複雑・ファジー小説
- Re: たか☆たか★パニック 〜ひと塾の経験〜 ( No.119 )
- 日時: 2012/05/03 22:53
- 名前: ゆかむらさき (ID: dKbIszRw)
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《ここから再び武藤なみこちゃんが主人公になります。》
キーン コーン……
終了のベルが鳴り、今日の講習は終わった。
「ごめん、なみこちゃん。 僕もう帰るね。 帰りにちょっと寄りたいトコがあるから……。 日曜日……ちゃんときてね。」
高樹くんは無造作にジャケットを羽織りながらカバンを持って……なんだか急いで帰ろうとしている。
(寄りたいとこ……? どこなのかな、こんな夜遅くに……)
聞きたいけれど……聞けない……。
だって……恋人じゃないのに、なんか恋人気取りみたいで……
由季ちゃんみたいに可愛かったのならば、ためらいなくできると思うけれど、あたしはこんなだから……。
そう…… あたしみたいのはこうやって離れた所で見ているだけで充ぶ……
「ちょっと、ちょおっと、なーに高樹くん、もう帰っちゃうのー? なんでー?」
由季ちゃんが小走りで高樹くんに近づいてくる。
嫌な子だ、あたし……。 今、彼女に「近づかないで!」と、反射的に思ってしまった……
高樹くんにさっき「心配しないで」って言われたばかりなのに……
由季ちゃんは健くんの彼女なんだし、いい子なのに————
「——え!? あそこ九時に閉まるよ! はやく行きなよ!」
彼女は高樹くんの背中を「ぺチン」と叩いた。
(高樹くんに触らないで——!!)
「……だからもう行くって」
————あたしの胸が……ズキンと痛む。
「たっ…… 高樹、くんっ……」
小さな声だったのに、彼はあたしの声に反応して振り向いてくれた。
「……気をつけて、ね。」
どうして由季ちゃんに対してこんなに意地になっているのか自分でもよく分からない。
(由季ちゃんは…… 健くんの彼女……)
さっきから心の中で何度も言い聞かせている。
高樹くんはあたしに笑顔とウインクを残して教室を出ていった。
「じゃ、なみこちゃん、下まで一緒に行こっかぁ」
今まで気が付かなかったけれど、よく見れば腰のあたりまであった長いツヤツヤの黒髪をかき上げて、ほっぺに“えくぼ”を付けた笑顔で由季ちゃんがあたしに手を差しのべている。
考えてみたら、あたしは高樹くんと知り合ってまだ三日だけ…… しかも塾の時間の中でだけでしか一緒に過ごしていない。
彼に少し触れられるだけでドキドキする。 見られるだけでさえも……。
いつか……もっといっぱい一緒に過ごして、彼の事を知っていけたら————由季ちゃんのようになれるのかな……
あたしは彼女の手をつかもうとして止めた。
「きっと健くんが表で待ってるよ。 はやく行ってあげなくちゃ。 ————うん、大丈夫だよ、 あたしは。」
- Re: たか☆たか★パニック 〜ひと塾の経験〜 ( No.120 )
- 日時: 2012/05/04 09:33
- 名前: ゆかむらさき (ID: dKbIszRw)
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(ごめんね、由季ちゃん……)
「あんっ、もうっ。 そんな照れなくってもいーのにサ! それじゃ〜 またネ、なみこちゃんっ。 ——ヘンな男の子に捕まるんじゃないよッ!」
「えへへ…… (あたしにかぎって絶対ない……)」
由季ちゃんはドアから出ていくまで、あたしに何度も手を振ってくれた。
由季ちゃんって……なんだかあたしのお姉ちゃんみたいな気がする。 ——そうだ! “お姉ちゃん”って思うといいかもしれない。 あたしの頭の中で由季ちゃんを“お姉ちゃん”だと設定してみたら少し心が落ち着いた様な気がした。
学校と塾でやりたくない勉強をして……いや、勉強だけではない。 塾に入るまでのあたしなんかにはとても考えられない事が色々と起こり過ぎて、なんだか今日もとても疲れてしまった。
(早く家に帰って寝ちゃいたい……)
