複雑・ファジー小説

Re: たか☆たか★パニック 〜ひと塾の経験〜 ( No.173 )
日時: 2012/05/07 11:55
名前: ゆかむらさき ◆gZKBI46muE (ID: dKbIszRw)

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「なみこちゃん、見て」
「はっ、はいっ! えッ? ——なにっ!?」
                        「……プッ」
 周りの景色なんて目に入らないくらい、高樹くんの意外にも(?)がっしりしている男らしい背中にほっぺたをつけてうっとりしてしまっていたあたし。 まだ会ったばっかりなのに、もう何回彼に笑われてしまったのだろう。
 何か話さなくちゃ……なんて言っちゃって、自分は全然人の話を聞いてないんだから————。


 高樹くんは自転車のペダルをこぐ足を止め、急な下りの坂道を降りている。
「どこ?」
 そして彼の背中から顔を離しキョロキョロしているあたしに、人差し指で示した右手を横に伸ばした。
「ここっ。 塾の帰り道の夜景がね、すっごーく綺麗なんだよ」
 ガードレールの横に見える澄んだ青空との境界線に、鮮やかな緑の広がる街並みが見える。
 日中の今でもこんなに素敵な景色が、夜になった時の事を想像してみた。
 街の電飾の輝きが加わってロマンチックに目の前いっぱいに彩る星空————
 そんな夜の物語をいつか……もう少し大人になったら、高樹くんとここで一緒に手をつないで————


「夜景……見てみたいな……」
「うん、見たいね! 一緒に。」
 “一緒”————。
 考えてた事がおんなじだったって思っても……いいのかな?
 うぬぼれかもしれないけれど————お願い。 そう思わせて……


「……まるで、夢みたい……」
                    「ん?」
「あたしね……こうやって男の子と自転車で楽しそうに二人乗りしてる女の子見て“いいなぁ” “うらやましいなぁ”って、ずっと思ってたんだ。
 あたしなんかが……絶対こんなこと経験できるわけない……って、諦めてた。」
高樹くんの背中にほっぺたを付けて、あたしは再び口を動かした。
「でっ……でもねっ、男の子なら誰でもいい、ってワケじゃないんだよ。
                                    一番すきなひとと……できたらいいな……ってね。 えへ」


 ————キッ。
 自転車を止めた高樹くんは、そのまま前を向いたままで聞いてきた。
「ねぇ……
            その願い……
                       今……叶ってる……?」


 “そのひとが高樹くんでよかった”と言おうとしたのに、言葉が詰まってしまって何も言えなくなってしまった。


「——ごめん。 ……ホント焦りすぎだな、僕」
 下り坂のはずなのに、何故か呼吸を乱しながら彼は地面を蹴り、ペダルに足を乗せて思いっきりこいだ。
(高樹くん……  大好き……)
 自転車ですれ違う人が、みんなあたしたちの方を見ていくけれど、彼等の視線が今はもう恥ずかしく感じなくなっていた。
(“高樹……なみこ”か。  えへへへへ…… けっこう、あう……)
「キャーッ」
 高樹くんの背中にしがみ付きながら、あたしは勝手に何年も先の未来を想像して、一人で舞い上がっていた。
 ————今、自転車をこぎながら、高樹くんが何を思い、これから僅か数時間後に何をする計画を立てているかも知らずに……