複雑・ファジー小説

Re: Love Call ( No.31 )
日時: 2011/08/25 16:26
名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)

 特殊な思い出だと思う。人を殺した時の思い出は。

「翡翠、大丈夫?」

 朝霧に姉原は笑いかけ、その髪をぐちゃぐちゃと撫でまわした。

「大丈夫だ。少し休むらしいから。しばらく静かにしとこうな」

「……うん」

 朝霧に軽く声をかけ、家を出る。水浸しの道を歩き、雨音喫茶へと入った。

 蛍は微笑み、姉原のカウンターへとコーヒーを出す。

「すまないな、さっきは。翡翠に色々と聞かれたんだろ?」

「……こっちこそごめんね。驚かせちゃったかな?」

「少し驚いてたが。あの図太さでなら大丈夫だ」

「……そう? それならよかった」

 沈黙が続く。蝉の声が聞こえる外は微かに光が弱まったように見えた。

 やっと、夏が終わる。

「……姉原君も知ってたんだよね?」

「何が」

「翡翠……杉舟 翡翠が親を殺していたということだよ」

「……」

 あいまいだった。そうなんじゃないかと、思っていたが。

「同姓同名じゃないのか? あれが起こったのは今から七年前だぞ? 五歳の子供が大の大人と何歳も年上の男を殺せると言うのか」

「協力者がいたら?」

 蛍を見上げると、まだふやけたような笑みを見せている。

「あんな証拠ばっかりの現場があるのに、なんで捕まらなかったかっていうこと」

「……相手が子供だったからじゃないのか」

「なんで警察が子供を逮捕するのにビビらなければいけないの。名前まで分かっておいて」

 カップを下げ、蛍は姉原に近づく。

「ねぇ、一緒に調べてさ、あいつのこと、刑務所に送ってやらない?」

 顔を近づける蛍を、姉原は睨みつける。

「君も嫌なんじゃないの? 朝霧君が傷つくの見てて」

「……どうだかね」

 蛍の額を軽くはじき、姉原は店のドアに手をかける。

「考えとくよ、その話」

「頼んだよ」

 作り笑いに見送られ、帰路についた。


「朝霧……姉原は?」

「蛍さんのところに行ったよ?」

「……そう」

 椅子に座り、深い溜め息をついた。

「翡翠、大丈夫?」

「え? 全く大丈夫じゃないよ。この通り」

 眼が痛い。まだ赤かったのかもしれない。背もたれにふんぞり返り、小さく唸る。

「ごめんねぇ、変なとこ見せて。怖かった?」

「……先生と同じだった」

「あっそ……え?」

 体勢を立て直す翡翠。もしや、有力な情報を得られるのか、朝霧から。

 しかし、朝霧は何も語らず、爽やかな笑みを見せ。

「良かったよ。元気になったみたいで」

「あ……うん、アリガトネ……」

——何があっても話さないか……油断ねぇなおい——

 しかし。あのような発作的パニックがあったことは確かなようだ。「同じ」だということは場所や時間帯のことも含まれるかもしれない。

——天気も気になるな……——

 意思の干渉により、翡翠は一時的に雨を好むようになっている。晴れに嫌気がさすのもそのせいだと思われるし、なんだか最近そわそわしてくる。

 夏が終わる。

 それが不安で仕方がない。

——もう九月入ってんだぞおい……——

 恐らく、花狩は蝉が鳴きやんだ時が夏の終わりだと考えているのだろう。

「もうすぐ夏が終わるけど」

 朝霧は何やら紙に向かって鉛筆を動かしている。とりわけ興味もないので覗きはしないが。

「これからどうする?」

「翡翠と姉原さんと、一緒にいる」

——うへ——

 がくりとくる答えに翡翠はうなだれた。

「そう言うことじゃなくて」

「ずっと一緒にいる。そうしたら、寂しくないもん」

——ずっと……ねぇ——

 入れるわけがない。翡翠は花狩の願いをかなえた途端、此処から消えるつもりでいるのに。

「ずっと、みんなと一緒にいたい。楽しいもん」

「あっそ」

 非実現的な言葉を吐き出す口に、翡翠は完璧に興味をなくした。


「ねぇ、だから。此処にずっといてよ? 約束だよ?」