複雑・ファジー小説
- Re: ねぇ、信じてよ。 ( No.4 )
- 日時: 2011/05/19 19:15
- 名前: キリア ◆Dl2ahzdhQs (ID: ZTrajYO1)
2.ね、君は誰?
茜色の光が教室に差し込む様子を、私達は、静かに眺めていた。あの光は強く、明るいけれど、どこか哀しい雰囲気で古くさい学校のこの教室を照らしていた。
座った机が、ひんやりとして気持ちがいい。
午後五時。放課後、何にも用が無いのに教室に残って、うとうとと夕焼けを眺めるのが好きだ。
隣で机に突っ伏す瑠歌も、私も、この教室も、すべてが淡く、輝いて見えるのが、心地よい。
瑠歌も私も、何もしゃべらない。この静かな雰囲気を楽しんでいるのだ。いつも喋っている瑠歌でさえも、黙ってうとうととする。瑠歌が喋らない時間は、此処くらいしかないのだろうか。
瑠歌は、この心地よさを分かっているのではないだろうか?
隣の黒い影が、ゆらりと口を開いた。
「ねぇ、さっきのはなしだけど」
期待を裏切る、甲高い声が私ではなく空にむかって飛んだ。目を合わせず、呟くように。
私は溜息を吐いて、瑠歌と同じように言った。
「空気読めますか?それと、さっきじゃねぇよ。朝からしゃべってねぇじゃんか」
瑠歌が少しむっとして、私に言う。
見なくても、声で分かる。
「“じゃねぇ”とか言ってるからもてないのよ。っつーか、喋らせて」
「“っつーか”も同類じゃねぇのか?」
「…………」
「…………」
とりめのない、小さな会話が消えて、再び心地のよい沈黙が戻ってきた。
教室をぎらぎらと照らしていた日は、明るさを失って、瑠璃色の闇に溶け込んでいく。
日の光のほとんど消えた空は、涼しい初夏の風が流れていた。
「かえるか」
「うん」
生暖かくなった机から足を下ろして、鞄を取る。動く様子の無い、瑠歌がうぅ、とうなった。
瑠歌をつついてやろうと、古くてたてつけの悪い扉のほうに体の向きを変えたとき。
「………あれ?」
男の子が見えた。私達の学校の制服をきちんと着ている小柄な男の子。私達と同じくらいだろうか?薄暗い廊下に、蒼っぽい目がぎらりと輝いていた。
誰だろう?
「どしたん?」
「……いあ、なんでもない」
私はようやく席を立った瑠歌の先に、廊下に出た。
薄暗くて、明かりが淡くともる冷たい廊下に、もうあの子の姿はなかった。
私は、瑠歌にはこのことを言わないことにした。
瑠歌はおもしろそうなことがあると、すぐにあること無いことくっつけて、噂を流す。
このままだと、あの男の子が悪魔になってしまう。
後ろからタッタッタとかけてくる瑠歌が、急に子供に見えた。
見慣れた東京の下町。
道路は狭く、建物は古く、野良猫がたくさんいるけれど、私の好きな、私の町。
すっかり暗くなった空に、ぽつりぽつりと、明かりがともる。
「じゃあね」
「ん」
涼しいこの空の下、家に帰るだけなのに、この景色がメルヘンチックに見えるのは何故だろう。