複雑・ファジー小説

Re: Love Call ( No.132 )
日時: 2011/12/18 01:51
名前: 葬儀屋 (ID: cX9VSRxU)

 誘拐犯が捕まった。

 さびれたアパートの一部屋に監禁されていた子供が自ら電話をしてきたのだ。

 しかし、その依頼は変わっていた。

〈助けてください。あの人を〉

 伝えられた住所へ向かうと、依頼人だと思われる少年は、黄色に変色したベッドへと寝かされており、首や手首、足首に枷がかけられ拘束されていた。眼にも黒い布が当てられており、それを外してみると、両眼ともえぐられている状態だった。

 その部屋の隅に、ぐったりと壁にもたれる誘拐犯がいた。痩せこけており、立つことさえままならないそれを、私は連れ出して、警察へと連絡した。

 黄色に変色したベッドは、恐らく誘拐犯の胃液だったのだろう。

 私は、少年に話しかけた。

 どうして、誘拐犯を、自分をさらい狭い空間に閉じ込めた者を助けてくれといったのか。

 すると、彼は穏やかな笑みでこたえた。

「あの人は、本当はいい人だから。僕のせいであの人がものを食べられないなんて、嫌だったから」と。

 少年には拒食症の症状が出ていた。誘拐犯は、何も食べられない彼に気を遣い、自らも何も口にしなかったのだと言う。

 何故私に連絡したのかと聞くと。

「いろんな人が教えてくれた。貴方はいい人だって。だから、貴方だったら、あの人を、受け入れてくれるかなて」

 誰に聞いたのかと聞いた。

「貴方を知ってるいろんな人。貴方が殺した人や助けた人全員。お花の名前持ってるんだよね……僕もそうなんだ」

 人殺し。私は戦慄した。

 少年は笑う。

「怖がらなくていいよ……僕はちょっと、変わってるんだ。



 僕はね、Love call。死んだ人と生きている人をつなぐことができる電話なんだ」



 僕に名前はない。ずっと、ラブコールって呼ばれて来たけど、それは電話の名前。僕は電話の本体だけど、でも僕には僕の心がある。

 その人は……彼は、初めて僕を認めてくれた人。

「僕はものだから性別もないし、名前もないよ。でもね、彼は僕を人間として見てくれて、名前もつけてくれた。冬花って。綺麗な名前だよね? あの人の好きな花が沈丁花だからなんだって」

 大好きって言ってくれた人。お母さんやお父さんみたいに、僕を怖がらないで受け止めてくれた人。

「ねぇ、あの人を救って。あの人、とってもいい人だから本当は刑務所なんて行かなくていいの。僕、何もされてないから。此処に連れてきてもらっただけだから。愛してもらっただけだから」



 これが誘拐犯が行った刷り込みの結果なのだと、私は痛々しくも思えてきた。

 痩せて、ゆるくなった少年の手錠。彼はきっと、此処から逃れることができたのであろうに。

 

「だからね、お願い……あの人を、助けて」



 分かっている。この人は罪人で、悪い人で、とってもとっても怖い人。だけど、この人だけなんだ。彼を分かってくれる人は。



「あの人に……僕からって。お願い」



 その日。消えた少年は何処に行ったのか分からない。見えていないはずの眼で、何処にも行くあてのないはずのない足は、ただどこかに向かって歩いていった。

「先生? そのお花、何ぃ?」

 傍らで微笑むこの子は、少しだけ、あの時の少年に似ている気がする。

「沈丁花の花ですよ」

 店員も珍しそうにしている。それもそうだろう、沈丁花だけの花束など、それほど注文もないだろうから。

 それを持って、病院へと向かった。

 あの誘拐犯は、牢には入らなかった。精神異常とみなされ、精神科へ入院している。

 そして私は、少年と約束した日に、毎月、沈丁花の花束を贈っていた。



 ボクは冬花から捨てられた。

 悲しかった悔しかった怖かった寂しかった痛かった苦しかった気持ち悪かった。

 嫌だ。もう嫌だ。生きていたくないこんなところ。

 もう消えてしまいたい。消えて、冬花に会いたい。

 だって、死んだら死んだら、こんなところにつなぎとめられないはずだから……。

 こんなベルトも外して、此処から出て、冬花を、抱きしめられるから。



「人生の最後に、貴方は誰に会いたい?」



 そう、今聞かれたら、ボクは答える。

「冬花……冬花に会いたい」

 すると、その少年は……冬花によく似たその子は。

 とても嬉しそうに、とても悲しそうに、笑った。



「貴方のお願い、叶えてあげるよ」



 今、ボクは分かる気がする。

 あの、幽霊みたいな、儚くて、もろくて、手にも取れなかった手は、冬花のものだったんだろうなって。