇ……。いや、きっと気のせいですから。気にしないでください」

少し躊躇いがちに、微妙な笑みを残しながら少女は言った。
以前も思ったが、巫女服だからなのかスタイルが良く見える為、少し童顔な顔立ち以上のスタイルに見える。

「あ、えっと、私は嘉島 琴乃(かしま ことの)です」

まるで思い出したかのようにして少女、琴乃は自分の名前を告げた。それに順応するかのようにして、風が少し吹き荒れた。曇り空も見え始め、にわかに雨が降ってきそうな雰囲気が辺りから感じられていた。

「一雨、降りそうですね」
「そうだな……早く帰らないとな」

両手の平を上にして、雨がまだ降っていないか確かめる俺を見て、琴乃がごく自然に、

「家、どちらなんですか?」

という質問をしてきた。別に嘘を吐く必要もないし、適当に答えようと思った俺は、大巫女橋の奥側へと指を差した。

「大巫女橋を超えた先の住宅街。何もない所だよ」
「大巫女橋を超えた先って……今からそこまで帰っていたら雨で濡れちゃいますよ」
「いや、まだ雨降ってないし……多分間に合うんじゃ——」

と、俺は多少苦笑いをしながら言おうとした言葉は、ポツリとたった一粒の雨だけで掻き消されてしまった。

「私の天気予報は当たるんです」

琴乃はそう言って笑顔を俺に見せた。




結局、その後雨は降ってきてしまい、仕方なく神社へと招かれることになった。
神社で雨宿りなんて、いつぶりだろう。小さい頃に、一度か二度はした記憶があるが、果たしていつ以来なのか、いつ雨宿りをしたのかなどの記憶は覚えていない。
ただ、あの時。あの時、俺の横に"誰か"がいたような気がする。ただ、それだけは確信している出来事だった。

「あの、暮凪さん?」
「え? ……何?」
「いえ、先ほどから呼びかけていたんですけど、一向に返事がなかっったから……」
「あぁ、悪い。少し思い出してた」

神社というか、寺が鳥居の奥には陣取っていた。その寺、本堂の玄関辺りでタオルを渡された俺は、それを受け取りながら返答していた。

「何か思い出でも?」
「まあ……そんなとこかな。小さい頃、どこかの神社かでこうして雨宿りをした気がするんだ。それがいつのことだったかは全く覚えてないんだけど」

笑えるよな、と付け足して俺は苦笑した。それはきっと、まだ日常が普通に幸せだと味わえていた日。その淡い記憶は、きっと淡く儚く終わるだけなのだろうと俺は思っていた。
思い出は思い出。そういう分別を、まるで小さい頃からされていたかのように——。

「その神社って、もしかして此処ですか?」
「それも分からない。曖昧にしかないんだ。此処は行ったことがあるなーとか。その全てに多分が付くから、本当によく分かんないんだよなー……」

どれも曖昧な記憶で、まるで俺の人生は夢のように一瞬で消えるほどの薄いものなんじゃないのだろうか、というような感覚がして、変に怖くなってしまう。何もかも、分からないような気がした。

「……きっと見つかりますよ」
「え?」

琴乃が突然、ボソリと呟くようにして何かを言った。その言葉を、俺は上手く聞き取れずに、もう一度言ってくれと頼んだのだが、琴乃はそれを相変わらずの微妙な笑みでスルーすると、少し濡れた髪からリボンを素早く抜き取った。
シュルリ、という音が雨音と共にすぐ傍から聞こえた。その時、ふわりと肩までしかないショートヘアが優しく揺れた。その一瞬、突然の無音が周りを鎮めさせた。雨音が聞こえるはずなのに、全く聞こえなかった。どうしてか、その一瞬だけ。時が止まったような気がした。
だが、そんな不思議な時間も本当に一瞬だけで、すぐに雨音が鳴り始める。それも、先ほどより強く降っていないかというぐらいに。

「貴方は、貴方ですから」

突然、琴乃が呟いた言葉は、よく分からないものだった。けれど、これに似たような言葉を、俺はどこかで聞いているような気がした。それは一体どこだったのか。それとも、ただの思い違いなのだろうか……。

