複雑・ファジー小説
- Re: キーセンテンス 第一章完結しましたっ。 ( No.49 )
- 日時: 2012/01/02 03:59
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: FMKR4.uV)
- 参照: >>21の雪ノ木目線のお話です。
番外編【雪ノ木 若葉の日常】
ジリリリリ、と甲高い目覚まし時計の音が部屋いっぱいに鳴り響くことから朝は始まります。
けれど私、雪ノ木 若葉はこんなことでは起きれないのです。
いい天気だということをカーテンの隙間から照らしてくる日差しが燦々と教えてくれており、それに伴うかのように鳴り止むことのない目覚まし時計の音。少し経ってからもう一つ用意してあった目覚まし時計も重なり、これで合計二つの目覚まし時計が部屋の中を鳴り響くことになってしまうのです。けれど、これはいつものことで、二つの目覚ましが鳴り始めても、私は起きれないのです。
「おいっ、ねーちゃん!」
すると、扉の向こう側から弟の迅の怒鳴り声が聞こえました。これもいつものことで、毎朝しっかりと起きる迅は、いつも寝ぼすけの私を起こしてくれるのです。
「いい加減に目覚ましも止めろよ! おい、ねーちゃん!」
「う、うぅん……待ってぇ、後一個だけぇ……」
私の頭の中はまだ真っ白で、この日は確かドーナツをいっぱい食べてる夢だったと思います。
実は、私の特技は意外性満載で、なんと! すぐに忘れちゃいがちな夢を記憶することが出来るのです。
多分この特技で、ビックリ人間ショーとか出れちゃうんじゃないかと、オファーが来る日を今か今かと待ち望んだりしています。
「だぁぁっ! ねーちゃん!」
遂に我慢しきれなかったのか、ドアをまるで特殊部隊が突入するかのような乱暴な開け方で部屋の中へと迅が入ってきました。
これもいつものことで、私は直接迅に起こされないと多分、起きることはまずないかと思われちゃいます!
「うぅん……もう少しだけぇー……」
「ダメだ姉ちゃん! あのさ! もう学校遅れるから! マジで、毎日毎日これは俺も体力的にもキツいっていうか——って寝るなぁぁっ!!」
私が夢の世界へもう一度戻ることが分かってしまっているのか、迅は私を寝かすまいと耳元で大きな声をあげてくるのです。本当、いつか鼓膜破けちゃうよ〜。
「ふええっ! そ、そんな大声出さないでよ〜」
「姉ちゃんがいつまで経っても起きねぇからだろうが! ほら、早く仕度しねぇと、マジでヤバいぞ!?」
迅にたたき起こされるような感じで、私はベッドから飛び起きます。まだ眠い目を擦り、涙を出ちゃったこともしばしば……。
「うぅ〜……眠いよぉ〜……」
「姉ちゃん、昨日何時に寝たんだよ」
「えーと……夜の10時?」
「今時の高校生でその時間帯に寝る子の方が珍しい……というか、それだけ寝て何でそんな朝弱いんだよ……」
「きっと私、高血圧なんだよ〜」
「いや、低血圧の間違いだから。ほら、冗談言ってないで行くぞッ!」
ぐっ、と私のお気に入りのピンクが基調の白ウサギさんがいっぱい書いてあるパジャマの袖を引っ張り、迅は半強制的に私をリビングに下りさせようとしていた。
「わわわ、待ってよ〜!」
これが私の日常の始まりです。
お母さんとお父さんは仕事の都合で今は家にはいません。でもでも、弟の迅がとってもとってもしっかり者で、私の世話をいっぱいしてくれます! ……でもでも、たまには私もするんだよ?
チンッ、という音と共にトースターから食パンが飛び出した。その間に迅はフライパンで目玉焼きを作っていて、私の好きなココアとかもちゃんと用意してくれていた。
「ほら、それ早く食べて、歯とか磨いて、ちゃんと自分の用意してから学校行けよな」
「はーい。えへへ。迅、ありがとー」
「はっ!? い、今始まったことじゃねぇだろ! ほ、ほらっ! 早く食べちまえよっ!」
妙に大きな声を出して、見る見る内に顔が赤くなっていく迅。私がお礼を言うと、迅はいつもこんな風に照れるのです! 自慢の弟です! とっても可愛いです!
私の一口は小さくて、少食だということも迅は知っていて、わざわざ食パンをハーフサイズにしてくれている。私はそれをちまちまと両手で持ちながら食べていきます。たまに、その隣に置いてある暖かくて、とっても甘いココアを飲んだりしながら。
「ごちそーさんっと」
迅は私より断然食べるのが早くて、さっすが男の子って感じがします!
