複雑・ファジー小説

Re: たか☆たか★パニック 〜ひと塾の経験〜 ( No.169 )
日時: 2012/05/07 11:40
名前: ゆかむらさき ◆gZKBI46muE (ID: dKbIszRw)

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 あたしの頬に指を添え、高樹くんの顔が近付いてくる。
(恥ずかしいこと……って……
              まさか、こんなところでキ……
                                ——うっ! ウソでしょおッ、高樹くん!)
 なんてったってここは人通りのめちゃくちゃ多い交差点。 横断歩道のすぐ横の車両停止ラインに大きなトラックが停まっている。 運転席の窓からタバコを一本指に挟んだ太い腕を出して、フロントガラスからニヤニヤしながらあたしたちの事を見下ろしている茶髪のお兄さんと目が合った。
 あたしの知っている人は、たぶんここにはいないとは思うけれど、もしかしたら塾の人が……
                                    (……っていうか、高樹くんの知り合いが、絶対いそうじゃんっ!)


 いくら“約束”だとはいっても、いきなり“してくる”だなんて!
 こういうコトをみんなに見せびらかして“やる”のは普通……(……ん? “普通”じゃないかもだけど)もっと……デートの回数を重ねたラブラブカップルとかが————
——って もう、自分でも何が言いたいのか分からないけれど……想像を超えるくらい積極的な彼の行動に、どう応えたらいいのか分からなくて、
「………。」
 結局何も言えず、あたしは目を閉じて顔を逸らした。
「……冗談だって。 “まだ”しないよ。  うん、ビックリした顔も……可愛い」
 抱きしめた腕をほどいて、高樹くんはあたしの頬を指でつついて笑った。
 あたしが目を開けると、
「おいで。」
 彼はあたしの手を引いて横断歩道を渡り、ガードレールに立て掛けさせてある自転車の元へ向かって歩いた。


「後ろ、乗って」
 自転車にまたがった高樹くんが、眩しく輝く太陽を背景(バック)に嬉しそうな笑顔で振り向いて、あたしに言った。
 やっぱり今日の服をワンピースにしないでショートパンツに決めてよかったと思った。 ……別に決めたワケではないけれど。
 自転車の荷台に腰を掛けたあたしは、おそるおそる彼の背中から腕を回した。
 あんまりくっつくと胸が当たっちゃうし、くっつかないと落ちちゃうし……なんてうだうだ考えている間に、
「ふふっ。 ちゃんとつかまってないと落ちちゃうよーっ」
 高樹くんはペダルを(わざと?)おもいっきりこぎ、急発進で自転車が走り出した。
「ひゃあっ!」
 回した手に力を入れて、あたしは彼の背中に顔をうずめた。
 さわやかなシトラスの香りの奥に……男の香りがする。
 ドキドキが止まらない————  
 このままわたしは自転車の後ろに乗りながら、激しく動き過ぎた心臓が壊れて死んじゃうかもしれない——と思った。 
(何か…… 何でもいいから話さなくっちゃ……っ)
「——ねぇ、高樹くん……」
「なに?」
「えっと……  さっき、あたしに……キス……しようと した?」
「キスか……」
 高樹くんは一瞬だけ振り返ってあたしの顔を見て、また前を向いた。


「うん。 したかったけど……我慢した。
                           僕ね、おいしいおかずは……最後にとっておくタイプなんだ」