複雑・ファジー小説
- Re: Love Call ( No.35 )
- 日時: 2011/08/30 23:52
- 名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)
病院に着いた時。姉原の顔には白い布がかけられていた。
出血死。殺害したのは蛍。自首してきたらしい。
朝霧は先ほどから絶叫をしている。実際、電話に出た朝霧が叫び声をあげたとき、翡翠も覚醒をした。
現実は、厳しいと思った。
子供二人だけが病院に来たので驚いたのだろう。医者は母親はいないかと聞いてきたが、翡翠の耳にその声は聞こえていなかった。
最終的には熱湯で身体全体にやけどを負い、包丁で腹をえぐられ死亡。打撲の跡が何か所も見られ、暴力を振るわれたのだと悟った。
「信じられないね」
顔は見なかった。見る勇気などない。もし見てしまったら、姉原は死んだのだと、そう、自覚してしまう。
「なんで、最後ぐらい……朝霧に見せてやれば……」
言葉がない。出る言葉がない。絶望しか、ない。
朝霧はまだ叫んでいる。遠くでむせる音が響く。
「名前も……まだ知らなかったのに……馬鹿……じゃないの?」
馬鹿だ。姉原は馬鹿だ、きっと。
「だって馬鹿だったら、死なないもん」
生き返る。棺桶から起き上って「はい、どっきりでしたー」ってそう言ったら馬鹿だ。れっきとした馬鹿だ。自他共に認める馬鹿だ。
でも姉原は違う。正直言って、頭もいい。
翡翠も、理解力はある方だった。
そうだ。朝霧のもとに行こう。そうしたら少しは悲しくなくなるかもしれない。自分よりも悲しそうにしている人を見たら、きっと、悲しくなくなる。
そう思い、振り向いたときだった。
「兄さん……」
姉原が、立っていた。
「君が……翡翠ちゃんだったんだね。ごめん。兄さんから話は聞いていたんだけど……」
全力で走って来たかのように、男の呼吸は乱れている。
「……こちらこそ。初対面で抱きついたりしてすみませんでいた」
感情が全く含まれない声での謝罪に、男は少し戸惑っていた。
男の名前は海人。姉原の双子の弟にあたるらしい。一卵性のなので外見は瓜二つだ。
「兄さんの名前はそらと」
「そらと……字は?」
「空の人って書いて空人。綺麗な名前でしょ?」
海人は嬉しそうに笑う。そして、目の前に死体を見て、ゆっくりと眼を閉じた。
「びっくりした……まさか……殺されるなんて」
「私の調査を断ったから殺されたみたい。ごめん」
「良いんだよ、君のせいじゃないから」
沈黙が続く。海人はただ、信じられないように首を振り続ける。
性格はあまり似ていないようだ。眼元も緩く、きつい印象を与えない。
「……朝霧は?」
「さっき寝ちゃったよ。ずっと叫んでいたから、疲れたみたい」
「へ……」
止めたのか。流石、一卵性なだけはある。
「朝霧君……すごく慌ててたけど、大丈夫かな……僕は……ちょっと嘘ついちゃったけど」
「どんな?」
「……僕が姉原だって」
混乱状態の朝霧が、海人に縋りついてきたらしい。
——姉原さん……姉原さん……死なないもんね? 僕と一緒にいてくれるもんね!?——
とっさについたのが、その嘘だった。
「どうしよ……あの子。僕が兄さんだと思ってるよ……」
「貴方がそんな嘘つくから」
「……正直に言った方がいいかな?」
真実を言ったら、朝霧は傷つくのかもしれない。
二度と、その傷も癒えないかもしれない。
「いや……言わなくてもいいよ」
「……なんで……?」
驚きに目線を上げる海人。翡翠はただ、姉原の死体を見つめていた。
「幽霊って、信じる?」
姉原が死んだ日。その日から、少しだけ、花狩の干渉が多くなっていった。
朝霧は海人のことに気づいていない。毎日、楽しそうにしている。
翡翠も楽だった。姉原の代わりをしてくれる人がいてくれて。
ずっと、一緒だと、そう思えて。
もうすぐ。雪も降るかのな。