自分の食べた食器を片付けると、早々に仕度を始めます。まだ中学3年生の弟は、今年で受験ということにもなります。とっても頑張り屋な迅は、私よりもうんと偉くて、とっても偉い高校に行くと思ってます!
ものの10〜15分もすれば迅はもう用意を完了させます。私はもっと30分とか40分とかかかっちゃうので、迅の用意の速さを伝授してもらいたいぐらいです!
「それじゃ、俺行くから。あー……戸締りとか、ちゃんと出来る?」
「で、出来るよー! 私、高校生だよ?」
「いやいや、そんなこと言って、一週間前ぐらいに鍵開けっ放しで家出なかったっけ?」
「そ、そんな前のことは忘れたもん!」
確かに私の記憶の中にも、戸締りし忘れた記憶がありました。でも、この歳にもなって恥ずかしいし、そんなことは絶対絶対言えません!
「……ふふっ」
「な、何で笑うの?」
「いや、別に」
「気になるよぉ〜!」
「あー分かった分かった。ほらほら、早く食べないと、マジでヤバいんじゃねぇの?」
迅に言われ、時計を見ると……本当に本当に遅刻しそうな時刻でした。
「うわわぁっ! 急がないと〜!」
「はははっ! じゃ、姉ちゃん、戸締りだけしっかり頼むな」
「わ、分かってるってばー!」
そう言い放つと、迅はいってきます、と声を漏らして玄関から出て行きました。ポツン、と私は一人残されたわけですが、本当に急がないといけない時刻です。いつもよりも急ぐように頑張ってパンを食べました。
「ふぅ……ふぅ……はぁー……」
息を何度も吸ったり吐いたりを繰り返し、私はやっと一息吐きました。
家にある時計、今思ったら少し早かった時計で……つまり、結果的に急いだ私はいつもよりも少し遅いぐらいの時間で学校に来ていました。
今日はいつもよりも起きるのが遅かったかな……。そんなことを思いながら、私は校庭を歩いていました。と、その時目の前に見覚えのある人を見つけたのです。その人は——暮凪君でした。
なんだかボーッとした顔をしていて、どこか寂しそうな目でした。何があったんだろう、と私は思い、頑張って声をかけることにしました。
けれど、臆病な私にとっては暮凪君はとっても憧れの人で……"あの日以来"私は暮凪君を知らず知らずの内に目で追いかけていたのです。
頑張って、前に踏み出してみよう。何故だかその時は、私に勇気が芽生えたような気がしました。
息を吐いて……吸って、
「あ、あああ、あのっ!」
声が、出ました。私にとっては、とっても進歩でした! 感動しすぎて泣いちゃうぐらいです。
そんな興奮を一人、胸の中でドキドキさせていたのですが——暮凪君はこっちを振り向こうとした素振りはあったのですが、どうにも気付いてくれません。
(あ、あれ? ……聞こえ、なかったのかな?)
声が小さいものだと思い、私は声をもう少し張り上げて言ってみました。
「あ、あのっ! 暮凪君っ!」
私は再び声をかけてみました。次はさすがに振り向いてくれるだろうと私は思っていたのですが……暮凪君はなおも振り向いてくれません。
(もしかして、無視されてる……?)
そう思った私は、急に悲しくなり「……ぅう」と唸り声をあげてしまいました。唸り声、というより私にとってはとっても悲しくて、今にも泣きそうな声でした。
実際、私は少し泣いてました。だって、暮凪君に嫌われたと思ったのです。何でだろう、と考えている内に、急にその場にいるのが辛くなって、それで——無我夢中に駆け出したのです。
その時、私は目を瞑っており、目の前は何も見えない状態でした。突き進んでいくと、何かに当たるような感触と共に「って……!」という声が聞こえました。
何がどうなったのか分からないまま、私はとにかく今思ったことを言おうと思いました。私は昔から、悲しかったりするとそうして現実逃避をするようになる癖があったのです。
「暮凪君のバカァッ!」
「えぇっ!?」
私が叫ぶと、誰かが返事をしたように驚いた声が返ってきました。そういえば、なんだか少し、暖かいような気もしますが、そんなことよりも凄く走り去りたい気分で、とにかく前のめりになっていました。
そうしていると、突然暮凪君の声が聞こえてきたのです。
「何見てんだよっ! 見世物じゃねぇんだぞっ!」
見世物じゃないって、今どういう状況っていうより、私が怒られてるっ!? 暮凪君をずっと見ていたから……かな。
そう思っていくと、ますます何だか変な感じになって、首を左右に振っていると、
「大丈夫か? 雪ノ木」
「へ……? あれ? 暮凪君?」
いつもの暮凪君の声が聞こえ、私はゆっくりと目を開けました。すると、とっても近くに暮凪君の顔がありました。
これはもしかして夢なのかな? と、そう思っていた私は、暮凪君に確かめるように聞きました。
「な、何だか、暮凪君の顔がとっても近いような気が……」
そう言うと、暮凪君は若干困ったような顔をして、私を見ると、
「そうだな。とりあえず……そろそろ離れられるか?」
「へ?」
その時、初めて私の状況が分かりました。
ゆっくりと、今私の置かれている状況を確認していくと……あれ? 暮凪君が近くで……私が傍にいて……こんだけ密着してて……あれ?
