複雑・ファジー小説
- Re: キーセンテンス ( No.48 )
- 日時: 2011/12/22 18:59
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: FMKR4.uV)
幼い記憶の中に、閉じ込めてあるかのような少女の姿。
その姿は、薄っすらとしか覚えてなくて、見覚えどころか、確認さえも出来ない。
ただ、少女はいつも笑っていた。俺に、微笑みかけていてくれた。その笑顔は、何もかもを包み込むような、そんな優しい笑顔だった。
海……? だろうか。砂浜に、俺とその少女がいる。少女はワンピースを着ていて、麦わら帽子を被っていた。顔は見えないけれど、どうしてだか服装はハッキリと覚えていた。
それは真夏のことだった。照りつける太陽が燦々と砂浜の砂や、海の青々とした水を反射し、どれもこれもが綺麗に光って見えた。
しかし、それよりも綺麗だと思ったのは、この眼の前にいる少女だった。少女は、何よりも輝いて見えた。海よりも、砂浜よりも、青空よりも、この世界よりも。
「ありがとう」
「——え?」
ハッキリと、少女の声が聞こえ、俺は思わず呆けた顔で見つめてしまった。
今までノイズだらけだった記憶の断片は、このたった一言だけは何故か伝わった。これは、どういうことなのだろう。
ありがとう。この意味に隠された、この言葉の中にある、全てはどこにあるのだろう。
何故だかこの言葉は、とても重要な気がして、信じられないほどに俺の考えを奪い去っていってしまった——。
愛しい貴方は、そっと私の手を取ると、ゆっくりと抱き締めてくれた。
でも、その貴方の体に暖かさは無く、まるで死人のように、雪のようにとても冷たくて、冷たくて、私の体温さえも奪ってしまうぐらいの、そんなとても悲しい冷たさだった。
「貴方は、どうして此処にいるの?」
——わからない。
そうやって貴方は答えた。言葉という音はなかった。ただ、心に直接語りかけてくるような、そんな感覚が私の脳内を駆け巡る。
言葉は、確かに聞こえた。音にしなくても、私には聞こえる。貴方の、大事な言葉は。
「私は、人間。でも、貴方は?」
——僕は、
……と、言葉が途切れた。貴方はそれから全く話してくれない。どうしたのだろうと、心配になって貴方の体に触れようとしたその時、
——僕は、何物でもないよ。
貴方はゆっくりとそう答えた。その言葉の意味は、いまいちよく分からなかったけれど、彼なりにそれが答えなのだろう。それが、彼なりの導いた世界なのだろう。
「私は——」
雪が積もっていく。だんだんと雪は世界を覆いつくしていく。きっと、このまま世界は雪で埋もれてしまうんだ。だから、私は死んでしまう。そして、貴方は生きる。例えもし、貴方が死んだとしても、私は生きていくのだろう。
そうして世界は、きっと私達を別れさせる。一人にさせる。何故なら此処は、一人ぼっちの世界だから。
「……行こう?」
貴方はゆっくりと頷いて、私が差し出した手を握り締めた。
冷たい。けれど、これが貴方のいる証。それでしか、この世界はないのだから。
貴方は黙って、私の傍に居てくれる。私は、そんな貴方が好きだった。愛していた。
少なくとも、この一人ぼっちの世界で——誰よりも。
——【第一章】END