複雑・ファジー小説
- Re: キーセンテンス ( No.5 )
- 日時: 2011/07/02 10:01
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
「ありがとうって、どんな意味?」
突然聞かれた疑問に俺は戸惑ったのを覚えている。それはそう、あの女の子に聞かれたんだった。
深く、一つ一つの言葉の意味なんて考えたことはなかった。それは昔も今も同じように並立してそうだろう。そして、未来も。
ありがとうの意味なんていわれても、それは単純に感謝の意味じゃないのかと答えてみた。
「ううん。違う」
何を知っているというのだろう。この不思議な女の子は。
崖の上で揺れる木の葉と共に、手作りのブランコに乗っていた女の子は揺られながらポツリ、と笑顔を残した。
「う……」
どうやら俺は気を失っていたみたいだ。おかげで"消えかけているはずの過去"を見てしまった。
本当に過去にあったことなのかは分からないが、自分が幼少期の時代に会っているみたいだった。それは、目線が彼女と同じ目線の位置に存在したから。
だからといって女の子の話し相手をしている男の子が俺と限られたわけでもない。誰か、別の男の子に俺が乗り移ってるだけかもしれない。
でも、そうだとしたら、何故俺はそんな夢を見るのだろう。そしてそれは、本当に夢なのだろうか。
「ったく……」
ボリボリと頭を掻いて起き上がる。周りは白を基調とした部屋で、何度もお世話になったりしている感じのする保健室だった。
俺は保健室の一角にある白いベッドの上で横になっていたようだ。道理で居心地がどことなく良いと思った。
だからだろうか。あの夢をまた見たのは。いや、場所は関係ないか。いつからあの夢を見始めたのかさえもハッキリはしていない。
ただ、なんとなく見始めた。そんな感じだった。
「あら? もう起きたの?」
まだ若い20代ほどの女性の姿が目に入った。女性は私服の上から白衣を着て、髪はセミロングでヘアピンをしているなんとも若々しい女性だった。
この女性こそが保健室の先生である園咲 雲雀(そのざき ひばり)先生。俺も何度か此処にはお世話になっているためか、園坂先生とは話し相手になれるほどの親しみはある。
「俺、何で此処にいるんすか」
「覚えてないの? また涙に昇天されちゃったんでしょ?」
クスクスと笑いながら言う彼女は、同年代からすればとても魅力的なんだろうと思う。確か、まだ独身だったと思うが。
園咲先生に言われた通り、俺はゆっくりと記憶を遡らせた。昼の時間に涙が俺に蹴りを……。あれで俺は気絶しちまったわけだ。道理でいい夢を見ないはずだ。
「どうせ涙の気に障るようなことでもしたんでしょ?」
「いや……あれは、何ていうか、部活動じゃないものを部活動と言っただけで……」
「禁句ワードね。部活動だと思っているものを反対されたから気に障った、なんてあの子には満更でもないでしょ?」
薬品等を片付けながら再び園咲先生は笑った。俺にとっては笑えない、一環の不幸だ。
遊びの音色とかいうふざけた名前で、同好会的なことをしている涙だが、俺も好き好んでそんなところに入ったわけじゃない。
心身共にダルい生活を送っていたところに涙が誘ってきて、断るも強制的に入部させられたわけだ。
遊びを基調とした部活動、なんて初めて聞いた。もっと熱血になって頑張っている他部活を見てみろ。汗に塗れて必死に練習してるじゃないか。
俺たちの流す汗を思い出せ。遊びで、だ。それと比べたら他部活がどれほど健全なものかがよく分かる。
俺はため息を吐いて、ふと園咲先生に聞いてみた。
「今、何時ですか?」
「自分で見なさいよ。……3:00ぐらいね。そろそろ放課後に突入しそうな時間帯かな」
「俺どんだけ寝てたんすか……」
「約2時間ね」
全く、ただでさえ授業受けていないと赤点取るほどの点数なのに。
俺はベッドから出て行こうと自分にかかっている布団をどける。
「もう大丈夫なの?」
「えぇ、おかげさまで。長い時間すみません」
「毎度のことじゃない」
慣れている、という感じに園咲先生は言ってくれた。迷惑かけっぱなしだな、本当に。
俺はそんなことを思いながらも、傍にかけてあったブレザーを手に取り、保健室を後にするのだった。
俺が戻る時には、既に放課後に突入していた。皆散開しようと準備を始めていたりしていることが分かる。
俺が教室に入るとなると「大丈夫?」「何かあったの?」何て言葉が多少なりとも投げかけられたが、俺は全てに対して「あぁ、ありがとう」というこの言葉のみで返して行く。
たった一人だけ騒々しく動かず、微動だにしていない男に目掛けて俺は歩み寄っていた。
「五十嵐、まだ此処にいたのか」
「今授業は終わったところだ。今の今まで寝ていたのだろう?」
本を読んでいた五十嵐はポンッ、と音を鳴らして本を閉じてゆっくりと俺の方へと向き直った。眼鏡が相変わらず端正な顔立ちにお似合いだった。
「まぁな。それも全部涙のせいなんだけど——」
「誰が私のせいって〜?」
「う……」
どこから湧いてきやがった。俺の肩に手が置かれ、女とは思えない力で握ってくる。俺の肩を潰す気かこの野郎。
勿論、その正体は涙だった。平然と別クラスにずかずかと入ってきやがって。少しは恥じらいのようなものを見せてみたらどうだ、と言いたいところだが、言うと必ずよからぬことになるのでグッと抑えておくことにする。
「……まぁいいわ。今日はあの願いの叶う桜の木のところに集合って言ったでしょ」
「よくねぇ、まず俺に謝れ。んでもって俺は行かない」
「黙れ、お前に謝る意思は私には抹消されてる。んでもって、来ないと拉致るぞ」
どれだけ自分勝手な発言なのだろう、この娘は。
腕を組んで、足をコツコツと一定のリズムを刻みながら苛立ちを露にしている涙はそのまま口を開いた。
「これは部長命令よ」
「お前いつから部長だっけ?」
「生まれる前からよっ! いいから来なさい! ほら、五十嵐も手伝って!」
生まれる前から部長って……。お前はどれだけ遊びたいんだとつっこんでやりたい。
兎にも角にも、五十嵐も俺を連れて行く側に回った以上、俺に反抗の意思はもう消え失せていた。
「わーったよ。分かったから、離せ」
「それでいいのよ、それで」
納得したようにうんうんと頷き、満足そうに微笑む涙。本当に自分勝手だな、このバカ娘は。
正直のところ、行きたくない。何故よりにもよってあの願いの叶う桜の木なんだ。
「何でまたあそこに行くんだよ」
俺は不意に呟くようにして言うと、涙は俺の顔を見つめて嬉しそうな声で言った。
「その桜の木に、噂の転校生がいるっていう話なのよっ!」
「転校生? ここのか?」
「そうっ!」
嬉しそうに話す涙は放っておいて、俺は転校生というキーワードと、桜の木のキーワードを思い出す。
転校生、桜の木……? もしかして——
「よし、行こう」
「そうそう! そうこなくっちゃ!」
俺は何故か、朝に会ったあの少女を思い返していた。まだいるはずもないのに、何故だかいるような気がしてならない。
そして教えてやりたい。願いの叶う桜の木など——どこにも存在しないことを。