複雑・ファジー小説

Re: Love Call ( No.56 )
日時: 2011/09/09 21:55
名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)

 自分には、なぜか記憶がない。

 名前もない。居場所もない。

 ただ、あの子が握らせてくれたあの花は、あの花だけは、自分の味方。

 あの子の、最後の、温かさ。



「お前の名前は……——」



「幽霊ってのはね、まぁ色々と個性的なんだけど……」

 少女は早口に言葉を紡ぎだし、自分の思考を妨げる。

 今、自分は少女の案内の元、少女の村へと案内をしてもらていた。

 何しろ、数十日何も口にしていない自分は、眼に見えて顔色が悪かったようで、この少女のもとで食料を分けてもらうことになった。

「……ってことで、あやのは幽霊に触れるの……??? どうしたの? ネクロフィリアさん?」

 少女……アヤノは自分を覗き込んで笑う。

 良く笑う人だと、思った。

「後少しで着くから……あー、でも、幼い弟とか、カニバリズム野郎とか、謎の青年とかいるけど大丈夫? 人見知りでしょ?」

 数ミリ首を動かすが、アヤノには自分の意思が届かなかったらしい。威勢よく頷き、歩き出した。

「ダイジョーブ、みんな根は暗いけど、楽しいから。それに一日もすれば出て行っちゃうんでしょ? 寂しくなると思うけど、ま、仕方ないかな……???」

 うっそうと茂った蒼い草たちは綺麗に刈られ、人口の手が加わった部分が多くなっていた。村が近いことを知らせている。

 急に怖くなり、自分は立ち止った。

「??? どーしたの?」

「…………た……ない」

「??? へ???」

「……いきたくない」

 アヤノの服の袖を握り、反対方向へと引っ張ってみる。精いっぱいの反抗表現だ。

 しかし、アヤノはそれを笑いながら受け止め、自分の手を握った。

「……すーくんとおんなじこと言うんだね」

「やだ」

「駄目。このまま生き倒れになっちゃっても良いの? 早くいこ。部屋ン中入っちゃったらもう気にならないから」

 手をひかれ、自然に歩き出してしまった。

「ずっと、冷たい者にばっか触ってちゃ、あったかいもん忘れちゃうよ? あいにく、あやの冷え性だから手、あったかくないと思うけど」

 アヤノの手は、確かに冷たく、まるで”天使”を触っているようだった。
 
 しかし、その手からは鼓動が感じられ、アヤノが生きていることを実感した。実感して、怖くなる。

 生きている人間は自分をおかしな眼で見る。行き場所のない自分に現実を突き立てる。

 自分は現実なんかいらない。ただ、自分で作った幸せな嘘を見てるだけでいいのに。それなのになんで、生きてる人間はそれが必要だと言うのだろうか。

 ”天使”たちは優しいから。

「ネクロフィリアさんは……名前とか、無いの?」

「……ねくろふぃりあ」

「それ、あだ名でしょ? 本当の名前、無いの?」

「……わすれた」

「忘れた……へぇ」

 アヤノはそれ以上、追及しなかった。


 自分はそっと考えてみた。

 何故自分には思い出がないのか。自分には名前がないのか。自分には居場所がないのか。

 他の人と違うのか。

 初めて送ってあげた”天使”は今でも覚えている。

 その子が初めて自分の思い出の中にある人。黒い髪の、綺麗な子。

 自分を、嬉しそうに見つめていた。


——お前の名は……——だ。私の名は……——。

 このことを忘れても、お前に罪はない——


 そう、丁度。アヤノほどの少女だった気がする。

「じゃ、紹介するよ。此処が、我らがファミリーの村」

 いつの間にか、村の入口についていた。入り口といっても、其処から芝生が綺麗に敷かれ、道のようになっているだけだったが。

 アヤノは両腕を大きく広げ、朗らかに笑った。


「「天使の集い場」だよ」