複雑・ファジー小説
- Re: Love Call ( No.20 )
- 日時: 2011/08/13 16:35
- 名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)
外も暗くなり、真夏の夜が訪れる。こんな時には怪談がちょうどいい……とかなんとか言いながら、夕食を済ませた少女は自らの名前を翡翠と名乗り、話し出した。
「えっと、まぁ……もう一度聞くけど、幽霊って信じる?」
夕飯も一緒だったうえ、かなり翡翠の方は打ち解けたのか、敬語がどこかに飛んでいた。
「信じるか、そんなもの」
頷きかけた朝霧の顎をおさえ、姉原は答える。
「……脳味噌真四角だね」
「何だとこの野郎」
軽く声をたてて笑い、翡翠は両手をクロスした。
「でも残念。その解答は外れ。幽霊はいるんだよ実は」
「いるわけないだろ。それは人間が作り出した幻想だ。だから触れられもしないし、いもしない」
「でも、人間には幽霊を作れるんでしょう?」
その言葉に、姉原は口をつぐみ、動きを止める。
「私は幽霊を科学的に見ないようにしてる。精神的に見ているんだよ。分かるかな。だから姉原が言っていることは正しいんだよ」
「……幻想だということか」
呼び捨てにされ、微かに憤る姉原。しかし、翡翠はそれに気づいていないようだった。
真剣な眼差しに、姉原も思考を変えた。
「意志……って分かるよね。生き物が誰しも持っているものだよ。その意志が強いとき……偶然、同じ匂いを持つ者が、それを精神的に見ることができる場合があるんだ。
たとえ、それが死んだ人間の、残像であっても。
私はね、普通の子供で、勿論霊感はない。だけどね……」
翡翠はズボンをあさり、一つの箱のようなものを取り出した。
「これ……この香水。この匂い、分かるでしょ?」
きつい、鼻を突く薔薇の匂い。
「……私は、花狩って人と、共通点があった。偶然、同じ匂いだったんだよ。だから私は精神的にその人の幽霊を見て、話をした」
「ちょ……待て。話をしたのか?」
平気で頷く翡翠。その真顔に姉原は考え込んだ。
「だから此処の場所も分かったんだよ。朝霧の名前も、姉原の名前も。その人が亡くなって、苦しいくて、悲しい思いをしているのも……って、何すんのよ!」
——俺の名前を……花狩から……?——
おかしいくないか。
「お前、すぐ精神科に行って来い。狂ってるぞ、どう考えても」
姉原に引きずられる翡翠。全力で抵抗しているが、離してもらえるようすはない。
「だから、私は花狩って人から此処のこと教えてもらって、朝霧にどうしても伝えたいことがあるからって、手伝ってくれって……髪ひっぱらないでよ!」
「そんなことだったら直接朝霧のところに来ればいいだけの話だろ? なんでわざわざお前を挟んでこなければいけないんだよ。ほら、行って来い」
「一度行ったけど、なんか変な希望持たせちゃいけないからって……それに寝てたって……」
「叩き起こせばいいだけの話だろうが! ほら立て! 今すぐ病院いって、そのおかしな頭を調べて……」
「先生、来たよ」
姉原に睨みつけられ、ビクつく朝霧だが、それでもしっかりと翡翠を見つめていた。
「この前……来てくれたよ。僕の名前……呼んでくれた。靴も無くなったんだ! だから……先生、どこかに出かけたんじゃないかって……」
「おぉ! 朝霧、よく思い出した! ほぅら、見たって言う証言が二つもあるんだぞ。私の頭はおかしくない!」
「朝霧は前からこんなことしてるんだ。ずっとな。だからいい加減……」
「違うもん! 先生の声、聞こえたもん! 匂いも……」
「朝霧のこと信じてやりなさいよ! それでも保護者か!」
部屋の隅により、こちらへ威嚇するように叫ぶ二匹。猫のようにも見えてきて、姉原は散々な気持ちになった。
それに、翡翠の情報は気になることばかりだ。
花狩と朝霧の名前は小さくても新聞記事に載った時点で把握できるが、姉原の名前は何処をどう調べても出て来ないはずだ。
面白い。
「もう……好きにやれ」
「むっ……やっと受け入れたか、脳味噌真四角め」
「うっさい」
翡翠の満面の笑みを見つめ、姉原は特大のため息をつくだけだった。