複雑・ファジー小説
- Re: Love Call ( No.100 )
- 日時: 2011/10/06 19:25
- 名前: 葬儀屋 (ID: cX9VSRxU)
夜。鋭利な悲鳴が響く。それは勿論アヤノのもので、最近、夜になればずっとこの調子だった。
僕はすでにアヤノのそばで座っていて、叫びだしたアヤノの身体をおさえて、手を握る。
そっと抱きしめると、アヤノは安心してくれる。なんか、前もってた抱き枕の感触に似ているんだって。
僕が正常なとき、僕が贈った抱き枕に。
分かってるよ、そんなこと、分かってる。アヤノが叫ぶのも泣くのも全部全部僕のせい。今まではあの女のせいだって自分で自分をだましてたけど、もう分かったよ、僕のせいだもんね。
「アヤノぉ……ごめんねぇ……ぼ、僕のっ……せい、だもんね……」
アヤノにつられて泣きだした僕は、言葉に詰まった。
だって、今いくら僕が叫んでも、アヤノの心には届かない。
アヤノは昔から変わったことをしていた。幽霊たちを干渉させて、その悩みを聞いてあげる。幽霊を一瞬だけ自分に降ろして、心残りを探してあげる。
アヤノのお母さんが同じような能力を持っていたんだって。翡翠さんって聞いたけど。でも、その人も幽霊にたたられて、亡くなった。13……14歳だって聞いた。アヤノはその人の力を引き継いだんだ。
分かってもらえるようにその翡翠さんはアヤノの本当の「お母さん」ではない。
本当のお母さんは、あの女だから。
どうしたら届くかな、僕の声。アヤノの手、ぎゅっ手握ったら伝わるかな。
ねぇ起きてよアヤノ。僕、夜に押しつぶされそうだよ……。
『……さて、私はそろそろ此処に来ることもやめたいのだが』
シャムシエルは見上げるようなしぐさをし、溜め息をついた。
『友が泣いているぞ』
「……すーくんは大丈夫だよ。そのうちおさまるから」
私は笑い、シャムシエルと向き合う。
早くしないと。すーくん、きっと不安なんだ。私に、声が聞こえないこと、分かってるんだ。早く起きて、抱きしめて、怖くないよって言ったら、すーくん、安心すると思う。
でも違う。それはすーくんのことであって「粋」じゃない。
ジュンさんが粋に会ったって言ってた。確かに、すーくんの中には粋がまだいるって。それを引きずりださないと、
すーくん、××じゃうって。
「で、もっと話してよ、あなたたちのこと。私、一応たくさんの幽霊と話しているんだから。力になれると思う」
『……私は、その後のことは知らん。気がついた時にはもうこの状態だったからな。
もう一度、その場所に言ったら、弟の身体はなかった。其処にも、血ごとなくなっていた。もしやと思って周りを探してみると……噛み砕かれた弟の腕が落ちていた……恐らくクマなどに襲われたのだろう。生きている確率は低い。だがこれほどにまで死体を探しなかったとすれば、もう、それは……食われたとしか考えられないんだ』
「……私にどうしろと?」
『見つけてほしい』
「だから、死んだんでしょ?」
『生きている弟を』
……は? 私は何度も聞き直す。シャムシエルは正直めんどくさそうに何度も言い聞かせるのだが、私は無理だと首を横に振りまくった。
「生きてるわけないでしょうが! だって雪山の中でしょ?」
『……有力な情報があるわけではないが。死んだとすれば一度はそれを察せる時が来るはずだが、それは一度も感じられなかったのだ。もしかすると……』
シャムシエルはいたって真剣だが、私は吹き出しそうになるのを必死にこらえていた。
『……む、何がおかしい』
「おかしいさ……だってそんな……おとぎ話でもないんだし……」
『おとぎ話でも何でもいい! やらなければならないのだ!』
私の言葉を聞き、憤ったのか、シャムシエルは大声を出し、私を警戒した。それからすぐにまともに戻り、下を向いてしまう。
『私だって……分かっている。アイツは……私がやった。もういない。何処にもいない。身体も、何もかも、全部ないんだ……そのせいで……アイツが苦しんで……私は、アイツを……村を、此処を守りたかっただけで……』
泣き崩れるシャムシエルに私は数十秒の状況判断の時間が必要になった。
シャムシエルは誰も不幸にせず、生贄など、無意味なことをやめてほしかっただけだと、そう言っていたが。私の考えは違うと思う。
誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。それは神様が作った比率で、それがなければ世界は保たれない。
「シャムシエル? 大丈夫だよぉだってこれは、仕方なかったことだと思わない?」
撫でようと近づくと、シャムシエルの身体は意外と小さく、弱弱しかった。
それもそうだ。この子は餓死で死んだまま、何も食べてないはずだから。
「世界にはね、不幸がないといけないの。不幸がないと、幸せが成り立たないの。だから、シャムシエルは良いことをしたんだよ? 泣かなくても良いんだよ?」
私の呼び掛けに、シャムシエルは微かにしゃくりあげると、不思議な目で、私を見つめた。
『……まるで、ラブコールのようなことを言うな……』
「……何それ。ロマンチックな名前だね」
私の呟きも上の空といった感じで、シャムシエルは独り言のように話し出す。
『……ラブコールは……生命体がすべて感じる恐怖、不幸感、絶望などをこのんで食らう生命体で……ソイツも、幸せがないと不幸が生まれないと言っていた……知らないか? ラブコールはそのものが生命を失う途端に、そのものが一番会いたかったものに会わせてくれると……』
なんだか、ジュンさんがそんな話していた気がする。自殺の補助とかにもなるって、それで規制されてるって……。
「ジュンさんが話してたよ」
するとシャムシエルは一瞬私の眼を見つめ、
『そのものが、ラブコールの守り人だ』
そう、断言した。
唖然とする私に、シャムシエルは縋りつくようにして、近づいてくる。
『お願いだ! アイツは……ラブコールに依頼を……このまま、私の名前のまま死なれたら困るんだ……』
何か言いなおしたかのように言い淀んだシャムシエル。
私は、なんとなく、シャムシエルの気持ちがわかる気がする。粋のことと、同じ気持ちだと思う。
「……分かったよ、弟、見つけるよ」
『……アヤノ?』
「見つける。生きてるとこ、見せたら、クロさん、死なないんでしょ?」
シャムシエルの呼び掛けに、答えることはなかった。私は粋の叫び声を聞いて、眼を覚ました。
「アヤノぉおおお!!!! や、めてぇ、ぼ、僕がぁ……壊れる」
粋が必死で、泣きながら、私にしがみついてくる。
嫌だ。このまま、アヤノが行ったら、僕は、××しても良い。
「だって……見つけないと、探さないと。ねぇ? 今までもずっと、探してきたでしょ!?」
私も半分泣いて、それで、はっきりと私を見つめるすーくん……違う。粋だ。粋をみて、思い出したように抱きしめた。
戻った粋。やっぱり、すーくんは、粋の正常な気持ちだった。
粋は、作られた気持ちだから、こうしていられる。人間は、皮をはいだら、何も出来なくて、何もかもがこぼれだして、生きていけないんだから。
「大丈夫。クロさんに会いに行くだけだよ? 大丈夫、まだたくさん、聞きたいことあるでしょ?」
粋は泣いて、ちょっと笑って、涙をふくと、理性を灯した瞳で頷いた。
「分かった」
歩き出した私の手を、粋は私よりずっと強い力で握ってくれていた。