複雑・ファジー小説

Re: Love Call ( No.25 )
日時: 2011/08/20 20:41
名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)

「……大丈夫?」

「全然大丈夫じゃないよ……寝不足だよ……」

 朝。身をやっとのことで支えながら、翡翠はリビングへと入った。

 その姿はゾンビにも似ており、朝霧は少々引き気味である。

 追体験の後。安心して眠りについたはずが、フラッシュバックはまだ続いていた。そして永遠に救急車のサイレンを聞かされ、気が狂う寸前で眼を覚まし、そこから眠れていないでいたのだった。

「は……そのまんまいなくなっちまえ」

「姉原ぁ〜、今日学校休みたいぃ〜、ねぇ、電話してよぉ〜」

 泣きながら縋る翡翠を蹴飛ばし、姉原は椅子に座る。

「残念ながら今日は祝日だ。俺も仕事は休んでる」

「え? マジで?」

「今日はたくさん遊べるよ」

 朝霧は満面の笑みでそう言い、翡翠に手を差し出した。翡翠もそれにこたえ、その手を掴ませてもらう。

「こら。今日は散髪に行く約束だったろ?」

「……外行きたくない」

 珍しく外出を拒む朝霧。いつもは喜んで外へ飛び出すのだが。

 今日はあいにくの曇り空となっていた。

「……また日を改めたら? 今日は遊んで気晴らしもしないと」

「いつも気晴らしはしてんだろ……とは言ってもな。この天気だし……」

 昔の記憶を蒸し返されたばかりの朝霧に、あまり刺激は良くない。姉原も流石にそこを気にしていた。

「雨も降りそうだからなぁ……」

「え? 雨? いやぁチョー好き! ねぇねぇ朝霧ぃ〜一緒行こうよ〜」

 翡翠の声に驚いたのか、表情が凍りつく朝霧だが、すぐにまた笑みを見せ、頷いた。

「うん……翡翠が一緒ならいいよ」

「ありがと〜! 朝霧〜」

 合図を送るように姉原を見ると、姉原は睨みつけるように翡翠を凝視していた。

「ん? どしたの? 姉原」

「……その雨好きは……昔からか?」

 突然の問いに、そう言えばと首をかしげる。

「う〜ん……ころころ変わるからねぇ……分かんないよ。でも、雨女だってことは前からだね」

 そしてその意図を察する。

「え……もしやこれって……」

 凍りつく空気。

——失敗した——

 今一番話してはいけないことだったか。いやしかし、これは自分に干渉してきた意思のせいでと解説するべきか。

 あたふたと姉原の視線を無視しようとする翡翠に、朝霧が一言。

「綺麗だもんね」

「……え」

「雨」

 にっこりとした表情に、殺意は感じられない。

「姉原さん。今日の方がいいんでしょ? なら早く行こうよ。雨降っちゃったら服が汚れちゃうから」

「……分かった」

 ひとまず蛇の視線から逃れた翡翠は深い溜め息をつき、朝霧は依然としてにこにこ顔を保っている。

「片付けてから出かけるから。準備をしてこい」

「はーい」

 ひとまず朝霧が退散。翡翠もそれについていこうとするが、襟首を掴まれ、その場でむなしく足踏み。

「お前は手伝えや、馬鹿野郎……」

「……はい」

 嫌々台所に立たされ、差し出される食器の水滴をふき取り、食器棚に直す。

 流石に姉原の手つきは慣れたもので、主婦さながらの素早さであった。

「……お前はころころ変わるらしいな」

「うん。趣味も性格も。これに落ち着いたのはつい最近だよ」

「前にもお前にとりついた奴がいたのか」

 中に眼を泳がせ、翡翠は思い出を探る。

「四人ぐらいかなぁ……知らずになってたこともあったから。ほとんど無視してきたから」

「何故、今回は引き受けた」

 睨まれ、しゅんと縮こまる翡翠。

「睨むの、癖?」

「話せ、早く」

「えっと……」

 縮こまりながらも、翡翠は表情を和らげ、眼を細めた。

「今までで一番私と共通点があったからかなぁ」

 それに、今までとりついてきたものと、あの人の感情は違う。

 悲しくて寂しくて怖くて。淡い意思だったが、触ってみると、とても強く干渉をしてきた。

「匂いだけじゃなくてね……なんか別にとっても近いところがあるのかもしれない……ぽっかり空いた穴の位置が限りなく近いのかも知れない……」

 怖い思い出。その感覚が限りなく自分に近かった。

 静かな部屋。その部屋が赤く染まり、自分も真っ赤。息が荒くて、泣いていたように目が腫れて。

 夜。一瞬だけ見た光景。匂い。感覚。部屋の暗さ。胸の締め付けられる苦しさ。罪悪感。目の前のものを見てはいけないという防衛本能。

「私は……見つけようと思って。今回のこの人で。私が失くしたところを見つけたくて……」


「だから此処に来ようと思ったんだし」


 自分が何かをやらかしたことは分かる。それが法律に触れていることもわかる。ただ、自分はなんでこうやって逮捕もされずに野放しになっているのか。

「だ……だから別に、あんたたちのために来たわけじゃないんだからね!」

「あっそ」

 軽く受け流され、翡翠は溜め息交じりに笑った。


「まぁね。一回は人助けもいいと思ったから、ってのもあったんだけど」


 もしかしたら人助けではなく、迷惑になっているのかもしれない。

 姉原の表情をうかがうが、いまだに無表情。全く読み取れない。

 しかし、嫌悪の表情を見せないということは、満更でもないということではないのか。恐らくそうだろうと信じ、翡翠は此処に居続ける。


 翡翠が住み着き、一か月が経った日だった。