複雑・ファジー小説
- Re: Love Call ( No.24 )
- 日時: 2011/08/16 15:02
- 名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)
痛い……身体が動かない……頭が特に痛い。床は……アスファルト? 石が頬に当たる。指先には……誰だろう。自分ではない誰かの身体を抱きしめている……?
——……朝霧……さん?——
眼を開ける。空は厚い雲に覆われていた。それにちらちらと白いものが降っている。
雪、だ。
ふと、疑問に感じた。今は夏ではなかったか? 夏……それにさっき自分は眠ったはずだ。ちゃんと家の中で、朝霧と一緒に姉原にせかされて……。?
そこで、翡翠の意識は完全な覚醒をした。
しかし、その思考もすぐに遮られる。翡翠は自分の意識を忘れぬよう、名前を何度も繰り返し、心に留めた。
——……嗚呼、まただ——
感情が入り込んでくる。雑音の入ったその声は、頭に直接響き、鈍痛をもたらす。
——……私はまた……間違ってしまったんだ……——
額に触る。ぬめりとした感覚があり、細い指には、血がべっとりと付いていた。
「……朝霧さん……」
抱きしめた身体を触る。幸い、どこも出血しておらず、安堵のため息を吐く。
「……ごめんなさい……」
視界の端には、潰されたケーキの箱があった。タイヤの跡がくっきりと残るその白い箱からは、チョコレート色のスポンジとクリームが飛び出していた。
「ケーキも……台無しになってしまって……」
——嬉しかったのに……楽しかったのに……——
——なんで……私のせいで……——
「ごめんなさい」
胸が締め付けられる。痛い。涙が伝う。もう何も見えない。見えない。目の前も、空も、抱きしめた身体も。
——ありがとう……ごめんね……——
「ごめんなさい……朝霧さん……」
「……ったく、何なんだこの夢は」
翡翠は呟き、自分の額を触った。
ぬめりとした感触は大量の汗であり、鮮血ではない。
「……追体験か。気が早いよ、アンタ。そんな大切な思い出を赤の他人の私に簡単に見せちゃっていいの……?」
壁に問いかける。勿論、答えはない。
追体験。翡翠にとっては時々あることであった。意思が干渉し、強い思い出を感覚ごとフラッシュバックするのである。時折いいものもあるが、流石に今のはいただけない。
「もうちょっと楽しい思い出もあるでしょう……まぁ、死に際が一番印象的だったのは分かるけどさ……」
恐らく今の追体験は、トラックにはねられた直後だろう。
ひき逃げで、周りは誰もいない真冬の中。正直、寂しかった。
「……大丈夫、そのうち、また話をさせてあげるから。それまで我慢してよ。ね?」
そう言えば朝霧がいなくなっていた。恐らく、うなされている翡翠に怯えて、姉原のところに行ったのだろう。
「全く情けないな……一人で寝るか」
背伸びをして横になる。追体験は二度寝してから見たことがないため、あまり寝不足には困ったことがない。
——また……間違った……?——
今度、また話し合ってみよう。あの人と。変わった人だったから、色々と聞きそびれていたこともある。
何故、自分の名前さえ、言い淀んでいたのか。
翡翠は、花狩自信のことをまだ何も分かっていなかった。