複雑・ファジー小説
- Re: 【キャラ】Love Call【募集中】 ( No.44 )
- 日時: 2011/09/03 22:08
- 名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)
「翡翠ちゃんねー可愛かったなー」
薫の呟きに青年は苦笑をした。
「ロリコン。相変わらずですね」
「お前もストーカーだろーこの変態ー」
肘で突かれる青年は笑いながらも、薫の発言に憤りを見せていた。
それに気付き、流石に薫も動きを止める。
外は、銀一色に染まっていた。幻想的に振り続ける粉雪は、一晩のうちに厚く降り積もってしまった。
「それでー本当に計画、やっちゃう気なのー?」
「あなたさえ、許してもらえるのならば」
「おしいなぁ……助手が一人、死んじゃうなんて」
青年は紳士の微笑を湛え、薫に跪く。
「また上質な人間を揃えますよ。きっと、気に入っていただけると思います」
薫のところにいきなり居候を頼んできた海人。それは、この青年の推薦からであった。
勿論、海人は無理やり青年にそうさせられたわけではない。
「それはさー君の推薦はとっても賢い子ばっかだよー?」
薫は呆れたように溜め息を吐き、天井を仰ぐ。
「だけどさーこの頃、ペース速くないー?」
「ペースとは?」
「あー君」
まだ笑顔の青年に、薫は指を突きつけてみた。
瞬き一つもなく薫を見つめる青年の眼。催眠術にでもかかりそうなほど、真っ黒な眼だ。
「俺が支援してた奴だよー結局死んじゃったじゃないかー」
「彼はラブコールを使いましたから」
「その使ったら死ぬような設定、変えられないのー?」
「それは……いくら僕が運命を捻じ曲げられるとしても、出来ないことです」
青年はそう言い、静かに腰を上げた。
「これ以上、何を話していても、何も変わらないでしょうから」
「これから何処行く気?」
聞かなくても分かることだが。あのストーカー野郎は、悪意の全くない笑みを見せ。
「可愛そうな人を迎えに行くのですよ」
「メリークリスマース!」
テレビで、浮かれた人々はそう叫んでいた。
「あー頭痛いー死にたいー現実逃避したいー」
「翡翠……大丈夫?」
この冬の間、ずっと続く頭痛がさらにひどくなったせいで、翡翠の視界はほぼ見えない状態となっていた。
しかも、今日はクリスマス。花狩の誕生日および命日だ。意思もそれなりに干渉が強くなっている。
とはいっても、耳元では悲鳴のような耳鳴りしか聞こえないのだが。
「朝霧ーなんか気持ち悪いーなんとかしてー」
「海人さんがケーキ作ってくれるよ。一緒に食べよ」
「無理ーたぶん吐くよー」
朝霧を抱きしめ、翡翠はなんとかして落ち着こうとしたが、やはり、耳鳴りは止まらない。ついでに、微かではあるが、興奮してきていることも確かだった。
——今、ナイフを見てはいけないな……——
恐らく、誰かを八つ裂きにしてしまうだろう。
——本当は、一人の方が良いんだけど——
朝霧はなすがままに翡翠の抱き枕となっている。これなら、刺激になることもないだろう。このまま、この興奮が収まったら、時を見て、交信をする。
それで、この頭痛ともお別れだ。
「翡翠ちゃん。入ってもいいかな?」
軽くドアをたたく音が響き、海人がにこやかに入室する。
「調子はどう? ケーキ作ってみたけど」
「主婦か。今そんなもの食ったら吐くし」
露骨に残念がる海人を慰める朝霧。翡翠はその光景を見せられ、さらに気分を悪くする。
「……今からそんな気が張っていても失敗しちゃうよ? ほら、こういうときは甘いものが良いんだよ」
翡翠も甘いものは好きだ。しかし、吐き気もある今、甘ったるいケーキを食べてしまえば、想像も出来ないことになりかねない。
「ほんと……私無理だから……朝霧と海人で始末してよ……」
始末とは失礼だと思ったが、海人もやっと分かってくれた様子で、頷き、退室した。
「翡翠?」
「ごめん。マジで今日は無理なの。交信が成功したら、食べられると思うから」
朝霧の身体に顔をうずめ、しばらく動悸がおさまるのを待つ。
「……怖い?」
「結構怖いよ。けど、ダイジョーブ」
微かに笑ってみる。こういう時こそ、笑うべきじゃないかと思った。
