複雑・ファジー小説
- Re: Love Call ( No.139 )
- 日時: 2012/01/05 23:25
- 名前: 葬儀屋 (ID: cX9VSRxU)
おはようおはよう!? まだおねむなの? 大人はそれだけ寝なくても済むんじゃないの!? ねぇねぇ遊んで。遊んでよ。
先生?
身体を起こすと、朝霧が隣で微笑んでいた。
「せんせーチョコレートケーキでよかったぁ? あ、えっとね、ローソク五十本もらってきたよ!」
「馬鹿。二十四で足りるんだよ……あぁ、花狩。大丈夫か。だいぶうなされていたが」
額をなぞると汗がにじみ出ていた。息も切れて、肺が痛い。
「……っわたし……は……!?」
「あぁ、さっき寝て、起きそうもなかったから朝霧とお前の誕生日用のケーキ買って来た。もう買う買うって五月蝿くてよ。まだ寝ておけ。熱が下がってない」
押し倒され、再びベッドに横になった。
まだ、状況がつかめていない。私は死んだはずだ。それともあれは、姉原の言うように、私が寝ている間見ていた夢だったのか。
夢にしては……鮮明すぎた。
「ねぇ、今日ね、教会でろうそくたくさんつけるんだって。見に行っても良い?」
「駄目。夜は一層冷える。さっきも夕飯食べて吐いただろうがお前」
「うぅ……ケチ!」
「お前も気、遣え。花狩は熱で動けないんだから無理させるな。分かったな」
「姉原のばーか。それくらいわかってるもん……」
「馬鹿言うな馬鹿。馬鹿っていう方が馬鹿だ馬鹿!」
「姉原も言ったー! 馬鹿言ったー!」
……夢だったのか。
二人の会話に噴き出した私は、そう考えるようにして、台所へと手探りで進んでいった。動揺する姉原の手から食器を受け取り、刺さるような水へと手をつける。
冷水が心地よいほど、身体がほてっていた。家事は好きな方なので、苦に思ったことはない。袖を上げ、眼鏡に触れてから、スポンジをとり、食器を洗うことに専念した。
みんなが笑ってくれればいい。楽しく会話して、心の傷をいやして、いつか、本当の家族のもとに戻って、本当の愛の中、育ってくれればいい。それだけでいい。
ただ、それが続いてくれればいい。
「…………はぁ」
ゆっくりと息を吐き出す。食器を洗い終え、袖を伸ばしてずり落ちた眼鏡を持ちあげる。視界も、先ほどよりクリアになった気がした。
「終わった? 早く手、拭いてこっち来い。今日はたくさん食べてもらうぞ。ケーキ二個分、明日までに食べてしまう予定だから」
台所をのぞいた姉原に相槌を返し、リビングへと向かうと、朝霧はすでに椅子に座っていた。脚の高い椅子で両足を揺らしている。
「せんせー、どっち好き? 僕ね、ショートケーキが好きかな。姉原のケーキね、すごくおいしいんだよ」
「そう、ですか」
私を隣に座らせると、朝霧は満足げに笑い、二つのケーキを見せる。
ショートケーキと、チョコレートケーキ。
トラウマに近い組み合わせ。一気に視界が霞んでいく。頭をおさえ、机に突っ伏した私に、朝霧が表情を崩さないまま、言葉を変える。
「……そろそろ、起きても良いころじゃないかな」
「………朝霧さん……?」
冷たく突き刺さるような声に、私は思わず身を引いた。
「……これはね。全部全部、幻。君が見たいって言うから、僕が作ってあげた夢。感謝してよ。結構、気持ち悪かったんだから」
視界はさらに霞んでいく。遠くで姉原の悲鳴のような声を聞いた。
「甘ったるいね、こんな戯言。意味分からないよ君。精神年齢が幼すぎる」
全てが闇に包まれ、私は瞳を閉じた。体中がしびれているような感覚に陥り、唯、朝霧の冷たい声だけが、響いていた。
「人を殺した時から、君は何も変わってないね。それは仕方ないかもしれないけど。前に進もうとしてない。そんな勇気もないヘタレ君。
お姉さんが怖い? 幽霊になって自分に憑いて、気を狂わされるんじゃないかって。そんなの考えなくても良いよ。君のお姉さんは君のことなんか忘れちゃって、楽しく暮らしてるんだから」
瞳を開くと、交差点だった。
其処には、冷たくなった私の死体と、血で服が赤くなりながら私の身体に泣き縋る朝霧の姿だあった。
「これが現実。君は死んで、あの子は心に傷を負って。この後の展開、教えてあげようか?
この子は脳に後遺症を受けて家族のことも忘れちゃう。覚えているのは優しかった先生の残り香と姉原って言うさっきの人だけ。勉強もできなくなって学校には行けなくなる。君の残像を追いかける気違い人。何度も何度も生死をさまよって苦しんで苦しんで自殺を選ぶんだ。優しさにも触れることなく、死んでいく。
君の名前を、呼びながら」
視界が揺れる。私は、朝霧に近づき、朝霧の名前を叫ぶ。蹲る朝霧の背中を抱きしめようと手を伸ばす。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
抱きしめるも、朝霧は気付かない。唯、死んだ私の身体の傍らで蹲り、泣くだけだった。
「最後に……君の願いごと、叶えてあげるよ」
背後から、そう問いかけてくる声。振り返ると、朝霧によく似た、少年が微笑んでいた。
「LoveCallの力で、あの子に、君の声。届けてあげる」
街はクリスマスムード一色で、何処からともなくベルの音とクリスマスソングが流れている。
白ひげのサンタににらみを利かせていた翡翠は、淡い匂いに気がつき、周囲を見渡した。
——……私と同じ香水の匂いだね——
こんな安っぽい香水を買うのはそれはたくさんいると思うが、やはり親近感がわくと言うものだ。その残り香を追い、街を走った。
匂いは四方に飛び、ゆったりと周囲に漂っている。これだけ広範囲を移動するのだから、子供か? それとも……。
「……久しぶりの、お客さんだね」
翡翠は、目の前の意思に向かって、微笑みかけた。
「君の最後の後悔を、私に聞かせてくれるかな」
クリスマスの夜。
彼と出会ったのは、ろうそくがきらめく、教会の前だった。
——私の後悔は……——
——守れもしない約束を、心から望んでしまったことです——