複雑・ファジー小説
- Re: Love Call ( No.28 )
- 日時: 2011/08/22 16:37
- 名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)
一か月も経てば、何かわかるだろう。
そう、翡翠は高をくくっていたのだが。
いまだ花狩の意思は沈黙を続け、朝霧の情報も頼りない。姉原はことあるごとに自分を睨むし、何より此処では花狩に関する言葉は全て禁句ワードとなっている。
——全く、此処のファミリーはどうなっているんだか——
「姉原はあそこにどれくらい通ってるの?」
小雨が降ってきたため、縦一列に三つの傘が並んでいる。まるで学校の遠足でも行くような気分だった。実際に行ったことはなかったが。
「なんで俺がそんな私情をお前に話さなければならないんだ」
「少しくらいいいじゃん! 私はもうほとんど此処の家族だよ?」
振り返り、姉原を見ると。
「前見ろ」
ずっ……と引き寄せられ、すぐその横を水しぶきが通過する。
「ここら辺、車通らないように見えて結構通るから。気をつけろ」
「……あぁ、ごめん」
すぐに体勢を立て直し、前を見つめる。
後ろからは凄まじい殺気が感じられた。
蛇に睨まれる蛙はこれぐらい震えあがっていたのかと理解し、一方るんるんと歩を進めていく朝霧を見つめた。
先程はあんなに嫌がっていたのに、今ではこんなに上機嫌だ。
感情の乱れがある。喜怒哀楽が唐突過ぎて、良く分からない性格だ。よくこんな性格を読み取り、付き合うことができたなと、改めて感心する。
静かに降り続ける雨。翡翠はふと、思い出した。
今までの記憶の中に、雨は多い。夏の夕方に襲う夕立のあの強い甘い匂いは、激しい記憶の中でたくさん残っている。勿論、自分のものではないものもたくさんある。
綺麗だと、朝霧は言ったが、翡翠はそう、思わなかった。
——雨が降ってると……安心するんだよ——
全身を包む安堵感。柔らかい感情が心から溢れ出す。
——なんかこう……お風呂に入ってるときみたいな……?——
「翡翠、着いたよ」
朝霧の声に自我を思い出す。そして、指を差された方向を見ると。
古びたログハウスに薄れた看板。
”雨音喫茶”
「喫茶店……?」
「うん! 此処の蛍さんが髪切ってくれるの!」
元気よく飛び込んでいく朝霧。それに合わせるかのごとく、扉が開き。
「やぁ、初めてのお客さんだね?」
店員と見受けられる若い男がほほ笑んだ。
「ようこそ”雨音喫茶”へ」