複雑・ファジー小説
- Re: Love Call ( No.135 )
- 日時: 2011/12/27 11:07
- 名前: 葬儀屋 (ID: cX9VSRxU)
ねぇ、君は本当に存在していたの。
誰かが作った御伽噺じゃないの。
君は本当は存在しなくて、誰かの強い意思で此処に具現化されているだけであって、
たとえばお母さんとか。
そんなことだから、都合良く生きているんじゃないの。
……ほんと、お前は馬鹿だよね。六歳にもなって言葉が分からないなんて……喋ってみろよ。天国のお母さんのためにも。
本当は、お前が死ぬべきはずだったのにさ。
「クリスマス」
怖かった。すごくすごく怖かった。お姉ちゃんの言ってることは分からなかった。でもね、僕喋れるようになったよ。もう、お母さんがいなくなっても、泣かなくなったよ。僕だって成長しているよ。唯……ただ、ちょっとだけ、遅いだけなんだ。
そんなことを、お父さんは自分に言い聞かせるように言っていたな。
もみの木は僕と同じぐらいの高さで、そのてっぺんに星と「HAPPYBIRTHDAY」と書かれた紙テープが巻かれていた。
ケーキは二つ。一つはサンタさんが乗っているショートケーキで、もう一つは……ココア色のクリームが飛び出している、潰れたもの。本来なら丸くて、その上に、僕の名前と「お誕生日おめでとう」と書かれたホワイトチョコレートが乗っていたもの。
お母さんとお父さんとお兄ちゃんは死にました。交通事故で、飲酒運転の車に突っ込まれて死にました。僕の誕生日ケーキを買うために出かけて行って死にました。僕はまだケーキを見ちゃいけないからってお姉ちゃんと一緒に留守番してました。
本当は、僕も一緒に死ぬはずだったのに。
「あぁ? お葬儀……って。心配しなくても大丈夫だよ。こっちで準備するから……優太? 相変わらず、今何が起きているのか分かってないみたいだよ。この調子なら一生、分かんないだろうね……叔母さんもあまり甘やかさないでね。教会に入れたところでろくなキリシタンになりそうじゃないから……分かった、後で電話する。じゃね」
分かってるよ。お母さんいないって。お父さんいないって。お兄ちゃんいないって。お姉ちゃん悲しいって。でもね、僕の知ってる言葉じゃ伝えられないよ。
「ねーね」
僕がお姉ちゃんを呼ぶと、お姉ちゃんは五月蝿そうに振り向くよ。そのとたん怖くなって、下を向くと、溜め息付いて、離れていくでしょ。
「めそめそ……ねーね……ごめんなさい」
呟いても、届かないでしょ。
お母さんなら、僕の言うこと、分かってくれてたのに。
「あんたのせいで家族全員、死んじゃったんだよ!? なんで? なんでお前だけ生きてるんだよ。この役立たずの屑が! お前の存在自体、最初から無意味な者で、お前の存在でお母さんがどれだけ、お父さんがどれだけ泣いたのか、分かってるの!?」
怖くて、仕方なくて。近くにあったカッターをお姉ちゃんに向けた。
悲しくて、寂しくて。お母さんが僕を必要としていないことぐらい、自分にも分っていた。
血は、赤かった。カッターがお姉ちゃんの皮膚を切る感覚が……気持ちよくて。それでお姉ちゃんが黙ったから。もっとしたら僕の気持ち、分かってくれるのかなって思って。刺してえぐって、つねって引っ張った。鉄の味としょっぱい味が混ざって消えて、目の前が真っ白になった。
少し、時間がたって。僕は落ち着いた。手は震えていたけど、もうお姉ちゃんが動かなくなったんだなって思うと、気持ち良くなった。閉じてあったカーテンを開くと、外はもう明るくなっていた。
「クリスマス……」
僕の誕生日。キリスト様の誕生日。嬉しくなって、僕は笑った。
「ねーね! お外、氷いっぱい! わいわいしよぉ!?」
振り返って、初めて。僕の身体が、赤いことに気がついた。
部屋中が赤。床も壁もお姉ちゃんの身体も。白かったケーキもサンタさんも。
全部が赤。
お姉ちゃんの背中から、何かが出ていて。其処に蝿がたかっていた。
「……ねーね」
口をふさぐ。喉元までせりあがってきた食べ物を飲み込んで、蹲った。
気持ち悪い異臭が部屋の中に立ち込めていた。腐ったものがこの部屋の中にあるみたいだった。
そこで、分かった。僕の、お姉ちゃんが、もう死んでいることに。
お姉ちゃんを、僕が殺したことに。