複雑・ファジー小説

Re: たか☆たか★パニック 〜ひと塾の経験〜 ( No.187 )
日時: 2012/05/11 13:55
名前: ゆかむらさき ◆gZKBI46muE (ID: dKbIszRw)

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     ☆     ★     ☆


「ごちそうさま、でした。 ————ゴメンね、 なんか……ごちそうになっちゃっ、て……」
 どうやらオーダーをした後、あたしがトイレに行っている間に会計を済ませていた高樹くん。 お店を出る時に、小走りで厨房から出てきた鼻の下にチョビヒゲを生やしたおじさんは、たぶん店長さんだろう。 帽子を外し、スキンヘッドを光らせて頭を下げる彼に、片手を挙げて応える高樹くんのカッコよさに見とれてしまい、うっかりお礼を言うタイミングを逃してしまった。
 お好み焼き屋さんを出て、彼の自転車の荷台に腰を掛けたところで、やっとお礼が言えた。


(……あれ? どうしたのかな?)
 自転車にまたがったままで、なかなか出発しない高樹くん。
 彼の背中から顔を離して、指でつついて聞いてみた。
「高樹くん……いかないの……?」
 ————彼はまだペダルに足を乗せない。


「なみこちゃん……」
 ハンドルを握り、前を向いたままで高樹くんはあたしに言った。
「僕のジャケットの、ポケットの中……  探して。」
「えっ…… みぎ?  ひだり?  ……どっち?」
「————探して。」
 ワケが分からないまま、あたしは彼のジャケットの右のポケットの中にそっと手を入れてみた。
「!」
 あたしの指先が、何か固いものに触れた。
 おそるおそる取り出してみると、それは、白いレースの包装紙で可愛くラッピングされた、約五平方センチメートルの赤い小箱だった。
 まるでドラマなどに登場する、“プロポーズ・シーン”の様なロマンチックな演出。
 プレゼント……?
 一瞬……男の子に“何か”をプレゼントされた様な記憶がうっすらと浮かんだ。  今、“コレ”が、初めてのはずなのに————
 ……きっと少女漫画の読み過ぎなのかもしれない。 こんなあたしなんかにそんな過去があるわけがない。 気のせいだろう。
 開けちゃうのがもったいないくらい綺麗に包まれていたけれど、
「……あけて、いい?」
 自転車の荷台から降りたあたしは、“婚約指輪だったらどうしよう”などと、バカみたいな事を考えながら箱の包みを開けた。
 箱の中から出てきたものは————髪の毛の“ピン”だった。
 空からさんさんと降り注ぐ太陽の光に反射して、星の形にふちどられた緑色の石がキラキラと輝いている。
「すごく、かわいい……  これ、あたしにくれるの?」
「………。」
 高樹くんは自転車にまたがり、何も言わずに前を向いたままでいる。
 あたしは髪の毛を耳に掛けて、高樹くんのポケットから出てきたピンでとめた。


「ピン……  付けてみたけど…… どうか な?」
 やっとふり向いた彼は、あたしの顔に自分の顔を近づけて、ジッと見つめた。
「すごく……  可愛い……」
 高樹くんは満点の笑顔で、あたしの頬を指でつつき、あたしを自転車の荷台に乗せ、走らせた。


 高樹くんからもらったプレゼントは、このピンだけじゃない。
 彼に初めて出会った瞬間から、眩しい笑顔とドキドキする気持ちをいっぱいもらった。
 それは目には見えない、いつまで経ってもずっと失くなる事のない、かたちのないプレゼント————。
 あたしの胸の中の宝石箱にいつでも思い出せる様に大事にしまっているからね。


「……なみこ、ちゃん。
           ……DVD……一緒に見ようか……」
                          「DVD……(……アレか。)」
                                              「僕の家に…… いくね……」


 “もう離さない……”、回した腕に力を入れて高樹くんのジャケットをギュッとつかむ。
(もう、心臓の音……  聞かれちゃっても……いいや……) 
 あたしの鼓動と共に上がり始める高樹くんの自転車のスピード。


 ————そしてこのあと、高樹くんの部屋で待っている……
             あたしの小さな胸の中には、とてもしまいきれないくらいの…… もっとすごい“プレゼント”。


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「はーい、 みなさん突然だが今からテストを行う! 文句は言わない!」


 ————本当に突然だが、俺は今、塾にいる。
 “真剣ゼミナール”……週二回、俺が通うこの塾は自宅からかなり離れた距離にあるのだが、何故自宅の近所にある塾に通わず、わざわざここまで通っている理由はというと……
 べっ、別に勉強を学校外でしている姿を同じ学校のやつらに見られたら困る……ってワケでは決してない。
 ……そう、“この塾が好きだから”、だ。 ……ソレだ。
 まぁ、レベルの高い講習で結構有名らしいし、先生の教え方も丁寧で————


「おいおい、マジか蒲池」
 俺の隣の席で健が唇をとんがらせて文句を言っている。
「はい! 文句はいっさい受けつけません! 君たちの苦手な問題を先生は“頑張って心を込めて”作ってきました」
 いつもテストをする時は前の席の人に答案用紙を重ねて後ろに回していくのだが、一人一人の問題がそれぞれ違う内容なのだからだろう、今日に限って蒲池は一人づつ机を回り、一枚づつ答案用紙を渡している。
 どうも答案用紙を置いて回っている蒲池の顔が、いやに嬉しそうに感じる……。 相当難しい問題でも作ってきたのだろうか……。
(……フン! どんな問題がかかってこようとも、俺は楽勝だぜ……)


 特に今夜は異様に光ってやがる……
 観音様のオーラの様に頭を光らせ、蒲池がやっと俺の机の前に来た。
(ホラホラ早くよこせって! 満点取ってやろーじゃねーの!)
 俺は蒲池の手から答案用紙をサッと奪い取った。


「な、なんだよコレ……  うっわー! しかも俺の苦手な数学じゃねーかよ……」
 隣の席で健が机の上に鉛筆を転がしてぼやいている。
「頑張れよ」
 俺は転がっている鉛筆を拾い、健に渡した。


「はい! 制限時間は30分!  ……はじめ!!」


(15分でクリアしてやる)
 俺は自分の答案用紙に目を落とした。


「 !! 」 (なッ……!! なんだァ、この問題ッ!!)
 答案用紙を見た瞬間、俺の全身が凍りついた。 俺は生まれて初めてテストで……ビビった。
 そのテストの問題……いや、まず、その教科は……


 ————二年生Aクラス 松浦鷹史 (苦手科目・武藤なみこ)


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 たか☆たか★パニック〜ひと塾の経験〜
                      “裏ストーリー”

 “キケンなパジャマパーティー” はじまり。