複雑・ファジー小説
- Re: キーセンテンス 参照100突破 ( No.8 )
- 日時: 2011/07/20 23:11
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
ガラガラ、と音を鳴らして俺は玄関を開ける。あの後は勿論、自分の家に帰って来た。
涙が説得した、というより脅して貸してもらった我が名前も知らないクラスメイトの自転車を乗ってきたのだが、置き場所に少々てこずった。
何しろ、親父に見つかると面倒臭い。というより、腹が立つ。理不尽だと思うことなんてない。ただただ面倒臭いというのが本音というのは、妥当な発言と言えるだろう。
玄関を開けた俺は、靴を脱ぎ散らし、そそくさと二階へとあがった。朝以外に居間へ行くことは滅多にない。行く必要も何もないからだ。
二階の俺の部屋へと入り、電気をつけると、ベッドに転がって一息ついた。それが心地よくて、数十秒間そのまま転がって、ボーッと天井を見上げた。
眩しく電灯が天井を埋め尽くしている。俺の部屋は、汚かった。
「……出かけるか」
"もう少し家に居てもいい時間"だったが、俺は早足に財布などの貴重品を持ち出して部屋を出た。
薄っぺらい、多分札も入っていないだろう財布をポケットへと大事に仕舞い込んで靴を履く。
目的地なんてのは大して決まってはいなかった。というより、決まっていない。断言する。
ただ、この一見奇妙とも思える行動が、俺にとっては日常茶飯事の一環として義務付けられているのだから。
——義務、違うな。自分の意思で、だ。
夜の町を歩くと、都会みたいに明るくはないし、がやがやと物音も立っておらず、静かで心地の良い田舎な感じのする雰囲気だった。
少し頑張って歩いていけば、すぐに都会の雰囲気になるというのに、この都会外れの町は不思議なものだった。
しかし、どこもかしこも工事中という看板が目に絶えなかった。この町も都会は飲み込もうとしているのかと思うと理不尽にも腹が立つ。
きっとまた明日も晴れてくる。そんで、俺は学校へと登校して、アホみたいな部活ともいえないものに付き合わされる。
そんなくだらない日常をも飲み込んでしまわれそうな気がして嫌気が差したからかもしれない。
「全く……病んでんな、俺ぁ」
ダルそうに俺は髪を軽く掻き毟った後、近くの自動販売機に立ち寄り、そこでキリマンジャロのコーヒーを買うと、傍にあるベンチへと腰を掛けた。
静かな夜が心地よく感じ、何ともいえない気分になった。
「このまま朝を迎えるのもいいな。明日はどうせ、休みだろう」なんて考えたが、ハトに糞を頭に落とされるのは嫌だと思い、寝るのを止めた。
しばらくその場でボーッとしていたが、不意に考えつくことがある。
それは、またしてもあの少女——潮咲 桜のことを思い浮かんだ。
「来週……か」
ボソッと呟いた言葉が、何だか転校してくることを期待している感じがして自身に嫌気が差した。
これじゃあ、俺もあの食堂で転校生の話をして盛り上がっていたアホと同じじゃないか、と。
——バカバカしい。何で俺がそんなこと……
ふーっ、とため息を吐いてベンチから立ち上がり、いつの間にか空になっていたコーヒーをゴミ箱に投げ捨てる。
その投げ捨てた瞬間、目の前にいる人物の正体が分かった。
「お前……ッ!」
ふふっ、と笑ったその目の前の少女は——あの時の少女だった。
「うぁっ!!」
ガバッ、と布団を払って起き上がる。
まだハッキリとした意識の無い中、俺はゆっくりと意識を目の前に集中し、冷静に判断した。
——そこはベンチの上で、ついでに朝で……?
「やべぇっ!」
急いで俺は上体を起こし、ダッシュで家まで戻った。まだ時刻は6:40。距離的には学校に間に合う時間なのだが……桜の木に行く時間が無いことを同時に意味していた。
「何してんだ、俺はぁ……!」
家に着いて、玄関を開けた瞬間、嫌な人物がそこにいた。
「……おかえり、かな?」
「……親父……!」
目の前にいたのは、親父だった。
一番会いたくなかった人。そして、一番この世で——消えて欲しい人だった。
「何で、ここにいるんだよ……」
「何でって、ここは私の——」
「親父は、自分のこと"俺"って言ってただろっ!?」
「あぁ……そうだったかなぁ……」
昔は俺と言っていた親父が、今は私と言っている。
そんなことは、どうでもよかった。でも、その後が問題だった。
この親父は、過去を捨てようとしている。全てを無にして、新たな自分を抱いて、自分だけ幸せになろうとしている。
情けなくて、くだらなくて、どうしようもなく——ぶん殴りたかった。
「……ッ! 畜生ッ!!」
俺は玄関においてあった薄っぺらいカバンをぶんどるようにして取った後、玄関を乱暴に開けてダッシュでその場から去った。
そうするしかなかった。やり場のない怒りを、自分の中で抑え付けて、逃亡するしか道はなかったのだから。
「……司……"君"」
その後、玄関で佇みながら、俺の親父は呟いていた。