複雑・ファジー小説
- Re: たか☆たか★パニック 〜ひと塾の経験〜 ( No.162 )
- 日時: 2012/05/06 16:41
- 名前: ゆかむらさき ◆gZKBI46muE (ID: dKbIszRw)
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「うー……ん…… ふあぁ……っ」
あたしはあくびをしながら伸びをした。
どうやら昨夜カーテンを閉めずに寝てしまったようで、ベランダの大きな窓から眩しい日差しがあたしを思いっきり照らしている。
さっき“すごい夢”を見たせいでベッドから落ちている。 たぶんその時に打ったお尻がジンジンと痛む。
ベッドから半分ずり落ちている掛け布団を足を使って元に戻して、いつも以上にボサボサになっている髪を手ぐしで整えながら起き上がった。
このまま起きようか、もう一度寝てしまおうかと真剣に考えながら、あたしは着ているパジャマをポイポイと脱ぎすてて、いちごの柄がちりばめられたタンクトップとパンティー姿になった。
窓越しに、自分の部屋からよく見える松浦くんの部屋……。
模試の日が近いからなのだろうか。 どうやら昨夜から徹夜をして勉強をしていたらしい。 いつも外出しない時もツンツンにキメている髪の毛をペタンコにしたまま教科書を見ては真剣な顔でノートに何やら書きこんでいる。
「松浦くん……がんばってる……」
たぶん(学校の)クラスのみんなは毎回こんなに頑張ってテスト勉強をしている松浦くんの姿を知らない。
みんな……彼の事を“勉強しなくても、できる人”だと思っているから。
これを知っているのは、きっとあたしだけ————
いい加減起きればいい時間なのに、意識を半分まだ夢の世界に残しているあたしは、そのままその格好で再びベッドに横になり、ゴロゴロしていた。
おへそを丸出しにして、もう少しで胸が見えるくらいギリギリの所までタンクトップをめくり上げらせて————
「ん、 んーっ……」
ちょうど近くに転がっていた抱き枕に、手と足で一緒に抱きついて、
「えへ。 ……二度寝って、最高。」
またしてもカーテンを開けっぱなしのままで、だらしなくゴロゴロと転がって一人ではしゃいでいた。
————“パジャマを脱ぎすてて……”の所から、あたしのあられもない姿を実は松浦くんにバッチリ見られていたことも知らずに……。
「ふぅっ……」
あたしは抱き枕にうずめていた顔を離した。
「高樹くん……
今、どうしてる かなぁ……」
「 !! 」
(今日、何曜日だったっけ!!)
抱き枕を投げ捨て、ベッドから飛び出したあたしは、壁に掛かっている日めくりカレンダーの元へ走った。
“土曜日”の青い数字を見てあたしの顔も青ざめた。
(いま、何時!?)
カレンダーを一枚破き、時計を見て…… もっと青ざめた。
(9時15分……
目覚ましセットするの……忘れちゃった!!)
念願の高樹くんとの初めてのデートなのに、いきなり何をしでかしているのか……。 あたしは半泣きで自分で自分を責めながら、タンスの中から適当に手に取った服を慌てて着た。
開けた引き出しは開けっ放し、開けたドアも全て開けっ放しにしたままで、
「いってきまーす!」
最小限のエチケット……洗顔と歯みがきだけはしたけれど、朝ご飯も食べずに家を飛び出した。
「ちょっとあんた! どこ行くかくらい言ってから出掛けなさいっ、なみこっ!」
玄関から顔を出してお母さんが大きな声で何やら叫んでいるけれど、あたしは今それどころじゃない。
(ごめんね高樹くん……
もう! ホントあたしバカ!!)