本当に寝て、朝起きてみたら“夢でした。”……みたいな、夢のような出来事だらけで————
あたしは高樹くんにキスをされた事“だけ”を考えながら階段を降りた。
「?」
階段を降りたところで、ふと強い視線を感じ、振り返った。
(……気のせいかな)
さっき突然雷が鳴り大雨が降ったせいで、みんな急いで帰っていったからなのか、いつもガヤガヤと賑わっている塾の入り口が今日はガランとしている。
駐車場に出て、バスに向かって歩き、あたしはもう一度振り返った。
どうしても誰かに見られている気がするのに、やっぱり誰もいない。
「!」
夜のとばりの中、あたしが歩きだすと同時にどこからかかすかに聞こえてくる足音。 そして重みのあるドロドロとした気配……。 人に恨みを買われるような事をした覚えはないけれど、間違いない。 誰かがあたしの後をつけてきている……
しかし後ろを振り返っても誰もいない……。
この塾は、ほとんどの生徒が自転車で来ている。 あとの生徒は歩いて来ている。
バスの駐車場に向かってくる人は蒲池先生と松浦くん、その二人しかいないはず————
(こ、こわいよぉ…… やっぱり由季ちゃんと一緒に来ればよかった————)
「——ッ!」
転びそうになりながらも無我夢中で駆け足でバスに乗り込んだあたしは、スライド開きのドアを思いっきり両手で閉め、席に座り……一息ついた。
先生も松浦くんもまだ来ていない。
(おばけだったらどうしよう…… ひとりじゃ、こわいよ……
どうしていないの 先生……
松浦くんでもいいから、いてほしい……)
あたしは耳を塞いで目もつむり……口もつむった。
ガチャン、 ガラガラガラガラ……
「!」
誰かがバスの中に入ってきた。
運転席のドアからじゃないから先生ではない……ってことは————
「……松浦くん?」
あたしは目を開けてゆっくり顔を上げ、バスの中に入ってきた人の顔を見た。
- Re: たか☆たか★パニック 〜ひと塾の経験〜 ( No.121 )
- 日時: 2012/05/04 09:41
- 名前: ゆかむらさき (ID: dKbIszRw)
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「————高樹の女だろ、おまえ……」
まるで“ガリバー旅行記”に登場する“ガリバー”の様な体型をした大きな男の人が、眉間にシワを寄せてあたしの方に近づいてくる。
「だ…… だれです、か?」
彼はあたしが座っている座席の背もたれと、前の座席の背もたれの裏側に両手を付けた。 ソバージュのロングヘアを真ん中から二つにい分けた前髪の間から、まゆ毛のない細い目を不気味にギラリと覗かせて、あたしの顔を睨み付けてくるこの人……。 全身に力を込めて押しても、びくともしない岩壁の様に“通せんぼ”をされていて、あたしはバスから逃げ出したくても逃げる事ができない。
「……釜斗々中学……
三年の、黒岩大作……」
(————高樹くんと同じ学校のひとだ!)
たしか、健くんと聖夜くん……だったっけ。 彼ら以上に高樹くんのお友達には結びつかない雰囲気の漂うこの人。
直感だけど、何かイヤなことが絶対起こりそうな気がする。 しかもこんな、塾から離れた駐車場に止めてある、他には誰もいないバスの中、という“密室”で————
「おい、女……。 おまえらは今…… 一体どんな関係、なんだ?」
「……え?」
「おまえと高樹が…… 何をした関係、かと聞いている……」
「………。」
「言え。」
「いやっ!」
心の中だけにそっと残しておきたい“あたしと高樹くんの秘密の(キスをした)関係”を、あたしの前に突然現れエラそうな態度で威圧してくる(……名前 なんだったっけ)……ガリバーなんかに教えたくない。 あたしがほっぺたを膨らませて顔を横にそむけると、彼は大きな手であたしのほっぺたをつねって、強引に引っ張り寄せてきた。
ガリバーの“にきび”だらけのゴテゴテの顔がいやらしく微笑んでいる————
「高樹をあれほどまで夢中にさせる女か。 ————ふん、おもしろいな……
一度、お相手願おうか……」