複雑・ファジー小説

Re: たか☆たか★パニック 〜ひと塾の経験〜 ( No.127 )
日時: 2012/05/04 21:55
名前: ゆかむらさき (ID: dKbIszRw)

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「どけ。」
 こんなにも大きくて恐いガリバーが相手なのに、なるほど……“態度”だけは大きいからなのだろう。 物怖じをした顔なんてこれっぽっちもしないで、松浦くんはあっさりと彼の太い腕をつかんだ。
(あっ……  もっとお手柔らかにしておいた方が……)
 あたしの心の中の助言に全く気付きもしないで、彼はそのまま強引にガリバーを引っ張り出し、あたしの隣に座ってきた。
 この先ガリバーがどう出てくるのかは少し気になるけれど、“ムリヤリ襲われる”事はなんとかまぬがれた様で、とにかくこれで安心した……はずなのに、ガリバーにすごまれていた時よりも、あたしは今ドキドキしている。 なぜだろう…… このドキドキする気持ちは高樹くんと一緒にいる時の気持ちに似ている……。 きっとこれは普段あたしに意地悪な所しか見せない彼に助けてもらったからに違いない。 
 隣のシートで松浦くんはあたしの顔をジッと見つめている……。 
 あたしの心臓がさらにドキドキしだした。 だって……“あの”松浦くんが不思議とかっこよく見えてしまうのだから————


「……なみこ、おいで。」
(おっ、おいで?)
 松浦くんはいきなりあたしの肩に腕を回し、抱き寄せてきた。 そしてあたしの耳もとに口を近付け囁いた。
「不自然に振る舞うな…… 俺に合わせろ……」
(え……?)


「おい、おまえら二人……  本当に愛し合ってんのか? あ?」
 ガリバーがあたしたちに疑いの目を向けている。 そういえば、さっきの松浦くんの“作り話”によると、あたし達は“深く愛し合っている関係”になっている事に気が付いた。


「——ホラみろ」
 松浦くんは再び耳もとで囁き、あたしの足のつま先をかかとで踏んづけてきた。
「俺の目をまっすぐ見ろ……  ——うっとりした顔でだ」
(げっ! ちょっと待ってよ、不自然に振る舞うな、とか、うっとり……って!!  でっ、できるわけないでしょ、松浦くんなんかに————!)
 あたふたしていたら再び彼につま先を踏んづけられた。
(ああ、もうっ! 松浦くんが高樹くんだったらいいのに……  ——そうだ!!)
 あたしは頑張ってむりやり松浦くんを高樹くんだと思い込んだ。 ————しかしダメだった。 やっぱりこれは少し……どころじゃない、かなりムリがある。
 ガリバーは腕を組み、不気味に八重歯を光らせてあたしたちを見下ろしている。
 とにかくあたしは松浦くんに言われる通りに頑張ってみることにした。
 とりあえず……まずは松浦くんの顔をうっとり(?)した顔で見た。 しかし、その顔がどうやら不自然だったらしく松浦くんは「プッ」と吹き出した。
 ————果たして、こんなやり方でガリバーを騙すことができるのだろうか……


 心配だったけれど、やはり頭のきれる彼はあたしの頭を撫でながら話し始めた。
「なみこ……。 何おまえ、そんなに恥ずかしがってんだよ……  ん? いつもはもっと求めてくるくせに……」
「そ、そうだね……」(……いらない。)
 そして松浦くんは今度はあたしの耳に、「フーッ」とゆっくり息を吹きかけてきた。 ミントの香りの気持ちの悪い風が全身を駆け巡り、凍りつきそうになったけれど、目をつむって……堪えた。
「……いいぜ、その顔。」
 彼は囁き、再び話し出した。
 このひとは本当にわたしを助ける気があるのだろうか…… なんだかいつもの様にからかわれているだけの様な気がしてきた。 次はどう出てくるのか…… 今はガリバーに対してではなく、松浦くんに対して思っている。
「車の中で“こーゆーコト”するのって……燃えるな……」
「も…… もえるね……」(……バスガス爆発。)
 松浦くんはあたしのあごに軽く指を添え、くちびるを親指で撫でてきた。
 あたしは思った……。 もしかしたらこのひとは自分にうっとりしているんじゃないか、と。
「なぁ……  俺のこと“好き”って言ってよ……」
                     「は? う、うん…… おれのこと……すき……(——げ!しまった!!)」


「 !! 」


 もうだめだ! と思った瞬間、松浦くんに……キスをされた。 ————またしても予告なしで。
 けれどもこれは“あたしを助けるため”の演技。
 ————演技だから!!
 と、そう自分に言いきかせ、あたしは目をつむって彼の背中に手を回した。
「可愛い……。  可愛いよ、なみこ……」
 松浦くんはあたしの髪を優しく撫で、強く抱きしめた。
 あたしは鳥肌を立たせながら……我慢した。


(……ガリバーは?)
 松浦くんの背中に回した手を離し、あたしは彼の胸を押して体を離した。 ぐるりとバスの中を見回してみたけれど、あたしが松浦くんとキスをした姿を見て、やっと“あたしを恋人にする事”を諦めたのだろうか、ガリバーの姿は見えなかった。


「あの人、いなくなったよ。 ————良かった。
                                     えっと…… ありがとう……松浦くん」


 松浦くんは何も言わずにあたしを見ている。 きっと今、彼は“さっきの事は何も無かった”って思っているのかもしれないけれど、あたしは違う————
 いくら演技だとはいえ、松浦くんがあんなに甘いセリフを(しかもあたしに)言うなんて正直今でも信じられない。
「可愛いよ、なみこ……」
 キスをされたくちびるの感触と一緒に彼の言葉が耳に残って離れない。


「————そんなに俺に見せたいのか……」
「?」
 松浦くんはあたしのショートパンツに視線を落として言った。
                            「……赤のギンガムチェック」


「!」(うひゃあ!!)
 あたしは慌ててファスナーを上げた。