- Re: たか☆たか★パニック 〜ひと塾の経験〜 ( No.163 )
- 日時: 2012/05/06 17:19
- 名前: ゆかむらさき ◆gZKBI46muE (ID: dKbIszRw)
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☆ ★ ☆
「はあっ……
はあっ……
ちょっ! ちょっと待ってえぇ……っ」
ブロロロロ……
「……いっ ちゃっ た。」
ここでこのバスに乗る事ができたら、デートの待ち合わせの時間までになんとかギリギリで間に合うかもしれなかったのに————あと少しのところでバスを乗り過ごしてしまった。
誰も居ないバス停で、力の抜けたあたしはよろめきながら標識に近付いていった。 そして時刻表に人差し指を付けて、次に来るバスの到着時間を確認した。
(……もうダメだ。 遅刻、決定……)
学校行事の“持久走大会”ならまだしも、よりにもよって“高樹くんとのデート”でこんな事をしでかしてしまうなんて————。 どんどんとあたしは不幸のどん底にハマっていく……。
————きっとこれは運が悪いわけではない。 お母さんや松浦くんにあんなにきつく言われ続けていたのに……
自分のいつもいい加減な気持ちで生きてきた日常が、こんなかたちで“仇”になって返ってきたんだ————。
あたしは目に涙を溜めながら、少しでも早く待ち合わせ場所の塾に到着できるように早歩きで次のバス停まで歩いた。
☆ ★ ☆
「はぁ……」(あと15分で……10時か。)
あたしはため息をつきながらバス停の長椅子に腰を掛けた。
(こんなハズじゃなかったのに……)
座ると同時に目の中に溜まり続けていっぱいになった涙がポロポロとこぼれ出した。
どうせバスに乗り遅れてこんなふうに時間を持て余すハメになるんだったら、こんなダボダボのセーターにデニムのショートパンツなんて子供っぽい格好なんかじゃなくって、めったに着る機会がなくてタンスの奥にしまいこんであった、よそ行き用の“いっちょうら”、花柄の乙女チックなワンピースでキメてこればよかった。
————大好きな高樹くんとのデートなんだから、ちゃんと早く起きてもっと時間をかけてオシャレしたかった————
震える膝の上で、ギュッと握り締めた手の甲にポタポタと涙が落ちる。
「……おねーさーん」
あたしの目の前に小さな茶色のローファーをはいた細い足が見えた。
顔を上げると、黒いブレザーに赤いタータンチェック柄のミニスカートをはいた十歳くらいの女の子が、ちょっぴり背伸びをした学生風ファッションでキメて片方の手を腰に当てて立っている。
彼女は何も言わずにあたしの頭に優しく手を置いて、隣に座った。
————「泣かないで」と、慰めてくれるのかと思ったけれど大間違いだった。
「……やめてよね。 舞 これからデートなのにさ。
そんなに泣いたら雨降ってきちゃうじゃない。
ああ もう いや いやっ!
初っぱなからこんなにオイオイ泣いてるひとに出会っちゃうなんて
……縁起わるいわ。」
(うわぁ……。 松浦くんの女の子バージョンが いる……)
「ごっ……ごめんね、舞ちゃん」
あたしはハンカチを出して涙を拭き、彼女に微笑み掛けた。
「プッ。 へんなかお。」
初対面。 しかもあたしの方が年上なのに、彼女に思いっきりバカにされた言葉で返された。
————たしかに鼻水も一緒に出ていたし、変な顔だったかもしれないけれど……。
ブロロロロ……
キ————……
シュ————ッ……
バスが来た。
あたしは舞ちゃんの隣の席に座った。
「なんでわざわざ舞の隣に座ってくるのよ。 他にもいっぱい席、空いてるじゃない。」
彼女は松浦くんそっくりな嫌そうな顔であたしを見ている。
しかし、どうしてだろうか。 彼女の声がなんとなく震えている様な気がする。
あたしは彼女に耳打ちをして言った。
「————実はね、 あたしもデートなの。 ……今日、はじめてのデート……なの」
「ふーん。 頑張ってね……」
やっぱり彼女の強気な言葉の中に緊張が見える。 そして体も小刻みに震えている。 ————もしかして彼女も、今日がはじめてのデートなのだろうか……
あたしは舞ちゃんの手をそっと握った。
「うん、ありがとう…… がんばろうね」