「なぁ、嘉島。俺とお前、どこかで——」

俺が琴乃へと話しかけようとしたその時、後方で何かが光り、次に激しい落雷の音が聞こえてきた。
ゴロゴロゴロ、と唸るようにしてあちこちで雷の様子が見える。何段もの石段を登った所にこの神社はある為、周りの様子が一面に見ることが出来る。
神社から見るその風景は曇り空一色だった。辺りは雨が先ほどの小雨が嘘みたいにザーザーと音を鳴らして地面へと叩き付けられていた。その雨のせいなのか、曇り空のせいなのか、辺りは霧のように遠くが見えなくなってしまっていた。

「これじゃあ止みそうにないな……」

頭を掻くと、俺は困ったように呟いていた。実際、此処に来たのは雨宿りという名目の元でだ。それに、俺がこっちに来たのだって当初の目的が……当初の、目的?

「あ……そうだ! 嘉島。此処の辺りに住んでいる、北条って奴知らないか?」
「北条?」

突然の質問に少し困惑したような顔をした琴乃は、言葉ではなくて頷いて返事をした俺を見ると、すぐに考える仕草をとった。

「うーん……聞いたことが、ないかもしれません」
「え?」

まさかの回答に俺は素っ頓狂な声を出してしまっていた。聞いたことがないって、どういうことなのだろうか。

「私は、この神社の近くというか、裏側にある家で暮らしています。此処の神主……えぇっと、叔父にあたるんですが、もうずっと一緒に暮らしてます。ですけど、そんな苗字の人は心当たりが……」

北条の暮らしている場所はこの付近だと聞いたことがあった。けれど、それはもしかして嘘なのだろうか?
いや、そもそもこの情報は誰から聞いた? 俺が他人から北条の家を聞くことなんて今まであるか? ——いや、それはない。
だとすると……考えられるのは、

「北条が……嘘を吐いた?」

そうとしか考えられなかった。少し青ざめた顔をしていたのか、俺の顔を覗き込むようにして琴乃が「大丈夫ですか?」と聞いてきてくれていた。

「考え事をしてただけだから、大丈夫だ」

俺がそういうと、琴乃はクスクスと口元を押さえて笑い声を噛み締めるような仕草をとった。

「……何かおかしかったか?」
「あ、いえ。ただ……何事も考えてから行動する人なのかなって。見た目からして、そんな風には見えないというか、前の桐野おばちゃんの一件でもそう。まず行動って感じがしたのに」
「あぁ……あの時は、すぐに動かないといけないって、体が反応したんじゃないか? そんなもんだろ、人間って」

俺がそう言うと、何故か琴乃は先ほどの笑顔がふっと消え、再びいつか見た寂しい眼をすると、またすぐに普通へと戻った。

「……あ、そうそう。あの、前のお礼がしたくて声をかけたんですが……」
「お礼なんて貰うほどのことはしてないし……嘉島と妊婦さんはどういう関係なんだ?」
「私の叔母にあたります。ですから、桐野家に暮らしていることになります」

あれが叔母にあたるのか。30代の叔母はとても若く見えたし……じゃああの病院に来てお礼を言ってくれたあの男の人は、琴乃の叔母に当たるわけか。

「えっと、その北条さんって人を探しているんですよね?」
「探しているというか、家をな。本人から場所を聞いたと思うんだけど……」
「あの、叔母は教師をやっていたり、この街に住む人をよく知っていますから、何か心当たりがあるかもしれません」
「この街に? 何年ぐらい前から……?」
「えぇっと、今年で38歳に叔母はなるので……13年前からですね。育児休暇で今はお休み中ですけど」

つまり25歳から教師としてやってきたということか。それからずっとこの街にいるっていうのは、余程この街に縁があるのだろうか。もう俺が覚えのある思い出の先生はどこかの都会にある学校かどこかへ飛ばされてしまったが。
となると、俺の今の歳が17になるわけで……13年前ということは、俺が4歳の頃から教師ってことだろうか?
この街限定で転勤を繰り返しているとなると、俺のこととかも覚えているのかもしれない。そうすると、そうなると——。

「会わせてくれないか?」
「え?」

俺の急な決断に驚いた顔をすることもなく、ただ生返事を返した琴乃だったが、それすらもお構い無く、俺は言った。


「俺に関係がある、大事なことを知っている人かもしれない」


いつの間にか、北条の家を聞くという内容は欠落し、自分の大事な、"無くなったであろう記憶"の手がかりがあるかもしれなかった。
——俺の、妹との記憶が。