「必ず、成功するから」
これが、一番の目的だった。翡翠にとって一番大事だったのは居候の件についてだったが。これが叶ったあかつきには、翡翠は此処から撤退し、またふらふらとしたホームレス生活が始まる。
ホームレス……とは言っても家はあるのだ。そして、この前薫と話し会った結果、資金の援助をしてもらえることになった。何とも心の広い人である。
それと同時に。翡翠の身代わりとなった杉舟 翡翠……翡翠の母親と、話す機会も与えられた。
翡翠自身は覚えていなかったが、翡翠の計画を知った母親が、進んで、それの加担をしたのだと。
母親は笑い、大丈夫だと言った。
——あの薫て言う人……大物だな——
警察署まで言ったのに、翡翠の情報は全く洩れていない。というか、真犯人を前に、警察が何人素通りしたことか。
——君はまだ、捕まっちゃぁいけねぇんだよー☆ なんてこと言ってたけど——
翡翠にはどうしても、拘束道具を常に持ち歩く、ドМのロリコンオヤジにしか見えないのだが。
「あぁ、なんか思い出したらまた吐き気してきた……」
「翡翠、大丈夫? 病院行く?」
「いや、身分が分かっちゃうからそれだけは……」
手を引く朝霧をなだめ、翡翠は一つ息を吐く。
今日は、外に出るつもりだったのだが。この調子では立てるかどうかさえ心配だ。
——せっかくの機会なのに……——
……心の奥底では、このままがいいと、自我が言い張っていたのかもしれない。この体調も翡翠の意思がそうさせているのかもしれない、と。
「翡翠ちゃーん☆ 調子どーうー☆」
——馬鹿野郎……——
車の音と共に、薫の声が響く。
「どうー☆ 翡翠ちゃーん☆」
とどめのように部屋にまで侵入してくる薫。
「おっさん否定。こっち見んな、吐く」
「おーしょっぱなからツン解放! って、言うことは結構調子いいねー」
朝霧を撫でまわしながら、にこにこと笑いかける薫を、翡翠は警戒した眼で見つめる。
「何? 誘拐? 誘拐? 誘拐?」
「俺、そんな誘拐犯に見える?」
薫は心外そうに言うと、翡翠の服を掴んだ。
「ほれー海人の依頼だ。お前と朝霧君を車でパァーっとドライブに行こー! てこと」
儚くも薫は翡翠の意思を打ち砕き、なぜか愉快そうな朝霧ごと車にぶち込み、走り出した。
「外の風にでも当たっとけー。気持ちーぞー☆」
「……迷惑なんだよ」
呟く翡翠の声は、大音量の音楽でかき消されたが。
深く息を吸い込み、吐き出す翡翠に、朝霧はさも楽しそうに笑いかける。
のちに聞いて見たところ、朝霧の学力は同年代の子供と同じで、ひそかに勉強をしていたらしい。努力家だと、翡翠は感心する。
「僕はね、みんなに内緒にしたかったんだ」
朝霧はもう、分かっていたようだ。
「でも、もう良いんだ」
——とうとう……私の話を信じてくれるのは、海人だけになったか……!——
悲しい。この現実は悲しすぎるだろう。
頭が一段と痛くなり、窓を開ける。真冬の風は、冷たく、ほてった顔を冷やしていく。
「……まぁ、後少し待ってくれたらいいから」
「うん」
町並みは通り抜け、頭だけが良く覚えている道を観察する。
確実に、この車は、あそこに向かっていた。
——後少し……——
眼を閉じる。
——聞け。あんたも、朝霧と会いたいんだろ?——
道が見える。追憶だ。何の変哲もない道。向こうから、大きなトラックが向かってくるのが見える。
朝霧は、眼を閉じた翡翠を確認し、外に眼をやった。
まだ、翡翠は気づいていないのだろうか。
花狩は死んだ。もう此処にはいない。姉原にしたってそうだ。もういない。もう二度と話せない。
もう会えない。絶対に。
見覚えのある道に来た。前、あの日。クリスマスの日、先生と歩いたところ。遠くから来るトラックが見えた。
そして。
「「先生……」」
翡翠は眼を見開き、朝霧を見る。
静かに、呟いた。
「……朝霧さん……?」
眼が奪われた。
ただ、其処に、自分の求めていた人がいた。
自分が今、一番、会いたかった、人。
「姉原さん!」
身を乗り出した朝霧の身体は、そのまま外に放り投げ出された。それと同時に。
朝霧の身体をよけようとした車が次々と制御をなくし、容赦なく、翡翠たちの乗る車へと、激突した。
それからの、記憶はない。