複雑・ファジー小説

Re: Love Call ( No.29 )
日時: 2011/08/24 13:10
名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)

「……此処どこ?」

「雨音喫茶」

「なんで其処にいるの?」

「朝霧を待っているから」

「じゃなくて……なんでカウンターの向こう側にいるかって聞いたんだよ。しかもコーヒー豆潰しながら」

 姉原は背後の棚から紙袋をとり、手動コーヒーミルへと乱雑にコーヒー豆を放り込む。

「此処が俺の仕事場」

「さっきの人は?」

「此処の店長」

 音を立てながらコーヒー豆を潰す姉原。ポットの中の水はすでに熱湯になっていた。

「何飲む気満々なの? 商品勝手に飲んじゃっていいの?」

 翡翠には名前も分からないコーヒー専門の器具を取り出し、引いたコーヒー豆の粉をセット。お湯を注ぎこむ。

 一滴ずつ落ちるコーヒー。姉原は無言で掌を差し出した。

「金とるの?」

「商売なもんで。まけて五百円」

 翡翠は全力で溜め息をつき、その掌に有り金すべてを置いた。四百九十七円。

「毎度あり。三円はまけてやる」

 にやりと笑う姉原に翡翠は舌をだし、がたんと額をカウンターに押し付けた。

「なんで蛍さん……だっけ? 此処で散髪できるの?」

「朝霧は蛍のお気に入りだからな。小さい頃から此処に通っているらしい」

 幼い頃とは、花狩と同居する前のことらしい。

 朝霧は家庭内暴力に苦しみ、一人で家を飛び出し、保護施設へと赴き、自分を保護してほしいと頼んだのだそうだ。両親は前々から朝霧をその場所に連れて行っていたらしく、そこの人々は快く引き取ってくれたというわけだ。

 そして里親を募集したところ、花狩が現れ、引き取られたのだと言う。

「へぇ〜結構根性あるんだねぇ〜」

 まさかあのようにひ弱な朝霧が一人で保護施設に行ったとは。後で頭でも撫でておこうか。

「俺もその時初めて朝霧に会ったが、数十秒ぐらいで懐かれたから、世話係になった。それだけのことだ」

 姉原はあの場所以外に自分の家を持っているみたいだが、24にもなればそれぐらいは当たり前のことなのか。

「で。両親は?」

「行方不明。朝霧は親の名前すら覚えてない」

 事故で頭を打ったときにあやふやになってしまったらしい。自分に親があったこと自体は覚えていたらしいが、名前や顔など詳しいことは分からなくなっていた。

「自分の情報は与えないくせに朝霧のことはぺらぺらよくしゃべるねぇ」

 拳で殴られ、一瞬火花が散る。

 無言で頭をおさえる翡翠に、姉原は言った。

「お前は、花狩と何個も接点があるんだろう?」

「うん……まぁ……たぶん」

「それなら、俺の話は聞かない方がいい」

 ぬっと顔を上げた翡翠の頭を押し付ける姉原。


「俺は、愛され過ぎたんだ……」


「え? なんて言ったの今!? ちょっとねぇ」

 小声での発言はかろうじて翡翠の耳には届かず、姉原はひとまず安心する。蛍の姿を確認し、翡翠の頭から手をどかした。

「はい。朝霧君完成」

「ありがとな。朝霧、お前礼言ったのか?」

「言ったもん!」

「ちゃんと言ってくれたから。大丈夫だよ」

 くすくすと笑い、蛍は翡翠に目を留めた。

「翡翠ちゃん……だっけ? 初めまして。僕は此処の店長、蛍です」

「あぁ、聞いてますよ、其処の人から。私は翡翠です。朝霧のよき理解者で居候中です」

 それぞれに軽い自己紹介をし、頭を下げる。

「居候中の子って君のことだったんだね。いやぁ姉原君さも嫌そうに話すから悪がきかと思ってたけど。可愛い子じゃないか」

「は。どこが?」

「翡翠は可愛いよ!」

「お誉めいただき光栄です。蛍さん」

 何やら後ろで言い争いを始めた姉原と朝霧を確認し、翡翠は声のトーンを落とした。

「あの。私もカット、良いでしょうか?」


「へぇ。朝霧君の里親さん」

「知らないんですか?」

「さぁ……ねぇ? 僕は朝霧君の本当の親しか見たことないから」

 微笑みながら話す蛍に嘘が隠れているとは思えない。

 情報なし。やはり花狩本人に直接聞くしかなさそうだ。

「ありがとうございます。……えっと、カットの方は」

「だけどさ」

 退散すようとする翡翠の背中に、蛍の視線が突き刺さった。

「あんまり、かき回さないでくれないかな?」

「……は?」

「やめてほしいんだ。そう言うの」

 恐怖が身体を締め付け、振りむけない。

 すると、ふっと肩に手がかかり、ぎっと指が食い込む。


「これ以上、入り込まないで」