「わ、わわぁっ!! な、何でっ! きゃああっ!!」
暮凪君が近すぎて、とっても心臓がバクバクしました! 私にとって、死にそうな体験ナンバーワンはこれかもしれないというほど驚いたのです。
「ちょ、落ち着け! 雪ノ木!」
落ち着けというものの、私はただただこの状況自体が信じられない出来事なので、興奮は止まらず、とりあえず落ち着きたいこともあって、その、えっと、もう、何だかわけが分からなくなっちゃったのです!
私はその場で暮凪君を突き飛ばすような形で押すと、校舎の中へと走って行ってしまいました。
それから昼まで、私はずっと心臓がドキドキしていました。朝のことをボーっとしていた思い出すのです。暮凪君の顔が間近にあって……。
「どーしたの、若葉。顔、すっごく赤いよ?」
「へ!? そ、そうかな! あは、あははは……」
友達に話しかけられても、この赤い顔は止まらず、私はずっとほとんど一日中これで過ごしました。
そして昼時。いつものように屋上で食べるのですが、暮凪君と顔を合わせるのがこの時とっても恥ずかしかったです。
まず謝ろう。そう思って私は屋上で涙ちゃんと真希ちゃんと共に待っていました。
そして、暮凪君がやってきて、私はお詫びの言葉を頑張って言いました。途中、かんじゃったりしたけど。多分、暮凪君を突き飛ばしたりしたから、怒るんだろうなって私は思ってました。それよりも、嫌われちゃってるのかもしれない。そんなことを思いながら、私は泣きそうでした。けれど——
「俺が悪かったんだ。あれ、わざとしてたから。だから俺の方が謝らないといけないからさ。ごめんな」
わざと? わざとって、あの抱きついたこと? もしかして、私が来たのをわざと抱き締めてくれたってこと……なのかな? そうなのかな?
そう思うと、私は何だか体が硬直し、だんだんと顔が熱くなっていくのを感じました。これは恥ずかしいというより、とっても嬉しかったのです。
「いいい、いえぇっ!! 暮凪君は、わ、悪くないんですっ! 私、私が、何か、そのぉ……だ、抱きついて……う、うぅ……しまいましたから……そのぉ……」
慌てた私は何を言っているのか分からないほどテンパってしまって、もうわけが分からない状態でした……。我ながら、とっても情けなかったですが、その時は頭が本当にパンク状態で、何を話せばいいかも分からなかったのです。
でも、暮凪君は言いました。
「ありがとな」
「へ……?」
その言葉の意味が、よく分からなかったです。何で私がお礼を言われているのか、全然分かりませんでしたが……何故だか、ほんのりと優しい気分になれました。
お礼を言うのを私の方、と言いたい所だったけれど、それを言うともっと恥ずかしいことになるので、言いませんでした。
「さ、食おうぜ」
暮凪君は、いつもの無邪気な笑顔でそう言いました。
「ただいま〜」
「おう、お帰り姉ちゃん」
「えへへ、ただいま」
私が笑顔で帰宅すると、迅も何だか嬉しそうな顔でエプロンをつけ、お玉を持ちながら、
「お、何? 姉ちゃん、何か今日いいことあったの?」
「うーん? んー……内緒っ」
私は唇の前で小さく人差し指を添えて、迅に向けてウインクをして誤魔化しました。
私の日常。これといって何も無い日常だけれど、こんなにも幸せな気分になれる。私は、今がとっても大好きです。ずっとこんな素敵な世界で、素敵な人達と、素敵な日常を送りたいと思っています!
〜END〜